鍵穴には入れないで
扉の向こうに、少しだけ危うい空気がある。
誰もいない放課後の教室、触れてはいけない感情、壊れたままの鍵穴。
全部が偶然だったのか、それとも。
これは、そんな“境界線”に立つような、短いお話です。
放課後、誰もいない資料室。
彼はその扉の前で立ち止まった。
鍵穴は壊れたままで、ノブをひねるだけで中に入れる。
――入ってはいけない。
そう思いながらも、中へ足を踏み入れた。
中には、彼女がいた。
制服のまま、窓際の光の中で、本を読んでいる。
静かで、そしてどこか張りつめた空気。
「来ちゃったんだ?」
顔を上げることなく言った。
「……君が……呼んだような気がして……」
「ふぅん……」
ページをめくる音だけが、部屋に残った。
彼は歩み寄る。そして、言った。
「君のことが……………………」
その瞬間、彼女は静かに本を閉じた。
「……ダメだ、君は………………まだ……大人じゃない」
沈黙が落ちる。時計の針の音だけが響く。
それでも彼は、ただ立ち尽くしていた。
彼女はゆっくりと立ち上がり、彼の前まで歩いてきた。
そして、壊れた鍵穴に一度だけ視線を向けて、こう言った。
「……鍵が ……壊れてたのね? ……」
彼は答えない。ただその言葉を胸に、扉の方へと振り返る。
壊れた鍵穴が、静かに光を反射していた。
触れてはいけない言葉に、誰もが一度は心を寄せたことがある。
それは大人になっても、鍵のかからない記憶として、
心のどこかに残っているのかもしれません。
――扉が壊れていたのは、偶然か、必然か。
読んでくれて、ありがとうございました。
— 鍵を落としました。管理会社に電話します —