5.「このパーティー、すごく不安だ」
「メルクリオさん? は、その……」
「あぁんっ! パーティーメンバーになるんですから、そんな他人行儀な呼び方はナンセンスです! どうぞ気軽にメルちゃんとお呼びください♡」
なんとなくそんな予感はしていたが、彼女も問答無用で同行するらしい。
自由奔放なネージェだけでも悩ましいのに、初対面から剛速球をぶちかましてくるメルクリオの破天荒っぷりを思うと、すでに頭が重い。
「め、メル、さんと、ネージェは、どういうご関係で……?」
口角をひくりとさせながら、テオは手のひらを上にして順に二人へ向ける。
ボタンの弾丸が直撃した目を押さえてふらりと立ち上がったネージェは、悩ましげな声を上げた。
「あ~、うーん……なんと言うべきか……知り合いから預かっている娘でな。昨日会えなかった古い馴染みはこやつのことで……あっ、ちなみに死人なんだが……」
「サラッとすごいこと言ってるけど、落ち着いたらちゃんと説明しろよ」
「ううむ……。とにかく、普段はこんなんだが、いざという時はそれなりに役に立つ。で、こっちのちっこいのはブー様だ」
「ケケケッ!」
長い立て耳を生やした真っ黒なリスモドキの首根っこを掴み、またもや軽い調子で説明された。ブー様なのはわかったが、そもそもブー様とは一体なんなんだ。
メルクリオとブーに関して、ネージェはいやに歯切れが悪い。
だが預かっているということはつまり、ネージェは彼女の後見人や保護者に近い立場なのだろう。だというのに、あらゆる風紀が乱れに乱れまくっているではないか。しかも、死人って。
テオは「お前の教育はどうなってるんだ」とでも言いたげな視線をネージェに向ける。それを十分に感じ取ってか、水晶玉の瞳は明後日の方を見てやり過ごそうとしていた。
すると、興味津々な様子のメルクリオがテオにずいと近寄る。
視界いっぱいを占領した艶めかしい谷間に、赤面したテオは怖気づいたように後退った。シスター風衣装も相まって、背徳感がすごい。
「見ての通りメルは闇の王テネブラエを信仰する神官なので、治療もどんとお任せください! 副作用でえっちな気分になっちゃいますけど」
「えげつねぇプレイされるから、お人好し大馬鹿童貞偽善野郎は世話にならねーほうがいいぞ」
「ちょっとよくわからない自己紹介と聞き捨てならない罵倒が聞こえたんだけど」
流星を見ないことには童貞かどうかわからないじゃないか。いやそうじゃなくて。
「えっと……メルさん。それじゃあ、これからよろしく」
「はぁい、お世話になります、テオさん! ネージェ様の『特別』なお方とご一緒できて、メルも嬉しいです♡」
「と、特別……?」
何やら含みがすごい。ネージェは自分たちの関係をいったいどんな風に説明していたのだろう。
物言いたげに白い人物を見つめれば、誤魔化すようにそっぽを向かれた。
「この世でただ一人のかけがえのない方だと聞いておりました。ずっと一緒にいたメルのことを放り出してまでお迎えに行かれたんですもの。少し妬けちゃいます」
「へ、へぇ~……」
なんだそれ、めちゃくちゃ気恥ずかしい。
テオは羞恥で顔に熱が集まるのがわかった。
「うふふ、テオさんってばウブっぽくてかわいい……♡ ネージェ様、メルにもちょっと味見させてくださいな」
「だめだ。代わりにその泥棒猫をくれてやっただろう」
メルクリオの提案は即却下された。それまで我関せずだったくせに、欲しがられたらやけに反応が早い。まるでおもちゃを他人に取られたくない子どものようだ。
すると、メルクリオにあんなことやこんなことをされて色々と満身創痍のノヴァからゆらりと怒気が立ち上る。
「偽善野郎の前にまずテメェをぶっ殺してやるからな、クソ天遣」
オークも裸足で逃げ出しそうな禍々しさだ。テオではなくこっちに魔王が宿っていると言われても納得してしまう。しかもネージェは意地悪そうな顔で耳に手を当て「発情期を終えたばかりの猫が何か言ってるなぁ~?」と煽り返す始末。まるで野良猫の喧嘩だ。
そう呆れていたテオの前で、メルクリオが色白の頬をぷっくりと膨らませる。
「んもぅ、おふたりとも! 外の魔物を鎮めて流れ星を見るのでしょう? ここで争っている場合じゃありません!」
まともなことも言えたのかと、テオは感動の眼差しをメルクリオに向けた。見た目と言動で九割ヤバイ人だと判断していたのが申し訳ない。
だが「さぁ、行きましょう!」と意気揚々と扉を開け放って外へ出たとたん、赤黒い空が起こす横薙ぎの突風が吹き荒んだ。
「きゃぁあああんっ!」
腰に届きそうな深いスリットのせいで防御力皆無なスカートの下から顔を出した、瑞々しい桃尻。テオは即座に自分で自分の横っ面を殴り、記憶を抹消した。
すかさず「またパンツを履き忘れてるではないか!」と怒鳴り散らして後を追いかけたネージェの手には、亜空間から引っ張り出した白レースの女性用下着が握られている。
(どうしよう。このパーティー、すごく不安だ)
見た目年齢だけは年上なふたりを細目で眺めながらそんなことを思っていると、近くにいたノヴァも自分と同じような顔をしていることに気づいた。
目が合ったふたりは力なく顔を見合わせ、軽く頷き合う。
自分たちがしっかりしないと、このパーティーはヤバイ。
無言で意思疎通し合った矢先。空を割りそうなほどの轟音を響かせ、これまでで最も大きな赤い落雷が街を襲う。
雷が落ちたのは街の中心――ハルディン・デ・カンパーナの特設ステージがある広場付近だ。
「あっちには一座のみんなが……急ごう!」
どうか避難を終えて無事でいてほしい。
逸る気持ちのまま、テオは魔物が跋扈するウェントゥスへ駆け出した。




