【討魔星勇録:星爛の勇者編―晴れた空の下―】
グリフォンを鎮めて街へ戻った私たちを、ウェントゥスの人々が取り囲んだ。
「勇者様、よくぞご無事で!」
「嵐がすっかり止みました! これで無事に星降祭を迎えられます!」
「勇者様を遣わせてくださったファトゥマティア様に感謝しなければ!」
風花丘一帯を覆っていた暗雲が晴れた青空の下、人々は清々しい表情で語りかける。
勇者も大勢の笑顔が見られて嬉しいのか、輝く蒼天の瞳を細め、満面の笑みを浮かべた。
「上手くいってよかったぁ。みんなもありがとう!」
「ま、初クエストにしては上出来だったんじゃないかい?」
「頼もしいパーティーメンバーで安心しました! 自分も負けぬよう、ますます鍛錬に励まねば!」
まんざらでもなさそうな王子の横で、熱血剣士がさっそく素振りを始める。クエストが終わったばかりだというのに、暑苦しいったらない。
すると、にこやかな表情の神官が勇者へ近づいた。一滴の邪心も感じさせない清廉なその笑顔に、私は底知れぬ悪寒がして一歩後退る。
「はいこれ、勇者くんの分」
「え、なになに?」
差し出されたのは、一枚の紙。
勇者は屈託のない笑顔でそれを受け取って、手書きの太字タイトルに目を凝らした。
「えーっと……請求、書……?」
「今回の戦闘で発生した治療費よ。初回だから初診料もいただくわね」
「お、お金取るの⁉ 俺たちパーティーメンバーなのに⁉ しかもこれ、教会でお祈りしてもらうより割高なんじゃ……」
「献金は教会で定められたルールだもの、当然でしょ~。それに割高なのは個人出張費も含まれてるからよ」
勇者の後ろでつま先立ちになり内容を覗き込んだが、そこそこ質の良い宿に十連泊できそうな金額を請求されるとは。法外な値段設定の内訳の正体は、おそらく神官の懐に入るであろう個人出張費とやらが大部分を占めている気がしてならない。
次は剣士に、はては王子にまで請求書を手渡した神官は、ファトゥム教会に仕える敬虔な聖職者の微笑みを浮かべる。
「旅が終わるまできっちり帳簿つけて管理するから。もし踏み倒そうとしたら……わかってるわね?」
グリフォンの頭から血飛沫を上げさせたごついメイスを片手ににっこりとされたら、拒否権はない。魔王を倒す頃にはいったいいくらの負債を背負っているのか、今から寒気がする。天遣は自己修復能力を備えているが、それも無限ではない。なるべく神官の世話にならないようにしなければ。
そんな私たちのやり取りを冗談だと思ったのか、周囲の人々からどっと笑いが起きた。笑い事じゃないんだこっちは。誰のために戦って傷を負って不当な請求をされてると思ってるんだ、おい。
すると、賑やかな輪の外から不審な視線を感じた。目だけを動かして周囲を確認したところ、建物の影になった暗がりから、数人の男女がこちらを睨んでいるのが見えた。じめっとした嫌な類の表情だ。
「あと数日早く来てくれたら、息子が川に流されずに済んだのに……」
「助けに来るのが遅いのよ、勇者のくせに」
「流星なんてのん気に見てる場合か。さっさと魔王を倒しに行ってくれよ、勇者なんだから」
人間よりも敏感な天遣の聴覚は、周囲の笑い声をかきわけて、彼らの悪言を一字一句全て拾い上げた。それと同時に、胸の中に憤りが渦を巻く。
氾濫した川に息子が流されたのは、勇者のせいなのか。
人々が魔王の齎す災厄に苦しむのは、勇者が助けてくれないせいなのか。
勇者が魔王を倒す以外の行為をするのは、許されないことなのか。
歴史の中で魔王討伐の旅が幾度となく繰り返されたことで、勇者は人々にとって、ただの記号に成り果ててしまったのかもしれない。
女神が遣わせた救世主。
災厄の時代を終わらせる光。
人々を助けるための剣。
誰も、あの青年を自分たちと同じ人間だと思っていない。
だから青い瞳と群青色の旅装束を見れば当然のごとく縋り、救いを求める。そして災いが降りかかれば、祈りを捧げていた手で後ろ指をさすのだ。
勇者はまるで、世界の奴隷だ。




