【討魔星勇録:星爛の勇者編―吹き荒ぶ嵐―】
ウェントゥスはかつてない嵐に見舞われていた。
叩きつけるような大雨によって、河川は反乱寸前。風花丘の風車群は暴風で車翼が捥げ、排水が追いついていないようだ。
空には分厚い暗雲が立ち込め、雷鳴が絶えず響く。これでは流星群を見上げるどころの話ではない。
星降祭を見に集まった者たちは、私たちが勇者一行だとすぐに気づき、一斉に群がった。
なぜ民衆に一瞬でばれたのかと言うと――。
まず、やる気皆無王子のいかにもな王族オーラ。
次に熱血剣士の鎧に刻まれた王国軍の紋章。
そして一目で聖職者とわかる格好をした守銭奴神官。
だめ押しで天遣である私の頭上で光るエーテル。
この特徴的なパーティーメンバーのラインナップを見れば、子どもでもすぐわかる。
そして何より、勇者に代々伝わる群青色の旅装束がとにかく目立つ。
立っているだけで「勇者です」と名乗っているようなものだ。
「勇者様、どうかこの嵐を鎮めてください!」
「うん、わかった!」
即答。勇者、まさかの即答である。
いや、ここで断るのもかなりハードルが高いが、少しくらい悩んだり考えたりする時間があってもよかったんじゃないか。
金銭にうるさい神官に至っては「報酬額の交渉がまだじゃない!」と、鬼の形相で勇者の頭をどつき回している。仮にも勇者パーティーの神官が、報酬をつり上げようとするな。それはそれとして。
「だって討魔星勇録の勇者たちは、助けを求められたら絶対に断らないだろ?」
勇者が曇りなき眼でそう言い放つものだから、私と神官は頭を抱え、剣士は豪快にガハガハ笑った。
不思議そうに首をかしげる勇者に、爽やかな笑顔で黒い威圧を放つ王子が歩み寄った。
「あのね、勇者くん」
「うん?」
「断った話をわざわざ討魔星勇録に残すはずないでしょ?」
「そうなの?」
「そうだよ、おばかさん」
「あだっ!」
脳天に穴が空きそうなほど強烈なデコピンを食らい、ピュアピュアな勇者が悶絶して転げ回る。
しかし、一度依頼を受けてしまった手前「やっぱりまた今度で……」などという日和見は許されない。
かくして、世間知らずの勇者の独断により、これが私たちのいわゆる「初クエスト」になったのである。
「嵐が止まないってことは、風の星獣に何かあったのかも」
額を押さえて涙目になった勇者の一言で、私たちはウェントゥスの大聖堂奥を目指した。
星獣とは、ファトゥマティアが従える強大な力を宿した獣たちの総称である。
かつてこの世界を支配していた闇の神テネブラエとの決戦で、ファトゥマティアが大地に流星を降らせた。星獣はその時の星の欠片から生まれたとされる。
世界各地に散らばって暮らす彼らは神殿や祠で祀られていることが多い。普段は人間の営みに干渉することはないが、魔王の脅威が襲い来れば獰猛に戦う、頼もしい存在だ。
星獣の一匹であり、古くからウェントゥスで祀られているグリフォン。
獅子の巨体に生えた大鷲の翼をはためかせて起こす風は、いつも風花丘を優しく撫でつける。
しかし神殿で相まみえたグリフォンは、太陽の色をした黄金の瞳を血のような赤に変えて正気を失い、荒れ狂う嵐を齎していた。
赤の瞳は、魔の瞳。魔王とその眷属である魔物たちを象徴する目だ。
どうやら魔王の力に取り込まれてしまったらしい。
さて、ここで一旦冷静になって考えてみてほしい。
これは初クエストなのだ。
旅立ったばかりのひよっこ勇者パーティーが遊び半分に寄り道した先で、魔王の力によって狂暴化した女神のペットと戦うのだ。
物事には順序というものがある。いずれ鎮めなければならない相手なのは間違いないが、絶対に今じゃない。
だがどんなに無謀な相手だろうと、魔王の脅威から民を救うためなら立ち向かわなければならない。
私たちは、勇者パーティーなのだから。




