第三章 恋バナ
第三章 リニューアルさせていただきました。
タイトルは恋バナです。
宜しくお願いします!
「雪哉も、ほんっとバカだよね」
「うるさいよ」
昼休み、いつものように、美優と屋上で昼食をとっていた。
僕と美優が一緒にいると、よく付き合ってると誤解される。
でも彼女にはちゃんと彼氏がいるし、僕にとっても都合がよかった。
美優の隣にいれば、他の女子は近づいてこないから。
「ねぇ、美優」
「なに?」
「……僕、好きな人ができたかもしれない」
「……相手は電車、でしょ?」
即答だった。
やっぱり、あの朝の出来事をまだ根に持ってる。
「もういいよ。話すの、やめる」
「ふふ。聞いてほしいくせに」
美優が、おどけた顔でからかってくる。
「意地悪だな、美優って」
「はいはい、じゃあ特別に聞いてあげるから、早く言いなさいよ」
恋バナになると、美優はなぜか急に偉そうになる。
でも、それも当然かもしれない。
彼女は僕よりもずっと早く“大人”になって、恋愛というものを何度か“卒業”してきた人だから。
「早くしないと、チャイム鳴っちゃうよ?」
「……能登鉄道の車掌さん」
僕は、言った。
「へぇ、やっぱり嘘じゃなかったんだ。名前は?」
「青山航」
「ふーん……素敵な名前じゃん」
「……告白、しようかな」
自分で言ったその声が、思った以上にかすれていた。
その瞬間、胸の奥に小さな痛みが走る。
まるで、自分で自分の恋にブレーキをかけたみたいに。
「……やっぱり、無理だよ」
「どうして?」
美優は、まるで僕の弱気が理解できないみたいに、きょとんとした顔をした。
「航は……高校生なんて、きっと相手にしないよ」
その言葉を口にした瞬間、僕の恋は、始まる前からもう終わったみたいに、静かに幕が下りた気がした。
「で、いくつなの?」
「28歳。独身で……恋人募集中、って言ってた」
「大人だねぇ」
「うん……」
「その人、雪哉の気持ちに気づいてるの?」
「わからない」
「じゃあ、告白してみたら?」
「そんなことしたら……嫌われるよ」
思わず俯いて、小さく呟いた。
言った瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
好きって伝えるだけで、全てが壊れてしまう気がしていた。
何より、自分が傷つくのが……怖い。
美優は、そのことを、たぶん全部わかってくれていた。
だから、それ以上何も言わず、ただ少し笑って――
「私は応援するよ」
その声が、春の風みたいにやさしかった。
「今度、私にも“その人”見せてよ」
「うん」
「きっと、すごくかっこいいんでしょ?」
「……見たらわかるよ。あれが、“大人の色気”ってやつ」
「ふふ、安心して。私、年下が好みだから、奪ったりしないわよ」
「ほんとに?」
恋をすると、信じたい人まで疑ってしまう。
そんな自分が、ちょっと嫌になる。
「私が雪哉に嘘つくわけないじゃん」
美優はあきれ顔で笑ってくれた。
「はぁ……」
「なにそのため息。幸せ逃げてっちゃうよ」
「ごめん、急に現実に引き戻された」
「現実?」
「……矢崎先生に、放課後、美術室に来いって言われた」
「……それは逃げられないやつだね」
「うん。しかも、あんなに怒ってる矢崎、初めて見た」
「私も。ちょっとビビったもん」
「ああ〜……今日、航の電車に乗るつもりだったのになぁ」
僕は空を見上げた。雲が、ゆっくりと流れていく。
「仕方ないでしょ。でも……矢崎先生って、なんか秘密がありそうじゃない?」
「秘密?」
「うん。東京からわざわざ能登に来た理由とかさ。なんか、言葉にできない影があるっていうか」
「やめてよ、そういうの……余計に怖くなってきた」
カランカラン――
屋上に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「あっ、やばっ」
「急ごう!」
僕たちはパンの袋を抱えて、笑いながら階段を駆け下りた。
…だけど、笑顔はそこまでだった。
次の授業が終わったら、僕は――美術室へ行かなければならない。
放課後、矢崎先生が待つ、あの場所へ。
航の電車に乗るつもりだった。
それなのに、僕の頭の片隅では、さっきの矢崎先生の目が、ずっと離れなかった。
あの視線の奥には、何があるんだろう。
ほんの少しの好奇心と、ほんの少しの不安が、胸の奥で静かに揺れていた。