6.「だが、エピローグの旅にはお誂え向きのメンバーだ」
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ブーに散々ぶちのめされたヴォムヴァルスが、憤怒を撒き散らすように手当たり次第に暴れまくる。動きに合わせて絶えず爆炎が上がり、戦場は苛烈さを増した。
「決定打は入れずとも良い、上手く距離を取って時間を稼げ!」
ノヴァを捕らえた光の縄でヴォムヴァルスの動きを牽制しながら、ネージェが座員たちへ指示する。
「応!」と力強く返事した一同は素早く散開した。攻撃の狙いを分散させるためだ。
小規模な爆発を繰り返しながら、ヴォムヴァルスは苛立たしげに地団太を踏む。
目まぐるしく戦況が動く中、ノヴァとフェルナンドは未だ剣を交えていた。互いに一歩も引かず、火花を散らせながら激しく打ち合う。
「いい加減にしやがれフェルナンド! 一般人が魔物と戦ってんのに、ヴァレンティアのテメェが何やってんだ!」
「なら剣を捨てて投降しろ、ノヴァ!」
「嫌に決まってんだろ!」
ヴォムヴァルスに負けない怒気で斬りかかるノヴァに、フェルナンドは舌打ちして応戦した。
教本に忠実なフェルナンドの真っ直ぐな剣に対して、ノヴァの剣は荒々しく、時には足まで使って相手の虚を突き、急所を掻き斬ろうと迫る。
王のお膝元ではぐれ者を取り締まり、たまに地方へ赴いて魔物の調査をしていたヴァレンティアと、ダンジョンの底で昼夜を問わず魔物を殺し続けた復讐鬼。同じ門弟には到底思えない。日が暮れるまで共に鍛錬していたあの頃のノヴァとはまるで違う。
もう何もかも変わってしまったのだと、現実を突きつけられているような気がした。それでも、フェルナンドはどうしても諦めがつかない。
「戻ってこい、ノヴァ! お前がされたことは許されないことだ! 俺が必ず白日の下に晒して、然るべき裁きを受けさせる!」
「ハッ! だからあたしにも罪を償えって言うんだろ? 笑わせんな!」
「セプテントリオの司法はまだ正常だ、事情を話せば情状酌量の余地は十分に――」
「余計なお世話だ。裁きなら自分で下す。お前らの気取った正義面を引っぺがして、群青色の腐った中身を世界中にぶちまけてや――……ッ⁉」
急に言葉を詰まらせたノヴァは、鍔迫り合いをしていた剣を押し、フェルナンドの横を擦り抜けて走る。
一拍遅れてフェルナンドが振り返った先には、泣きながらとぼとぼと戦場をさ迷う小さな女の子の姿があった。
「ふっ、うぅ……! おとうさん、おかあさん、どこ……?」
避難の際中に親とはぐれてしまったらしい。裂けた首元から綿がはみ出たクマのぬいぐるみを抱えて泣きじゃくる女の子に、ヴォムヴァルスも気づいたようだ。残った左手で地面を打ち鳴らすと、爆発の反動で空高く飛び上がる。空中前転しながら、爆弾岩つきの尻尾を少女目がけて振り下ろした。
「危ねぇ!」
滑り込んだノヴァが必死の形相で少女を抱きかかえて飛び退こうとするも、ヴォムヴァルスの尻尾が眼前に迫る。
泣き喚く女の子を腕の中に庇い、襲い来る痛みと衝撃を想像して身体を強張らせたノヴァの背後に、閃光が走った。
「――一の構え、轟雷一閃!」
剣身をガントレットに滑らせたマルティスの一振りから、激しい電撃と火花を乗せた斬撃が放たれた。風を撃ち抜くような一撃はヴォムヴァルスの横っ面へクリティカルヒット。尻尾は着地点を大幅にずらし、地面へ叩きつけられて誤爆する。
天唱術を放とうとしていたネージェは、見覚えのある閃光を食い入るように見つめた。
「その技、獅子虎流の……」
「獅子虎流だと⁉」
ネージェのつぶやきに過敏に反応したのは、それまで腰を抜かしていたハイリーだ。驚愕に瞳を見開き、マルティスをまじまじと凝視する。
「ああ……思い出したぞ……! お前、十年前に父上が除名処分した元近衛兵の男だろう⁉ 魔王討伐後の残党狩りで王国軍を裏切り、魔物の軍勢に加担した、誓約破りのダンカンの末裔!」
誓約破り――王に忠誠を立てた王国軍の剣士にとって、最も不名誉な呼び名。
ダンカンの裏切りに燃え上がった王の怒りは、魔物の軍勢ごと彼を討ち滅ぼしてなお消えることなく、天寿を全うする寸前まで一族根絶やしを口にするほどであった。
ハイリーのよく通る声をきっかけに、戦場の視線がマルティスへ集中する。
「王家への復讐心で潜入していた王国軍を追放されて野垂れ死んだと思っていたが、まさか下劣な旅一座に身を落としていたとは! これは傑作だ! アッハハハハハ!」
「うるせぇぞ、クソガキ」
耳障りな高笑いを上げるハイリーを、マルティスは鋭く冷たい眼光で黙らせた。息もできないほどの威圧に貫かれ、ハイリーは縮こまりながら瓦礫の裏へそそくさと身を隠す。
だが、戦場にもうひとつ笑い声が響いた。錫杖を片手に天を仰いだネージェである。
「クックックッ……! そうかおぬし、あのダンカンの血縁か! ああ、どおりで……クヒッ、クヒヒヒヒッッ!」
何がそんなにおかしいのか。ついには腹を抱えて笑い出したネージェを、マルティスが胡乱げに睨む。
「んだよネージェ、ひい爺さんと知り合いなのか?」
「ああ、よく知っておる。名誉ある王国軍筆頭剣士から誓約破りと呼ばれた裏切者に身を落とすことになった真相も、全てな」
「……なんだって?」
マルティスが片方の眉をぴくりと上げて反応するが、ネージェは込み上げる笑いを抑えきれない。
図らずも、かつての縁がこうしてウェントゥスに集うとは。流星群の縁結びというのは大した力だ。ダンカンが言っていたように、本当に不滅の縁になってしまったのかもしれない。嫌そうな顔をしたセオドールを思い浮かべたらおかしくなって、また笑みを吹き出す。
(だが、エピローグの旅にはお誂え向きのメンバーだ)
あんな終わりを書き残したくなくて始めた旅の続きで、かつての仲間たちの面影を残す者たちが集った。
今度こそ納得のいく結末を迎えられるかもしれないと、ネージェはテオが飛び去った暗雲を見上げる。
そして、一筋の青白い幻光が空から落ちてくる様子に気がついた。まるで流星のように――。
ネージェは白い睫毛を瞬かせ、思わず唇を震わせる。
「星爛……」
宵の空に爛然と輝く星のような光に見えたから、そう名付けた。
空の上から地上の騒乱をただ眺めているだけの星の女神になんて負けないくらい輝いて、明けてしまうが惜しいほど素晴らしい可惜夜に瞬く綺羅星となれと願って。
ネージェにとっての一番星が、光を取り戻して帰ってきたのだ。




