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1.「む、胸、おじさんに押し当ててたろ!」

「やはりおぬしの度を越したお人好しに付き合うと、ろくなことにならん!」


 切れ味のいい声と共に振り下ろされた錫杖から、燃え盛る火球が放たれた。リーダー格であろう狼の頭を生やした鬼の魔物を一瞬で丸焼きにして、錫杖をぶん回しながら周囲の雑魚を蹴散らしていく。


 見ての通り、ネージェはすこぶる機嫌が悪い。そこから少し離れた場所で飛び掛かる小鬼の首を儀礼剣で次々ぶっ叩いていたテオは、面倒くさそうに振り返って頬を膨らませた。まだ幼さが残る童顔もあって、妙に愛らしい。


「なんだよネージェ、ブサイクな顔しちゃってさ」

「はぁ~~ッ⁉ おぬしの目は節穴か⁉ 吾輩の美貌を再現しきれず己の才能に限界を感じて筆を折った画家がどれだけいると思う⁉」

「何の話?」

「吾輩の全財産を使っておぬしが拾った泥棒猫にまんまと乗車券をパクられて、魔物だらけな未開の森を強行突破する羽目になったという話だーっ!」


 改めて言葉にしたら、また腹が立ってきたらしい。エーテルの発光が増し、今度は人間よりも遥かに大きい単眼の魔物を氷柱で串刺しにした。




 ◆――☆*☽*☆――◆




 時は今より半日遡る。

 早朝の礼拝堂に残された起き抜けのテオとネージェは、少女が寝ていたはずのチャーチベンチと、中身が空になったテオの鞄を交互に見比べ、言葉を失った。

 ややあって、少女にしてやられたと理解した瞬間。ふたりは血眼になって教会を飛び出し、馬車乗り場へ走った。


 まだ日の出からそう時間は経っていないが、すでに乗り場はウェントゥス行きの乗車券を買った人々で長蛇の列を成している。だが、勇者候補生の少女の姿はない。

 そこでテオは、列の整理をしていた係のおじさんに声をかけた。


「あの! ボロボロな青い服を着た金髪の女の子、見てませんか⁉」

「あ~、そう言えば夜明け前の便にそんな感じの子を乗せたよ。浮浪者かと思ったんだけど、ちゃんとチケット持ってたからね」


 こんな感じで、二人の旅の予定は大きく狂ってしまったのである。

 

 流星群が飛来する星降祭(アストラ)は七日後。人間の足で間に合う距離ではない。

「どうしよう」とうんうん悩むテオの視界の隅で、白い袖が最後尾の看板を持つたくましい腕にするりと絡みつく。


「吾輩たち、どうしても星降祭(アストラ)の流れ星が見たいのだ。無理は承知だが、こっそり乗せてくれないだろうか?」

「ぴゃっ⁉」


 赤面して乙女チックな悲鳴を上げたおじさんに腕を絡め、熱っぽく見上げるネージェ。心なしか、身体のシルエットが全体的に縮んだ気がする。声も妙に高い。なんというかこう、女性的な――。


「で、でもな、チケットがないと馬車には……」

「もちろんお代は払うぞ。――おぬしに直接、な」


 日々の労働で鍛え抜かれた胸筋を艶めかしく指先でなぞり、おじさんの肩に頭をこてんと乗せて甘く微笑む。その姿は女性的という表現を越えて、もはや女性そのものだった。

 誘惑に翻弄されている腕へ押し当てられた柔らかそうな膨らみに気づき、それまで呆然としていたテオがハッとして声を荒らげる。


「――ネージェ!」

「ぬぉっ⁉」


 テオはフードになっているローブの首根っこを掴み、おじさんからネージェをべりっと引き剥がした。


「すみません、ほんと、うちのネージェがすみません!」


 呆けるおじさんにものすごい勢いで謝り、そのままネージェを引きずるようにして足早に人通りの少ない路地へ向かう。心臓がバクバクとうるさい。

 苛立ちに似た感情を消化しきれないまま、建物の間を通行人がぎりぎりすれ違える程度の狭い空間へ、暴れるネージェを無理やり押し込んだ。


「何をするのだテオ! あと一歩であの男を籠絡できたというのに!」

「うっさい! おじさんを誘惑して馬車に乗せてもらおうなんて、何考えてんだよ!」


 普段なら少し見上げるくらいの位置にあるはずの美貌を見下ろし、テオは路地の石壁に手をついた。壁とテオに挟まれたネージェは、不満そうに片目をすがめる。


「何を怒っておるのだ、おぬし」

「む、胸、おじさんに押し当ててたろ! 天遣(あまつかい)の特性をそんな風に使うの、よくないと思う!」


 天遣(あまつかい)は人に似て人ならざる種族。その生態は摩訶不思議としか表現し難く、人間の常識など通用しない。


 その摩訶不思議のひとつとして、両性という特異性を持つ。


 天遣(あまつかい)にとって、性別とは肉体ではなく魂の形。要するに、思考するだけで男にも女にも自由自在に変化できるのだ。身体の構造の仕組みが人間とは根本的に違う天遣(あまつかい)ならではの特徴と言える。


 耳まで赤らめて諭してくるテオを見上げ、女性体になったネージェは不思議そうに首をかしげた。元が性別を無視した美形なだけに、幸か不幸か、おかしなことにはなっていない。むしろこっちの方がしっくりくると言ったら怒られるだろうか。


「身体など魂の器に過ぎぬ。その場で最も効果的な姿を選ぶだけのこと。減るものでもあるまいし」

「だめだよ。星降祭(アストラ)に用があるのは俺なんだから、ネージェにそういうことさせられない」


 真剣な顔でそんなことを言われたら思わず頬を染める女性もいそうだが、相手はか弱い乙女の皮を被ったネージェである。壁に背を預けて腕を組み、フンと鼻で笑った。


「言うではないか。金はしっかりせびるくせに」

「お、お金は返せるけど、身体は無理じゃん」

「おぬしが知らぬだけで、責任の取り方はいろいろあるぞ?」


 組んだ腕の上でわざとらしく胸を張ったネージェは挑発的に微笑み、テオへずいと迫った。


 見慣れない胸の膨らみに思わず臆してしまったテオが後退るが、狭い路地ではすぐ壁に背がぶつかる。すると、壁に当たった腰のすぐそばを、ネージェの編み上げブーツが蹴りつけた。いわゆる足ドン状態である。


「それよりも、だ」

「は、はい……」


 静かに怒れる美女の迫力に気圧され、思わず敬語になってしまう。壁を高く蹴り上げたことでゆったりとしたローブが捲れ上がり、普段隠れている白い足がチラついているのもよくない。


 すっかり硬直してしまったテオを、ネージェは据わった目で見上げながら精神的に見下ろした。

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