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7.「来い、テオ・ステライト!」

「グリフォン、ここまででいいいよ、ありがとう」

「キュルルッ」


 首元で優しく語りかけると、グリフォンはどこか誇らしげに鳴いた。

 テオは小さく笑い、地上へ垂直落下していた広い背に立つ。空気抵抗で身体がふわりと宙へ浮く。右手に無尽蔵な白光を燦然と放つ儀礼剣を握って――。


 髪や服が風に煽られてバタバタと音を立てるが、剣身に力を注ぐことに集中しているテオの気を引くことはできない。


(もっと、もっとだ――!)


 光れ、輝け。世界の果てまで照らせるほど。


 迸る思いに呼応し、テネブラエの手首輪(てくびわ)の下で、うなじがジッと熱を持った。テオを勇者の道へ導いた七芒星の痣が輝き、儀礼剣が巨大な光刃と化す。

 星月夜に浮かぶ三日月を思わせるそれを両手で振りかぶり、蒼穹の瞳をカッと見開いた。


 狙うは爆砕竜、ただ一匹。


「キシャアアッ……⁉」


 空から近づく脅威に気づき、ヴォムヴァルスが頭上へ首をひねる。


「おっと、動くでないぞ」


 すかさずネージェが天唱術で光の縄を作り、四肢を絡め取った。地面へ縫い付けられるように拘束されたヴォムヴァルスが脱出しようと暴れるが、これまでの戦闘でかなり体力が削られているため、その抵抗は弱々しい。


 ブーとメルクリオ、マルティスやカンパーナの座員たち、それにフェルナンドを足留めしてくれたノヴァ、全員で作った最大のチャンスだ。たとえ手足が吹き飛ばされようと、ネージェは天唱術を解く気はない。


「来い、テオ・ステライト!」


 邪悪なものが立ち込める空から降り注いだ一筋の流星に向かって、ネージェが叫ぶ。


 行き先の見えない暗闇が立ち込める世界でも、わずかな光を反射して光る真っ白なその人に気づき、テオは思わずふっと笑みをこぼした。


 緊張で必要以上に握り締めていた柄を握り直し、肩の力を抜く。そうしてさらに大きく振りかぶった剣が、落下地点で動けずにいるヴォムヴァルスへ向け、勢いよく振り下ろされた。


「――破魔の残光(サルヴェルーチェ)


 真上から叩きつけられた三日月の斬撃が、ヴォムヴァルスの首から背にかけて一直線に切り裂く。刃は長い背骨を砕いて腹まで貫通し、堅牢な岩肌に覆われた爆砕竜を真っ二つにした。


 星爛(せいらん)の勇者は歴代最高の退魔の光を宿す。その余りある威力を受け止めきれず、ヴォムヴァルスの真下の地面にヒビが走る。直後、地面を大きく陥没させた衝撃波は空高くまで届き、暗雲を貫いて爆散させた。


「なんつー威力だ……」


 呆然とつぶやいて空を見上げたマルティスの視線の先で、ウェントゥスを包んでいた禍々しい気配が光に飲み込まれながら消失する。


 風圧で散り散りになった雲間に煌めく、天満つ流星の光芒。

 カーラや武器を手にした座員たちは、時が止まってしまったかのごとく、流星群が瞬く星空を見上げて立ち尽くす。


 一方、攻撃を放った反動を利用して器用に宙返りしたテオは、青い炎に包まれたヴォムヴァルスの残骸のそばへ降り立った。


 片膝をついて大きく息をする視線の端に、白いローブの裾が見える。

 ゆっくりと顔を上げたテオの前に立つのは、取り戻した記憶よりもずいぶんと背が伸びて、大人びた皮肉な笑みが板につくほど美しく成長した、かつての旅の仲間。


「ネビュラスカ・ソドス=ニタリカ・リーベンオルタージェ……長すぎて覚えられないからネージェにしようって、メアリが言い出したんだよね」

「ああ。おかげで今ではそっちの呼び名の方がしっくりくる」

「あの頃は小さい子どもだったのに、背も抜かされちゃった」

「百年も経てば吾輩とてこうなる。おぬしはちっとも変わらんがな」

「……何があったか、後でちゃんと教えてくれる?」


 テオが思い出したのは、勇者パーティーとして旅立ってすぐ、魔王に操られたグリフォンを解放して、仲間たちと流星群を見たところまでだ。その先の旅のこと、そして魔王を宿して百年眠り続けることになった経緯は、まだどこかの星空に残されたまま。


 が、一応聞いてみたものの、ネージェの答えなどすでにわかり切っている。


「そんなものは次の星空を見て思い出せばいい。これはおぬしのために始めた旅の続きなのだから」


 そう言って優美に微笑んだネージェの背後に、グリフォンが風を起こしながら降り立った。振り向いた白いフードを器用にくちばしで啄みながら、「クルルッ」と何かを促すように鳴く。


「クックックッ、送ってくれるのか? それは助かる」

「待て、ここで逃がすわけには――……ッ⁉」


 逃亡を察知して剣を握ったフェルナンドの足が、影にずるりと飲み込まれる。後方で悲鳴を上げるハイリーも同様に。


 るんるんと軽快なスキップをしながらテオとネージェに合流したメルクリオが背後を振り返り、こてんと小首をかしげて妖美に微笑んだ。


「ご安心ください。影に身を任せれば、ウェントゥスのどこかには流れ着くはずです。でももし抵抗したら、影はあなた方を絡め取り、永遠に閉じ込めてしまうことでしょう」

「ケケケッ! マヌケ、バイバ~い♡ ケケケケッ!」


 メルクリオの胸元にすっぽり収まったブーが面白おかしく嘲笑する。ハイリーは顔を真っ赤にして声を荒らげた。


「クソクソクソッ! 覚えてろよ、賊ども! きっと父上が魔王復活のお触れを出される! 僕とフェルナンドが証言すれば、お前らは魔王の宿主として大陸中から追われる身となるんだ!」

「上等だ。やってみろよ、クソ王子」


 剣を鞘に納めたノヴァが乱れた金髪を澄んだ夜風になびかせ、影に沈むフェルナンドの横を通り過ぎる。

 救出した女の子をカーラへ預けてテオのもとへ向かう後ろ姿へ、フェルナンドが必死に手を伸ばした。


「待てノヴァ、そいつらと行くな! 本当に王の勅命が出たら、俺ではもうお前を救えない! 殺し合うしかなくなる! 戻れ、ノヴァ‼」


 だが、小さな背中が振り返ることはなかった。もう二度と相容れない決別を突きつけられたフェルナンドは、それ以上言葉が出てこない。

 何も掴むことができなかった虚しい手は影にずるりと飲み込まれ、暗闇へ力なく流されていった。


 ノヴァが自分たちのもとへ来てくれたのはもちろん嬉しい。だがテオは遠慮気味な視線を送った。


「ノヴァ、その……本当にいいの? あのフェルナンドって人なら、君を悪いようにしないんじゃ……」

「テメェが一緒にこいって言ったんだろうが。今さらあたしの復讐を手伝うって話をなかったことにするなら、今ここでぶっ殺すぞ」


 殺意高めなお決まりの文句が吐き捨てられる。血の気が引いた首を必死に振るテオを見やり、ネージェとメルクリオは顔を見合わせて吹き出した。


「クヒヒッ。元はと言えばおぬしが最初に拾った猫だろう? なら最後までしっかり面倒を見ろ」

「いつまでも猫扱いすんな、クソ天遣(あまつかい)

「え~? メルによしよしされながらみゃあみゃあ鳴いてたじゃないですかぁ」

「ううううううるせぇ! 二度とテメェの世話にはならねぇからな、淫売神官!」

「えへへ、褒められちゃいました♡」

「褒めてねぇえええええええ!」

「――なぁ」


 一気に騒がしくなった面々に、マルティスが近づいた。その顔は普段よりも少し頼りなく、どこか迷いが見える。


「また旅に出るなら、俺も一緒に連れてってくれないか?」

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