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2.「オモしロ、ソウ、ナノ、ミぃツケタァアアアアアアアッ‼」

「アッハハハハハッ! いいぞ木偶の坊! 街なんてどれだけ壊れようと構わん、そのまま暴れまくれ!」


 そこにいたのは、肩口で切りそろえられた癖のないプラチナブロンドの髪がまぶしい美少年。年は十五歳前後だろう。見るからに上等な生地で作られたジャケットと宝石があしらわれた装飾品をまとう姿は、一目で高貴な家柄とわかる。


 年齢に見合わぬ傲慢な笑みでふんぞり返る小さな革靴の足元には、前後不覚の状態で暴れる巨人が冠するのと同じ、薄紫色に輝く魔法陣があった。


操隷術(そうれいじゅつ)……ってことは、ハイリー・ルトラ・セプテントリオか。チッ、イカレてる王族の中でも特に面倒なのが出てきやがった……!」


 恨み節にも聞こえる独り言を吐き捨てたマルティスの視線の先で、巨人が魔物を屠りながら街を破壊していく。これでは災厄が二つ襲い掛かっているのと同じだ。


 するとがれきを掻き分け、表情を険しくしたフェルナンドが駆けつけた。


「ハイリー王子、操隷術(そうれいじゅつ)の対象を変えてください! 街の被害は最小限に抑えるべきです!」


 腹違いの兄たちと一緒に星降祭(アストラ)を遊覧しにきていたセプテントリオ王国の第五王子ハイリーが、怪訝そうな顔でフェルナンドを振り返る。


「貴様らヴァレンティアの働きが悪いからだろう、フェルナンド。勇者候補生とは名ばかりの役立たずどもめ。そんな体たらくだから下等な賊にやられるんだ」


 ノヴァに殺された部下たちを半笑いで卑下され、フェルナンドの青い瞳に怒りが灯る。だがその憤怒すら、ハイリーにとっては些末事だ。


 ハイリーは破壊された街並みと暗黒の空を満足げに見渡し、口元に歪な笑みを作る。


「ようやく……ようやくこの日が来たんだ……!」


 セプテントリオ王国の王族には勇者パーティーに同行して魔王討伐を見届ける義務がある。そのため王位継承権のない王族は、物心がついてすぐ操隷術(そうれいじゅつ)の訓練が始まる。側室の子であるハイリーも例外ではなかった。

 だが従来通りであれば数十年に一度復活を繰り返すはずの魔王が沈黙し続け、はや百年。いつ訪れるかもわからない有事のためだけに、ハイリーは生かされていた。正室の子である兄たちが帝王学を学び、煌びやかな社交界へ出向くのを横目に、日の当たらない場所で死んだように、ただ息をしていた。


 だからこそ、退屈に眺めていた青空を覆い尽くした赤黒い雲と落雷に、ハイリーは生まれて初めて心を躍らせたのだ。


「魔王よ、来るなら来い! 僕の存在意義を満たせ! アッハ、アハハハハハッ!」


 両手を広げて空を仰ぐハイリーを、フェルナンドは張り倒してやりたくなった。普通に生きる多くの人々にとって、魔王なんて現れないほうがいいに決まっている。今この瞬間にも傷つき倒れる誰かがいるという発想はないのか。


 固く握り締めた拳を震わせるフェルナンドをステージ上から見ていたマルティスも、苦虫を嚙み潰したような顔でハイリーを睨む。すぐにでも駆け出して、白い前歯が折れるほどの一撃をあの生意気な顔面に叩き込みたい。

 だが今は、家族の安全を最優先に考えるべきだ。


「クソガキの癇癪に巻き込まれる前に、カーラ座長はみんなを連れて撤退を。俺が残って援護します」

「馬鹿言うんじゃないよ、可愛い息子を一人でも置いていけるか!」

「可愛い俺たちのためにも、あなたには生きててもらわなきゃ困るんだ」


 ハルディン・デ・カンパーナは、世間から爪弾きにされたり、居場所を失った者たちの家だ。カーラが母になり、家族を作ってくれた。

 当時わけあって腐っていたマルティスも、カーラに拾われなければどこで野垂れ死んでいたかわからない。


「行ってください、カーラ座長。俺もすぐに追いかけ――」


 ――ゴゴ、ゴゴゴゴ……。


 空から響いた地鳴りのような重低音に、マルティスは言葉を飲み込んで頭上を見上げる。その直後、それまでで最大規模の雷鳴が中央広場の真上に轟いた。


「――やべぇっ!」


 とっさにカーラへ覆い被さったマルティスの背後で、広場をまるごと飲み込んでしまいそうな轟雷が落ちる。経験したことのない暴力的な爆風が落雷を中心に四方へ広がり、舞台の飾りを柱から捥いで遠くへ吹き飛ばした。


 フシュー……と荒い鼻息を放って地上に降り立ったのは、身体が岩肌で覆われ、額に鉱石を生やした巨大な魔物。

 討魔星勇録(とうませいゆうろく)にも度々登場し、旅の終盤で勇者パーティーを苦しめる爆砕竜、ヴォムヴァルスである。


「ガァアアウッッッ!」


 ヴォムヴァルスは火薬鉱石に覆われた両手を激しく打ち鳴らすと、ハイリーが操っていた単眼の巨人へ一息で突進する。岩山のような巨体からは想像もできない俊敏な動きだ。


 ハンマーのごとき腕が巨人の太い首へ触れた瞬間、ヴォムヴァルスの腕から大きな爆発と黒煙が生じた。周囲に放たれた衝撃波に乗って、首の根元から吹き飛ばされた単眼の頭が宙を飛ぶ。


「ぁ……」


 自分が操れる最高位の魔物がたった一撃で殺されたのを見て、ハイリーはそれまでの威勢を潜めて縮こまってしまった。


 フェルナンドは忌々しげに顔をしかめると、戦場で呆然と立ち尽くす無防備な子どもを乱暴に引き寄せ、背に庇う。倫理観がおかしい王族の端くれだろうと、操隷術(そうれいじゅつ)を扱える人材は貴重だ。魔王復活が確かなら、これから始まるであろう討伐の旅を前にみすみす失うわけにはいかない。


「フ、フェルナンド、なんとかしろ、勇者候補生筆頭だろ! さっさとあの化け物を殺せ!」


 震える声で命じられたフェルナンドは、喉元までせり上がった「お前が呼び寄せたんだろうが」という文句を、どうにかして飲み込んだ。


(どの道、あれをどうにかしないとウェントゥスはおしまいだ)


 奥歯を噛み締めたフェルナンドのシュッとした顎を汗が滴り落ちる。

 魔王の軍勢の中でも間違いなく指折りの破壊力を誇る爆砕竜だ。奴がひとたび暴れ出せば、人間の街など数時間で灰燼に帰す。


 だが部下は魔物の制圧で街のあちこちへ散り、聖兵たちは王族の警護へ回っているため援軍は期待できない。ハイリーは「早く殺せ! 僕の命令が聞けないのか!」と喚いているが、一人でどうにかなる相手でないことは、フェルナンドにはすぐ理解できた。


 百年の安寧に浸り、自分たちは忘れてしまっていたのだと痛感する。

 否応なしに降りかかる災厄の恐怖を。抗いようのない脅威と、理不尽な破壊を。


「おいフェルナンド、聞いてるのか! 早くあいつを――」


 口うるさく狼狽えるハイリーの遥か頭上に、人影が飛び出した。だがすぐに人でないとわかる。人間はあんな空高くまで跳ぶことはできないし、あんなに邪悪な笑い声を上げることはできない。

 しかも、ハイリーにとって見慣れた魔法陣を頭上に浮かべているではないか。現王族の中では自分しか習得していないはずの、操隷術(そうれいじゅつ)の魔法陣を。


「ケケケケケッ! オモしロ、ソウ、ナノ、ミぃツケタァアアアアアアアッ‼」


 凶悪な笑い声を響かせたブーが、ヴォムヴァルス目がけて上空から飛びかかった。ヴォムヴァルスも応戦するべく、先端に巨岩がついた尻尾をブンッと振り、その遠心力を生かして高く跳ぶ。


 ブーのシンバルとヴォムヴァルスの尻尾が上空で激突し、火薬鉱石の塊である巨岩が爆発した。

 破砕して割れた岩は炎をまとった隕石と化し、四方へ飛び散る。欠片が落ちたところから大小さまざまな爆発が生じ、広場は一瞬で黒煙と炎に包まれた。


「おいおいおい、冗談じゃねぇっつーの!」

「クソッ! 爆発する前に叩き切ってやる!」


 迫り来る爆弾岩の雨をそれぞれの場所から見上げたマルティスとフェルナンドが決死の覚悟で剣を構えた、その時――。


 広場一帯の宙に、淡い白光を放つ蔦蔓が円環状にぶわっと芽吹き、葉を広げた。

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