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3.「テメェの場違いな正義感に付き合ってる場合じゃねぇんだ!」

「絶対の守りよ、息吹き芽吹け……――三輪、不破の木漏れ日(シャマル・ガナン)


 空中に広がった蔦蔓の防壁に阻まれ、ヴォムヴァルスの欠片は広場へ降り注ぐ前に全て起爆した。


 激しい爆発音が響き渡る中、強烈な爆風の余波をステージ上で浴びたマルティスが腕で顔を塞ぐ。

 わずかな視界の隙間に、エーテルの輝きが差し込んだ。熱いほどのスポットライトとは違う、生命の鼓動と温かさを宿した不思議な光が。


「ふぅ、どうにか間に合ったようだな」


 間一髪のところで中央広場へ駆けつけたネージェの頭上には、大きな三重の光輪が輝いていた。

 エーテルから迸るエネルギーが外へ向かって荊の棘のように広がる様は、美しくも勇猛。蔦蔓が包む芸術的なの防壁の中だと、その存在感がより際立つ。


 頼もしい援軍の到着に、マルティスを始めとした一座の面々は一気に破顔した。


「ネージェ、助かった!」

「やるじゃねぇか、さすが天遣(あまつかい)だ!」

「しかも三輪だったなんて、お前ってもしかしてすげー天遣(あまつかい)なのか?」


 複数のエーテルを持つ個体はそもそも一握りの存在なのだが、三輪以上からは極端に数が少なくなる。人間が短い一生でその存在を目にすることはほとんどないだろう。


 興奮に湧く座員たちへ、ネージェは「どうだろうなぁ」と不敵に笑って返す。錫杖には、未だ四つの輪がしゃんと揺れていた。


「カーラ座長、マルティスさん、みんな!」

「テオ……!」


 ネージェに続いて舞台の西側から駆けつけたテオに、カーラも安堵の表情を浮かべて駆け寄った。ふたりが街から戻らずにいたので、とても心配していたのだ。


「一座のみんなは無事ですか?」

「ああ、ここにいない子たちは聖堂へ避難してるよ。あんたたちも、無事でよかった……!」


 涙ぐんだカーラに頬を痛いくらいこねくり回され、言葉にできない温かいものがテオの胸の内に広がる。迷子の子どもが親と再会した時の、安堵と喜びが一度に押し寄せて涙が込み上げるような感情に似ていた。


 そんな風に思える存在と巡り逢えたのは、ネージェが星詠みの旅に誘ってくれたからだ。


(だからこそ、何がなんでもこの暗雲を吹き飛ばして、流星を見るんだ)


 決意を宿した青い瞳が、小規模な爆発を繰り返しながらブーと打ち合うヴォムヴァルスを見やる。


「ネージェ、あいつは……」

「爆砕竜ヴォムヴァルス……まぁまぁの大物だな。街へ飛び出されたら面倒だ、このまま広場に閉じ込めるぞ」


 錫杖を軽く横に振ると、白く発光する蔦蔓は一斉にぐんと伸び、中央広場を覆うドーム状の籠へと変化した。


 不破の木漏れ日(シャマル・ガナン)は防御面において他の追随を許さない上位天唱術である。ヒビを入れるのすら容易でない。中央広場は鉄壁の檻となったのだ。


 被害がこれ以上広がらないことにとりあえず安堵したテオへ、ヴォムヴァルスとは別の位置から敵意が向けられた。長剣を構えたフェルナンドである。


「一体なんなんだ、貴様らは」


 テオとネージェを睨む青い瞳は、迸る怒りで燃え盛っている。


 魔物を呼び寄せた暗雲の発生源であるふたりは、今回の騒動の元凶と言っても過言ではない。なのに今は街を守る救世主のように現れた。得体の知れない存在によって好き勝手に振り回されているようで、心底気分が悪い。このようなことが二度と起きないよう、不穏因子はここで捕らえておかなければ。


「質問されてるのに、話を聞いてもらえる雰囲気じゃなさそうだね」


 重心を低くして今にも踏み込もうとするフェルナンドに対し、テオも慎重に儀礼剣の柄へ手を伸ばす。

 その隣で、ネージェが軽く肩をすくめた。


「吾輩たちを捕らえるより、今はあれをどうにかするのが先だろうに」

「元はと言えば、お前たちが引き起こしたことだろう!」


 激高したフェルナンドがネージェ目がけて素早く切り込む。

 だが研ぎ澄まされた鋭い一撃は、白い天遣(あまつかい)に届く寸前、別の物陰から飛び出したノヴァの剣に阻まれた。


「テメェの場違いな正義感に付き合ってる場合じゃねぇんだ! どけ、フェルナンド! 邪魔するなら本気で叩っ斬るぞ!」


 両手に構えた剣で重い一撃を受け止めたノヴァは、肩から腕をひねらせて攻撃を弾き返した。

 予期せぬ乱入に虚を突かれた様子のフェルナンドは狂おし気にノヴァを見つめ、だがすぐに体勢を整えて再び踏み込む。


「ノヴァ……! お前こそ、自分がされたこととしたことを、ちゃんと説明しろ!」


 火花が散るほど激しく剣を交差させるふたりを、ハイリーはへたりこんだまま呆然と見つめる。その背後にカツカツと小気味良いヒール音が近づいた。


「あらあら、ノヴァさんったら熱烈ですね~。あんなに情熱的に殺意を迸らせて……ウフフ、ゾクゾクしちゃいます♡」


 両手でパシッと鞭を引いたメルクリオが、甘い果実のような頬を蕩けさせた。

 彼女の足元に操隷術(そうれいじゅつ)の魔法陣が現れたのを、ハイリーは驚愕の表情で見つめる。


「なぜ……なぜ王家伝来の操隷術(そうれいじゅつ)を使っている! 貴様は誰だ⁉」


 目くじらを立てて問い質す少年を一瞥したメルクリオは、こてんと首をかしげて妖しく微笑んだ。


「んふふっ、誰でもいいではありませんか。それにしても、殿下のアレはずいぶん小ぶりで可愛らしいですね」


 アレとはもちろん魔法陣のことなのだが、背徳の権化のようなメルクリオが言うとなぜだか色んな意味に聞こえる。案の定ハイリーは赤面して喚き散らした。


「なっ……⁉ ど、どうせ末端の王族の落とし子だろう! 下賤な生まれのくせに操隷術(そうれいじゅつ)を扱うなど、王家の血を盗んだ身の程知らずの卑しい女風情が――」

「グギャアアアアアアアッ⁉」


 品のない罵声は、ヴォムヴァルスの絶叫に掻き消されてしまった。

 見ると、ブーが手に持って遊んでいたスパイクだらけのシンバルで、爆薬の塊であるヴォムヴァルスの右腕をぐちゃぐちゃに粉砕しているではないか。


 口角をいやらしく吊り上げたブーが楽しくて仕方ないと言わんばかりにシンバルを空打ちする。ガチャン、ガチャン!――と耳障りな金属が響き、肌がぞわりと粟立つ。


 その凶悪な姿に、ハイリーはどこかの国の行商人から献上されたネジ巻き式の猿の玩具が思い浮かんだ。だが暗黒のシンバルには千切れた爆砕竜の腕が突き刺さり、打ち鳴らすたびに周囲へ血を撒き散らしている。あんな邪悪な玩具などあるものか。


「ケケケッ! ペッタン♪ グッシャン♪ タノちィイイイイ!」

「ブー様、よくできました。さぁ、早めに左腕も潰してしまいましょうね」


 ぱしん、とメルクリオの黒い鞭が地面を叩く。

 よく躾けられた化け物は「ワかッタァ♡」と嬉しそうに返事をして、再びヴォムヴァルスへ飛びかかった。


 あんな凶悪な魔物――そもそも魔物なのかもわからないが、自分には到底操れる気がしない。操隷術(そうれいじゅつ)の格の違いは明らかだ。


 ようやく口を噤んだハイリーに興味をなくしたメルクリオは、ぽってりとした下唇を舌先で舐め上げながら暗黒の空を見上げる。

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