第一章能登鉄道の片思い
第1章をリニューアルさせていただきました。
「誰かを好きになることに理由なんていらない。ただ、その人の笑顔が心を動かす――そんな“恋のはじまり”の物語」
本作は、石川県能登半島を舞台にした、ひとりの高校生と、鉄道職員、そして数学教師の心の揺らぎと成長を描いた青春恋愛物語です。
年齢対象に関係なく、多くの方々に恋する想いを届けられたら嬉しいです。
「恋とはなにか」「愛とはなにか」をまだ知らない主人公・雪哉が、誰かを想い、傷つき、そして自分自身と向き合いながら、少しずつ“本当の想い”に気づいていく――。
ゆっくりと走る能登のローカル列車のように、静かで、でも確かに前へ進む恋の物語を、皆様にもそっと味わっていただけたら嬉しいです。
**「キスや触れ合いなどの恋愛描写を含みますが、性的行為の直接描写はありません」**
「本作には一部、恋愛に伴う心身の揺らぎや葛藤を描いたシーンがあります」
君が笑うとき、僕は恋を知る。
ローカル電車の揺れに身を預けながら、今日もきっと君に会えると願ってしまう。
朝は、ただの通学電車。
でも、帰りは違う。
君が運転するその電車に乗るたびに、僕の心は恋人みたいに勝手に弾んでしまう。
穴水を発った列車がトンネルを抜け、日本海が広がると、胸の奥に潮風が流れ込むような気がした。
あの笑顔を、僕だけのものにしたい。
でも、それは叶わないって、知ってる。
僕の片思いは、今日も始発から終点まで、そっとレールの上を走っていく――。
ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン――
午前7時33分、能登鉄道のローカル列車が穴水駅を出発した。
トンネルを抜けると、日本海が広がる。
波が朝日を受けて、きらきらと光っていた。
僕の名前は、佐藤雪哉。
地元・七尾商業高校に通う、高校2年生。
毎朝、この2両編成の小さな電車に揺られて、穴水から七尾まで通学している。
決まって乗るのは、この時間のこの電車――それには、理由がある。
ぼんやりと車窓を眺めていると、
一枚の桜の花びらが、窓にふわりと舞い降りた。
昨夜の雨で濡れたガラスに、それは儚く張り付いていた。
僕はその花びらを目で追いながら、そっと心の中で問いかける。
――僕は、間違っていないよね?
僕は、青山航が、好きだ。
どうしようもないくらい、好きなんだ。
でも……あの人は、僕なんか相手にしてくれないかもしれない。
あの笑顔を、僕だけのものにしたいだなんて――
それは、欲張りすぎる願いだろうか。
「はぁ……」
小さなため息が、僕の唇から零れた。
その息に押されるように、窓の花びらがふわりと宙に舞い、どこかへ消えていった。
恋の切なさを、僕は胸の奥に、そっと仕舞い込む。
――今日も、いい香りがする。
航が車内に入ってきたことを、僕のセンサーは誰よりも早く察知する。
やっぱり。予想通り、自動操縦に切り替えて、運転室から出てきた。
最初は、定期券を見せるのさえ、正直ちょっと面倒だった。
高校生の乗車券なんて、いちいち確認する必要あるのかなって思ってた。
でも、航は違った。
毎朝、丁寧に、優しく、一人一人に声をかけながら、必ず目を合わせて切符を確認する。
その姿に、僕は知らないうちに惹かれていた。
今では、朝の7時33分発のこの電車に乗る理由は――
ほんの一瞬でも、彼と“触れ合える”その時間に、全部、詰まってる。
――今日こそは。
航の、指先に……触れてみたい。
そんな僕の思いを美優が聞いたら、きっと笑い飛ばすだろう。
「子供ね」って。
でもそれでもいい。
その「子供みたいな気持ち」が、今の僕の心を動かしているんだから。
…次は、僕の番。
――あっ。
今、かすかに、指が触れた。
反射的に下を向く。
顔が熱くてたまらない。
「桜、散ってしまったね」
航の声。僕に話しかけてくれている。
――うそ。
「さっき、花びらを手で捕まえようとしてたでしょ?」
まるで、見透かされている。
優しい声に、胸がぎゅっとなる。
「君は、誰かに恋をしてるのかな。
とても、ロマンチストだね」
――そうです。
僕は、あなたのことが――好きです。
‥‥心の中で、静かに告白する。
「佐藤雪哉。いい名前だね」
航が定期券に目を落とし、名前を口にした。
「ありがとうございます」
「僕の名前は、青山航。28歳、独身。いま、恋人募集中」
そう言って、航は少しふざけたように僕の前でおどけて見せた。
――……え? いま、何て?
心臓が、思わず跳ねた。
「――知ってます。
ずっと、あなたを見ていました。」
でも、そんな言葉、言えるはずもない。
「……あおやまこう?」
僕はとっさに、関心のないふりをした。
――……ばか。こんなときに、何でそんな態度を取るんだよ。
だけど、そんな僕に、彼はもう一度だけチャンスをくれた。
「いつも同じ席に座ってるから、君のこと、覚えちゃった」
「……僕も、です」
今度はちゃんと、素直に言えた。
「勉強、がんばれよ」
「はい」
胸の奥がじわりと熱くなる。
このやりとりが、永遠に続けばいいのに――なんて、バカみたいなことを思った。
やがて、七尾駅に到着し、僕は立ち上がる。
そのときだった。
「雪哉。帰りは18時48分。僕の最後の勤務だ。
もしよかったら……帰りも、僕の運転する電車に乗ってくれると、嬉しいな」
「はいっ」
思わず、声が跳ねた。
心臓が、もう止まりそうなくらい高鳴っている。
――今日という日は、僕のなかで一生、消えないかもしれない。
だって、これは、恋の始まりの音がした日だから。