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8.「永久は玉響、全ては幻夢――」

「えっ?」


 まさかの申し出に、テオは目を丸くして言葉を詰まらせた。

 マルティスの背後には、彼を心配そうに見守る家族たちがずらりと並んでいる。


「でも、マルティスさんにはカンパーナのみんなが……」

「誓約破りのダンカン……その血縁ってだけでセプテントリオ中から後ろ指を指されて生きてきた俺を、あいつらは事情を知っても家族として受け入れてくれた。だけどあのバカ王子に居場所がばれちまった以上、俺がいたら一座に迷惑がかかる。それに……」


 マルティスのグレーの瞳が、物言いたげにネージェをじっと見つめる。


「勇者パーティーの一員として魔王を倒したはずのひい爺さんが、なんで謀反なんて起こしたのか……俺は本当のことを知りたいんだ」


 ネージェはそれを知っていると言っていた。それにテオたちのこれからの旅がかつての旅をなぞることになるのなら、マルティスが求める真実にもいずれ辿り着くはず。


 マルティスの言い分は十分に理解できた。だがどうしても、テオはカーラの反応が気になってしまう。

 ちらりと目配せすれば、一座の母は腕を組んで困ったように微笑み返した。隠しきれない寂しさを滲ませて。


「あんたたちさえよければ、連れてってやっておくれ」

「カーラ座長……――てぇッ⁉」


 申し訳なさそうに振り返ったマルティスの背を、金のブレスレットをつけた小麦色の手が力強く叩いた。容赦のない乾いた音で寂しさを払拭するよう、カーラは明朗に笑って見せる。


「だけど、用事が済んだらちゃんと帰っておいで。あんたが世界のどこで何をしてようと、あたしらはショーを開いて待ってるから」

「っ……」


 端正な顔をくしゃっと歪めたマルティスのキャメル色の頭を抱き寄せたカーラの背後で、それぞれ涙を浮かべた家族たちが口々に叫ぶ。


「そうだぜマルティス! 看板役者を永久欠番になんてしておけねーんだから、若手に役掻っ攫われる前にさっさと帰ってこいよ!」

「あんまり留守にしてると、お前の衣装おれが着ちまうからな!」

「ばぁか、短足のお前じゃズボンの裾踏んですっ転んじまうって!」


 そこら中でガハガハと明るい笑い声が上がる。

 彼らは冷めない夢を売る旅一座だ。しみったれた見送りなど性に合わない。大切な家族の旅立ちならなおのこと。


 その気持ちが痛いほどわかるマルティスは、独りぼっちになってから母となってくれた人を最後にめいいっぱい抱き締めた。そして未練を断ち切るようにぱっと身体を離して、兄弟たちへ太陽のような笑顔を向ける。


「よぉし! じゃあ次に会った時は、今度こそ勇者の演目をやるぞ! もちろんテオとネージェも一緒にな!」

「げっ! わ、忘れてたぁ……!」


 あわわと唇を戦慄かせるテオの焦り様に、どっと笑いが起きる。賑やかな旅立ちとなり、グリフォンも「クルルゥ」と楽しげに喉を鳴らした。


 それからひとしきり別れを惜しんだあと、ネージェが「さて」と声を発する。


「……では、行こうか」


 その一言を皮切りに、ネージェ、テオ、メルクリオ、ノヴァ、マルティスと、順に鳶色の背中へ飛び乗った。全員が乗ったのを目配せして確認したグリフォンが、翼を広げて大きくはためかせる。後ろ足を踏み込んでずしんと重低音が響いた次の瞬間には翼が風を掴み、一気に空へと舞い上がった。


 あっという間に小さくなる一座の面々を目に焼きつけるよう、テオは身を乗り出して名残惜しげに地上を見つめる。


「みんなのショー、見たかったな……」

「ハルディン・デ・カンパーナは世界中を旅してるんだ。きっとすぐどこかでまた会えるさ」


 励ますためにマルティスがかけた言葉は、自分へ言い聞かせているようにも聞こえた。

 おセンチになってしまった男二人を、ノヴァはうっとうしそうに眺める。


「再会する前に、新しい勇者パーティーに皆殺しにされたりしてな」

「んもぅ、ノヴァさん! なんてロマンのないことを言うんですか~! ――ッきゃああん!」


 ぷくぷくと頬を膨らませたメルクリオを悪戯な風が襲い、シスター風衣装がべろんと捲れ上がった。ネージェが履かせた白レースの眩しさに、テオとマルティスがぎょっと目を見開く。丸出しの谷間からブーの「キヒャーーーッ♡」という歓喜の奇声が上がった。


「ま、まさか、テオとネージェの仲を掻き乱すお色気お姉さん……⁉ 悪いが恋人の間に挟まる存在は俺の中じゃ地雷なんだ、大人しく身を引いてくれ!」

「メルクリオさんはそういうんじゃないです! ていうかその設定まだ信じてたんですか⁉」

「は? お前らってそういう……へぇ、どうりで……」

「違うから! ノヴァも真に受けないで!」

「地雷だなんて酷いです~! メルはむしろおふたりを応援してるんですよ⁉」

「どんどんややこしくなるから一旦この話題やめない⁉」


 ツッコミに忙しいテオの前で、夜でも眩しい純白のローブが風に翻る。


「やれやれ、最後まで騒がしい奴らめ」

「ちょ……! ネージェ、何してんだよ! 立ったら危ないって!」

「大丈夫だ。せっかく空を行くのだから、仕上げをしようと思ってな」


 五人乗ってもまだ余裕のある広い背に立ったネージェは、錫杖の柄を手で叩いてしゃんと音を鳴らす。とたんに金の輪が二つ、光の粒子となって抜け、白髪の頭上に輝く三輪と合流した。茨の王冠のようだったエーテルは、さらにその大きさを外側に広げる。


 真昼の太陽を被ったかのごとく燦々と夜空を照らす五輪のエーテルを見上げ、テオたちはその神々しさに息を呑んだ。


永久(とわ)玉響(たまゆら)、全ては幻夢(げんむ)――……五輪、永劫回帰の歌(ハロム・ハザル)


 ネージェが歌うように両手を広げると、破壊された街から粒子が浮かび上がり、七色に輝くエーテルへ吸い込まれていく。


 何が起きているのかと身を乗り出したテオが見たのは、光を放ちながら元の形に修復されていく建物の数々。目を凝らすと、負傷して道端に倒れた人々にも同じ現象が起こっていた。

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