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2.「ならさっそく恩返ししてもらおうじゃないか。――カラダでね」

 間近で見たカーラは、あの顔面SSRの好色天遣(あまつかい)と並んでも遜色ないほどの美の化身――いやむしろ、小麦色の肌や美しく割れた腹筋が健康的な美を象徴して、より艶めかしい。


 何より目を惹くのは、生命力がほとばしる深緑色の双眸。ツンとした大きなエメラルドの瞳に吸い込まれそうになりながら、視線をぎこちなく動かす。今日越えた山のように高い鼻梁。肉厚な唇を彩る赤いルージュ。エキゾチックな美の暴力である。剣の腕前がいくらあっても防ぎようがない。


 女性の年齢を勘繰るのは野暮だろうが、ぱっと見たところマルティスより年上に見える。それも込みで絶大な色香を放った。


 ピンク色の光に包まれたポヤポヤなテオの脳内に、男たちの野太い大合唱が響き渡る。


 ――美魔女ワールドグランプリの栄光はカーラ様のもの! カーラ様万歳‼


 妄想の中で、感涙を流す屈強な男たちが一糸乱れぬ動きで片腕を突き上げる。とんでもない肉圧に囲まれたテオも、一緒になって拳を高らかに掲げて叫んだ。カーラ様、万歳‼


「いいかい坊や、一宿一飯の恩義って言葉があるだろう?」

「は、はひぃ……」

「ならさっそく恩返ししてもらおうじゃないか。――カラダでね」

「ひゃい」


 たっぷりと水分を含んだような色っぽい声に妙な言い回しをされただけで、呂律すら回らないほどへろへろになってしまった。ネージェに引っ掛けられる人たちも、いつもこんな感覚なのだろうか。


 はふはふと息をするテオを見下ろして、カーラは満足げに微笑む。


「いい子だ。よし――あんたたち、出番だよ!」

「「「はぁい、マードレ♡」」」


 カーラが手のひらを叩くと、どこからともなく美しい女性三人組が現れた。

 それぞれ散髪用のハサミや化粧道具、棒状に丸めた布生地を持っている。


「やぁ~ん、かわいい~♡」

「ウブな男の子にお化粧するの、夢だったの♡」

「この光沢のある生地なんてどう? 舞台でとっても映えると思わない?♡」


 三人は赤い顔でぼーっとしているテオをあっという間に取り囲み、それぞれ熱っぽい視線を向ける。まるで着せ替え人形を与えられた幼女のようなはしゃぎっぷりだ。


「あんたたち、本番は明後日の夜だ。こねくり回すのはいいけど、くれぐれも遅れるんじゃないよ」

「「「は~い♡」」」


 ふわふわでいい匂いのする美女たちに囲まれるという初めての体験も相まって、テオの意識がより遠くに飛んでいく。


 あれ? いつの間にか舞台に立つことに?

 ……まぁいっか!


「――いやよくないだろ! あっぶな! 洗脳されるところだった!」

「こぉら、採寸中なんだから動かないの♡」

「ヒィッ⁉」


 妙に艶めかしい手つきの一人が耳元でささやくと、テオの薄汚れたマントの結び目を摘まんで引っ張った。シュルリと音を立てて、マントが足元に落ちる。


「あ」と間抜けな声をこぼしたテオの首へ、スタイリスト三人娘とカーラ、それにマルティスから驚愕の視線が突き刺さった。


「あ、あらぁ……ずいぶんと変わった趣味の首飾りねぇ」


 マントを剥いだお姉さんが、ものすごく言葉を選んでドン引きしている。


 それもそうだろう。人畜無害そうな好青年のテオが、ぎっちぎちに握手している黒い手を無数に連ねた呪物のごとき首輪をしていたのだから。


「こ、これはっ、なんかよくわかんないけど知らないうちにネージェがつけたみたいでっ……!」


 嘘は言っていない。廃村で目覚めたその時にはすでにこの状態で、ネージェから「前に吾輩がプレゼントしたのだ」と説明された。


 プレゼントにしてはセンスを疑いたくなるほど酷い。かといって記憶を失う前のテオ自身の趣味だと言われてもしっくりこない。


 少しの隙間もなく首をぐるりと囲む首輪は、まるで専用に誂えられたようにも感じる。それがまた窮屈で仕方なく、息苦しい。


 とにかく、テオにとってこの首輪はとてつもなく不本意なものなのだ。


「ふ、ふぅん……? あんたたち、何かの特殊プレイでもしてるわけ?」

「んなわけないでしょ! 外したくても取れないから、仕方なくマントで隠してるんです!」

「キャーッ! それってやっぱり特殊プレイじゃない! 南部で流行ってるの⁉ ちょっと詳しく教えなさいよ!」

「ちがーーう‼」


 興奮気味な集団に詰め寄られ、なぜか妙な方向へどんどん話がこじれていく。恥ずかしすぎて腹立たしい。ここにいない贈り主のニヤついた美貌を思い浮かべ、テオはふつふつと怒りを募らせた。


 すると、真っ赤な顔で弁明するテオを見つめていたカーラの瞳がスッと細められる。


「――テネブラエの手首輪(てくびわ)

「え?」

「黒い手はファトゥマティアが降臨した際に退けたと言われる闇の神、つまりテネブラエの象徴。それまでテネブラエを信仰してた古代人が凶悪な生物……例えばフェンリルなんかを捕える時に使ったとされる闇の呪物さ。ショーで立ち寄った街で展示されてたのを見たことがあるよ」

「呪物……えっ、本物⁉」

「アハハハッ、まさか! 今じゃおとぎ話も同然さ。まぁ、ファトゥマティアへの代替わりを否定する地域じゃ、未だに子どもの躾で模造品が使われてるらしいけどね。『悪いことをすればテネブラエに絞め殺されるぞ』ってね」


 軽快に笑い飛ばしてくれたカーラにほっとして、テオは足元に落ちたマントを拾い、そそくさと巻き直した。


(この悪趣味な首輪にそんな意味があったなんて。……もしかしてネージェの奴、俺を躾てるつもりなのか? やっぱりあいつ、ろくでもないんじゃ……)


 げっそりとした顔のテオをおかしそうに眺め、カーラはクスクスと肩を揺らす。そしてくびれた腰に手を当てて、周囲をぐるりと見渡した。


「それで、その悪趣味な恋人はどうした?」

「ネージェなら女子の天幕に入り浸ってるわよ、マードレ」

「踊り子組がひっついて離れないの~! わたしも楽しみたいのにっ!」

「ああいう線の細い美男子ってここじゃ珍しいから、入れ食い状態ね♡」


 スタイリストの美女たちからのタレコミに、それまで黙って話を聞いていたマルティスが、甘い印象の垂れ目をカッと見開いた。

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