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1.「別れるも何も、そもそも付き合ってないし」

 七芒星を冠するヴァレンティア部隊の隊服は、旗と同じ鮮やかな群青色。その上から重そうなプレートを難なく着こなして、鋼の剣を携える。


 そんな凛々しい集団を、一座の服飾担当の女性が荷台から身を乗り出し、熱心に見入っていた。


「普段は王都にべったりなヴァレンティア部隊をこの距離で見れる機会なんて滅多にないもの。しっかり目に焼きつけなくちゃ!」


「勉強熱心だなぁ」とテオが感心してると、「ひゃーっ! マードレと話してる彼、超あたし好みィ!」と熱い歓声が上がったので、盛大にずっこけた。熱心に見てたのは服ではなく顔だったらしい。


「旅一座のハルディン・デ・カンパーナだ。今回はウェントゥスの興行組合から招待されてショーをしに来た。これが興業組合から貰った営業許可証だよ」

「確認する、少し待て」


 カーラから許可証を受け取ったのは、飛びぬけて生真面目そうな青年だった。

 涼し気な黒い短髪に、意志の強そうな切れ長の濃い青の瞳。許可証を隈なくチェックする視線は、剣先のように鋭い。


「プレートの胸元に金の三本線……きっと隊長ね、勇者候補筆頭格よ……! テオくんと同い年くらいに見えるのに、とっても優秀なのね。あ~ん、どうにかしてお近づきになれないかしら!」


 女性座員が甘ったるい声を上げた矢先、件の青年隊長の隣に女性隊員が連れ立った。胸のプレートには金の二本線があるので、彼の副官だろう。

 勝ち気そうな赤毛を風に靡かせた彼女はどこか侮蔑した態度で、カーラをじろりと見やる。


「先に言っておきますけど、野蛮な巨獣は街に入れませんから。丘の岩にでも繋いでおいてくださいね。本当は移動民族だって入れたくないのに……」


 鼻にかかったような声で、副官はクスリと嘲笑した。カーラの髪と肌、そして目の色からそう言っているのだろう。


 セプテントリオに生まれた先祖を持たず、海を渡った先にある見知らぬ島から移り住んだ、故郷のない移動民族。

 歌や踊りを生業にして大陸各地を点々とする生き様は、自由を謳歌しているとも言える。その一方で、一部の大陸人からは迫害の対象にされた。


 敬愛するカーラが公然と侮辱されたことで、座員たちから射殺さんばかりの鋭い視線が突き刺さる。

 だが副官の女性は気にした素振りもない。なぜなら彼女は群青色の隊服をまとうことを許された勇者候補生で、女神に選ばれた特別な者であるという自負があるからだ。雑草に囲まれたところで、それは自分という花を引き立たせる有象無象に過ぎない。


 すると、それまで黙々と営業許可証の内容を精査していた黒髪の青年隊長が、手元の許可証から視線を上げずに口を開いた。


「キアラ補佐官、今の時間は巡回シフトのはずだろう」

「有事の人手不足だからって副官を巡回に出すとか、どうかしてるわよ」

「同期のよしみで助言してやるが、隊長である俺の采配次第では、君をセプテントリオの端に置かれた拠点へ異動させることもできるんだぞ」

「……嫌な男ね、フェルナンド」


 忌々しげに眉を寄せた補佐官のキアラはそう言い捨て、隊長――フェルナンドに背を向ける。

 彼女の後ろ姿が見えなくなったあたりで、フェルナンドの青い瞳がカーラを一瞥した。


「彼女の発言は公平無私であるべきヴァレンティアとしてふさわしくなかった。部下の非礼を詫びる」

「別に構わないよ。子猫に引っかかれた程度のもんさ」


 軽口で返したカーラに、検問に立ち込めた一触即発の空気はどうにか収まった。

 一部始終を見守っていた女性座員と共に、テオは胸を撫で下ろす。


「ふぅ。ヴァレンティアと大喧嘩にならなくてよかった~……!」

「くぅーッ! あの隊長さん、視野が広くて器も大きくて、やっぱり素敵!」

「そうか? あのような融通の利かなそうな堅物より、吾輩と楽しいことをしたほうが有意義ではないか?」


 荷台に肘をかけてうっとりしていた女性座員の背後にぬっと姿を現したネージェが、無駄に綺麗な顔でさらりと口説く。マムートのケツに吊られておいて、まだ懲りないらしい。テオは肩を落として呆れ果てた。

 だが……。


「イヤよ。だってネージェは明日の星降祭(アストラ)でテオくんと一緒になるんでしょ? 副座長が言ってたもの」


 暴走ロマンチストマルティスの脳内だと、そこはもう決定事項らしい。座員たちに「愛って本当にいいよな」と、ふたりについて熱く語りまくっていたとか。


「乙女の命は短いんだから、不毛な恋をしてる暇なんてなーいのっ」


 そう言い放って荷台から飛び降りると、彼女は小鳥のように軽やかな様子で去っていく。


 一方ネージェはというと、きょとんとした顔で目をしばたたかせ、しばし呆然としていた。調子のいいことを言ってさらっとフラれた間抜けな色男の姿に、テオは思いがけず胸がすく。


「マルティスさんの恋人設定に面白おかしく乗っかって俺をおちょくった罰だな、ネージェ」

「……テオ頼む、今すぐ別れてくれ。人肌に触れられないのは吾輩にとって死活問題だ」

「別れるも何も、そもそも付き合ってないし。それに今さら本当のこと言っても、誰も信じてくれないって」

「ぐぬぅ……!」


 ざまあみろと思って、テオは舌を出して手のひらを振った。これでネージェもしばらくは健全な夜を過ごせるだろう。まぁ、一座の天幕を抜け出して夜の街へ行かれたら元も子もないのだが。


 そんな他愛ないやり取りをしている間に、検問は終わったらしい。


「営業許可証を確認した。入場を許可する」

「ご苦労さん。それじゃああんたたち、さっそく中へ――」

「ただし、我々の用事が済むまで街の外へ出ることは禁じる」

「……なんだって?」


 座員に指示を出そうとしていたカーラが不服そうに尋ねる。気になったテオは荷車の陰から顔を覗かせ、ふたりの会話につい聞き耳を立てた。


星降祭(アストラ)が終わった後もこっちはいろんな街でショーの予定が詰まってるんだ。納得できる理由を説明してもらおうじゃないか」


 カーラの語気は重い。街から街へ点々とする旅一座にとって、移動を制限されるのは死活問題だ。

 しばらくの重苦しい沈黙の後、フェルナンドは表情を変えずに口を開いた。


「……先日、街を巡回していたうちの隊員が、何者かに惨殺された」


 予想外の回答に、カーラとテオはそれぞれ言葉を失う。

 だがカーラはすぐ顎に手を置いて、訝しげに聞き返した。


「そりゃあ……残念だったね。でもあんたたちを仕留めるような手練れなら、もうとっくに街を離れてるはずだろう?」


 すると今度は、切れ長の青い瞳に静かな怒りが灯る。それまでの淡々とした態度は、必死に怒りを鎮めていたのだろう。

 フェルナンドは腰に提げた剣の柄に手を置き、苦々しい様子で言い放った。


「ついさっき、十人目の遺体が発見された。犯人はまだこの街に潜み、依然として勇者候補生(我々)を殺し回ってる」


 その時、城門の奥から陽気な音楽と楽しげな歓声が聞こえた。パレードでも始まったのだろうか。

 星降祭(アストラ)の前夜祭で盛り上がるウェントゥスに潜む、得体の知れない凶悪犯。テオはどうにも胸騒ぎが収まらない。


「とにかく、何か有益な情報があればすぐ屯所へ連絡を。犯人を早く捕まえられたらそれだけ早く解放してやれる」

「……しょうがないね。うちの子たちにも話はしておく。そっちもさっさと捕まえておくれよ」

「当然だ」


 やがて列が進み、テオもはっとして荷車を押して歩き出す。

 あの金髪の少女がちゃんと保護されたのか尋ねたかったが、苛立ちと憔悴が入り混じった表情で忙しなく行き交うヴァレンティアたちは話しかけられる雰囲気ではない。

 名残惜しいが、そのままおとなしく城門をくぐった。

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