無愛想な辺境伯様、酒の席だけは距離が近いと思ったら溺愛ルートでした
「レイ殿、大丈夫ですか? ほら、起きてください」
「……うぅ~ん?」
名を呼ばれながら肩を優しく揺すられ、私はぼんやりとした意識を覚醒させる。
ランプの灯る薄暗い空間。琥珀色のグラスが揺れ、木のカウンターに柔らかな影を落としている。
賑やかな話し声が飛び交い、鼻をくすぐるのはアルコールと煙草の混じり合った香り。鈍っていた感覚が、ゆっくりと戻ってきた。
「あれ、ここは……?」
「いつもの酒場ですよ。珍しいですね、あなたがここまで酔うなんて」
痛む額を押さえながら視線を巡らせると、目の前に水の入ったコップがそっと差し出された。
ありがたくそれを受け取り、喉を潤しながら周囲を見渡せば、ここは私が毎晩のように通っている酒場のカウンター席だった。
少しずつ状況を思い出していると、右隣に座る黒いローブ姿の青年が、心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「――っ!?」
「本当に大丈夫ですか? その赤い頬が、お酒のせいならいいんですが……随分と熱がこもっていますね」
「ち、近い! 顔が近いってば、ウォーレス!」
反射的に彼の顔を手で押しのける。
頭からローブを被っていても、この距離ではその端正な顔立ちがはっきりと見えてしまう。
驚くほど滑らかな肌、整った目鼻立ち。その瞳が揺れるたび、心の奥がくすぐられるような気がした。
一瞬、酔いも醒めるような感覚に襲われた。
「ヒゲ面のオジサンが、何を乙女みたいな反応をしてるんですか……俺の顔なんて、毎晩この店で見慣れているでしょうに」
「いや、つい無意識で……」
「それに、俺のことは『ウォーレス』と。ここでは呼び捨てにしてくださいって言ったじゃないですか」
低く心地よい声が、酔った頭に優しく響く。
ウォーレスは少し寂しげに、私の太い指の隙間からこちらを覗いている。
まるでエサを取り上げられて耳をしょんぼりとさせた犬のようなその仕草が、無性に愛おしい。
思わず頭をくしゃくしゃと撫でてしまいたくなる衝動に駆られるが、必死に耐える。
ざわめく酒場の喧騒の中、彼だけがまるで別の世界の住人のように、静かにそこにいた。
「ウォーレス様は昨日も、この街を襲ってきた大熊を討ち取ってくださったそうだ!」
「辺境伯様はまさに、この地の守り神様だよな!!」
「女性を一切寄せ付けないあのクールさも、男らしくて堪んねぇ! 俺だったら幾らでも女を侍らせちまうのによぉ」
「おい、辺境伯様を悪く言う奴は首を落とされちまうぜ! 悪人には容赦がねぇんだからよ!」
「ははは、大丈夫だ。こんな薄汚ぇ酒場に、清廉潔白なウォーレス様が来るわけねぇだろ!」
「ちげぇねぇ! がはははっ」
基本的にどれもが彼を賛辞するものだ。誰もが酔っ払いなので声量が大きく、こちらが酒場の隅にいても否応なしに聞こえてしまう。
だけど中には彼を畏怖するものもあって、それが聞こえるたびに隣の彼は困ったように眉を下げた。
「ここでの俺はレイ殿の飲み友達。そうでしょう?」
「あ、あぁ。そうだったなウォーレス」
「ふふ。ようやくいつもの貴方に戻ってきましたね」
彼に少し笑みが戻り、黄金色の瞳に優しさの色が宿る。
厳格で絶対に誰にも心を許さないと、外で噂される彼の本当の正体がコレだ。
「ようやく……心の内をさらけ出せる年上の友人ができて。本当に、嬉しかったんですから」
「いや、余所者で知らなかったとはいえ、初対面のときは辺境伯に向かって失礼なことを……」
「半年も前のことをそんなに気にするのならば、これから先もこうして俺の晩酌に付き合ってくださいね」
「……それは果たして罪滅ぼしになるのか?」
「なるんですよ、特に俺の場合は」
ニコニコと嬉しそうに、私をからかうような瞳で見つめてくる。
それにしてもまさか『冷酷非情な辺境伯サマ』がただの酒好きとは、いったい誰が思うだろうか。私は隣の男をじっと見つめて、ため息を吐いた。
「ねぇ、レイ殿。お願いついでに、今日こそあの話を受けてくれないかな?」
「ウォーレスの副官になるって話なら、私には無理だと言ったじゃないか」
「そんなに教会警備の仕事が大事なのかい? でも昼間にキミの姿を見た者は居ないって聞くけどなぁ」
「うっ、それは……」
痛いところを突かれ、私は気まずくなりながら空のコップに口をつけて誤魔化した。
そんなやり取りをしているうちに、酒場の奥から野太い歌声が響き始めた。赤ら顔の男たちが肩を組み、大合唱を始めたのだ。
――どうやら、辺境伯ウォーレスを讃える歌らしい。
その熱気に呆れながらも、さすがに止めた方がいいかと席を立とうとすると、ウォーレスは人懐っこい笑みを浮かべ、そっと人差し指を唇に添えた。
「ウォーレス、その顔を普段から民に見せてあげたらどう?」
「……本当はそれができたら良いんですけどね。怖がられていた方が何かと便利なんで。特に、物騒なこの辺境では」
「それで溜めた気苦労を、酒場で発散させているわけか」
「そういうことです。だから付き合ってくれるキミのような人は貴重なんですよ」
そう言いながら、彼は私のコップに静かに酒を注いだ。
琥珀色の液体が揺れ、ランプの光を反射してきらめく。それを見つめながら、私はため息混じりにコップを手に取った。
「じゃあ、今度は私が注ぐよ」
「ふふ、では遠慮なく」
チリン、と微かにグラスが触れ合う音がした。
それからは、ただひたすらに酒を酌み交わした。
ウォーレスは酔うほどに饒舌になり、普段は決して見せない本音を次々と零していく。
その姿が面白くて、愛おしくて。そんな彼を肴にしながら飲む酒は、何よりも美味しいものだった。
「それでその商人がですね、『この品物は金貨一枚でも安すぎる!』って喚くんですよ。王都では入手困難で、このチャンスを逃せば二年先になると」
「まさかそれで購入したのか?」
「当然です。俺は欲しいものは必ず手に入れる。その商人が持っていた商品すべてを、言い値で買い取ってやりました」
ま、税金もしっかり引いてやったけどね。と得意気な顔で続けるウォーレス。
私も酔いが再び回ってきたのか、普段よりも砕けた口調で会話を交わしていた。
「しかしどんな商品だったんだ? キミがそこまで執着するなんて珍しいじゃないか」
私がそう尋ねると、彼は朗らかな笑顔から一転、真面目な顔になる。
彼のこんな表情は初めて見た。表で見せる凛々しい顔つきともどこか違う。それはまるで恋する乙女のようで……ってそんなわけないか。
私は頭を振って変な考えを追い払うと、彼の話に耳を傾ける。彼は酒で口を潤すと、ゆっくりと口を開いた。
「……聖女の姿絵ですよ」
「え?」
「魔王を討伐し、そのあと行方不明になった聖女様の姿絵。……彼女は、俺の憧れの人なんです」
思わず、時が止まる。
無言で固まる私と、真剣な眼差しを向ける彼で視線が交わったままで。
「可憐なお姿にもかかわらず、自分の身を盾にしてまで民を守る心優しい女性。……俺はそんな聖女様に、心を奪われてしまったんです」
彼は私の目を見つめたまま、微かに瞳を揺らしながら、それでも誇らしげに語る。その横顔には、叶うことのない想いを抱き続ける男の、どこか儚げな影が滲んでいた。
「でもさ、それはあくまで憧れだろう? 子供が勇者に憧れるみたいな」
「いや。私が適齢期を過ぎても伴侶を作らない理由のひとつは、彼女に惚れているからというのも大きいんです」
「……そ、そんなに本気だったのか?」
酒のせいではない、胸の奥に広がるざわめき。
私は知らず知らずのうちに、グラスを強く握りしめていた。
酔いにほどよく霞む視界の向こう、彼の表情がほのかな灯りに照らされる。
このひとときだけは、辺境伯でもなく、私でもなく、ただの酒を酌み交わす二人だった。
「はぁ、レイが羨ましいですよ。教会と繋がりがあるんだし、聖女様と実際にお会いしたこともあるんじゃないんですか?」
「え? い、いや会ったことは……ないかな?」
「そうですか。やはり姿絵を買っておいて良かった。ほら、見てください。小さい姿絵をロケットに入れてもらったんです」
ウォーレスは胸元のネックレスを外し、ロケットペンダントを私に向けて開いた。
「どうだ、可憐でしょう? お姿は初めて見ましたが、ほとんど俺の想像通りです」
「う、うーん……」
「お淑やかで、穢れを知らないような美しい黒髪に澄んだ瞳。そして天使のような白い肌……間違いない、彼女は神が遣わせた奇跡なんでしょうね」
そこには彼の言ったとおり、黒髪の少女が描かれていた。
でもこれはかなり美化されていると思う。聖女と会ったことがないと彼には言ってしまったけれど、実際は何度も会っているし、性格だって誰よりも理解しているかもしれない。
「どうしたんですか、レイ。微妙な反応ですね?」
「いや、ウォーレス、あまり彼女に憧れを抱くのは……」
「む、それはどうしてですか?」
「その……聖女だって裏で何をしているかわからないじゃないか。実は食い意地が張っていたり、金にがめつかったり、日中はグータラ寝てばかりかもしれないだろう? それに噂でしか知らないんだし、実際に会ったら大したことなくて、幻滅するかも――」
現実の聖女がどれほどイメージと違うかを、私は必死に説明しようとした。
しかし、途中で言葉を飲み込んだ。つい先ほどまで楽しそうにしていたウォーレスの顔が急に冷ややかな無表情になったからだ。
「聖女様に幻滅するなんて……そんなこと、ありえない。俺にとって彼女は希望そのものなんだ」
「っ!?」
彼の黄金色の瞳が鋭く私を射抜く。まるで獲物を狙う獣のような鋭さだった。
私はその迫力に圧倒され、何も言えずただ黙って彼の目を見つめ返すしかなかった。
「いくらレイ殿でも、聖女様をそれ以上愚弄することは許さない」
「いや、別に彼女を貶しているわけでは……」
「貴殿にそのつもりがなくともだ。……彼女のことを何も知らないくせに」
彼はそう言い切ると静かに席を立った。
「……悪いが、今日は帰らせてもらう。これ以上ここにいると、俺は耐えられそうにない」
「あ……」
引き留める間もなかった。ウォーレスは私の顔を見ようともせず、足早に酒場をあとにした。
残された私は、彼の飲みかけのグラスをじっと見つめる。
(……聖女様のこと、何も知らないか)
私はカウンターにあった酒瓶を掴み、そのまま口を付けて一気に飲み干した。喉が焼けるように熱くて美味しくもない。それでも飲まずにはいられなかった。
(……私がその聖女なんだけど!?)
周囲の喧騒は変わらない。
だけど私の心だけが、この酒場から遠く取り残されてしまった。
誰にも聞こえない叫びが、胸の奥でいつまでも響いていた。
~約半年前~
「忌々しい勇者め、聖女め……! 古の時代より世代を超えて儂の邪魔ばかりしおって! だが忘れるなよ、この世に悪がある限り、儂は何度でも蘇るのだ!」
大陸の果てにそびえる魔王城。
城と言っても華美な装飾は何ひとつなく、今や白い煙がもうもうと立ち込める瓦礫の山となり果てていた。
その瓦礫を背に、恐怖の大魔王が今まさに力尽きようとしていた。
「それが貴様の最後の捨て台詞か、魔王。僕たちが倒れようとも、次代の勇者が必ずお前を討つだろう」
魔王を見下ろしながらそう言い放ったのは、勇者のローランドだ。
髪色と同じ白銀の鎧に身を包み、凛々しく美しい容貌はまさに物語の英雄そのもの。彼の真剣な眼差しは、見惚れてしまうほどだった。
一方の魔王は、禍々しい闇の影をまとい、目にするだけで心がざわつくような邪悪な姿をしている。
長く苦しい旅路を振り返りながら、私は勇者の隣で小さくため息を吐いた。
「やっと……やっと終わったわね……」
本当に過酷な旅だった。こんなに辛い思いをするなら、聖女の役目なんて引き受けなければ良かったかもしれない。
でも――。
「成功報酬の年金生活だけは魅力的だったし……」
親も家もお金もない孤児だった私に、教会はこう言ったのだ。
『魔王を倒せば、あとは国が生涯面倒を見てくれる。望むままの自由な暮らしが待っているぞ』
この魅力的な誘いに負けて、私は聖女の役目を受け入れた。命を懸けて戦った理由も、すべてはこの先の快適でグータラな暮らしを手に入れるためだったのだ。
それなのに――。
「ククッ……クハハハハハ!!」
魔王が不気味に笑った。
直後、私たちの周りを濃い闇が包み込んだ。
「ただでは終わらせんぞ! 我が最後の呪いを受けるがいい!」
「ローランド!?」
闇が消えた瞬間、私の隣に立つ勇者の姿が一変していた。
「な、なんだこれは……!? 身体が、女になっている……!?」
ローランドが震える声で呟く。美しく整った彼の容貌は、一瞬にして可憐で儚げな美少女のものへと変わってしまっていた。
「これで貴様らの血筋は絶える! ざまぁみろ!」
魔王は高らかに笑い声を上げ、そのまま消滅した。
「ローランド!? 大丈夫なの?」
私は戸惑いながらも、勇者を心配して声を掛ける。
「ああ、僕は平気だが……聖女レイチェル、君は?」
「私は……特に変化はなさそうだけど……」
口ではそう言ったが、内心では言いようのない不安に襲われていた。
翌日、魔王が残した呪いの影響ははっきりと現れた。
「つまり僕は朝(6-18時)になると女性になってしまう呪いで……」
「私は夜(18-6時)になるとオジサンになってしまう呪いね……」
時間帯によって性別が入れ替わるという、なんとも厄介な呪いを私たちは受けてしまったのだった。
「でもまあ、むしろ僕にとっては好都合かも。これで堂々と最愛の人と結ばれることができるし」
ローランドは、どこか照れたように微笑む。
「ちょっと待って、その姿でどこへ行くつもりなの!? 国への報告はどうするの?」
「そんな堅苦しいことは真面目な聖女様に任せるよ。それじゃ、元気でね」
そう言うと、勇者ローランドは旅の仲間だった剣士の腕に抱きつき、乙女のように幸せそうな笑顔で去っていってしまった。
「まさか本当に駆け落ちするなんて……前々から少し怪しいとは思ってたけど……」
本来なら魔王討伐後、私は勇者と結ばれ英雄の血を次代へ残すという大役が待っていた。それがこんな結末になってしまうとは。
結局、私は王や教会の命令で辺境の教会へ追いやられ、聖女であることを隠しながら、懺悔室の奥でひっそりと暮らすことになった。
「魔王の奴、本当に余計な呪いを残してくれたわね……」
私は小さくため息をつく。
こうして夢見たグータラ生活の希望は一瞬で消え去り、辺境での地味で静かな日々が始まった。
「さて、今夜も気晴らしに出かけようかな」
日中は教会にこもっているが、夜になればオジサン姿で気楽に外出できる。
「まぁ、勇者みたいにこの姿で女性を口説いたりする気はないけど……」
一人、酒場で過ごす時間は気ままで楽しく、私には十分な安らぎだった。
そんな平和な生活がずっと続くと思っていた。
しかし、その日々はある夜、酒場で運命の出会いを果たしたことで静かに変わり始めるのだった――。
◆
「はぁ……ウォーレスと気まずくなっちゃった」
ウォーレスとケンカした次の日の朝。
余計なことを言わなきゃ良かったなぁと、私は客のいない懺悔室で独り反省会をしていた。
いっそこの時間からお酒でも呑みに行きたいくらいの憂鬱さだ。でももし彼と顔を合わせてしまったら。
正直、何を言ったら良いか分からない。
「いや、謝るべきなんだってのは分かるんだけど……私のバカ、バカ、バカ……」
時間が解決してくれるかしら。いや、そんなわけがない。
このまま何も言わなければきっと、疎遠になってしまうだろう。
……だけどそれは嫌だ。
私に残された、唯一の楽しみだったのだ。この地で骨を埋めても良いと思えるぐらいに、彼と過ごす酒場でのひと時が気に入っていた。
「私、もしかして彼のことが……」
勇者にさえ抱かなかった感情の種が、心に生まれるのを自覚する。
でも怖い。それを認めてしまったら、私はもう後戻りできなくなってしまいそうだから。
「それに今の私、ケンカ中だし」
嫌われたくない。仲直りがしたい。
ならば私がまず行動に移さなければ始まらない。
だけど踏ん切りがつかないのだ。
そんなことをウダウダと考えていると、なんだか教会の中が騒がしくなってきた。
「誰か! 教会に治療ができる人はいないか!」
懺悔室の扉を少し開けて覗いてみると、汗だくになって叫ぶ男性の姿があった。
「魔王が死んで居なくなったはずの魔物が、再び現れたんだ! 今、この街は大群に襲われている!」
(魔物の大群ですって!? いったいどうして……)
「このままだと、この街は壊滅してしまう!」
そんな……魔王はたしかに目の前で死んだはずなのに――。
いや、今はそんなことを考えている暇はない! 私は懺悔室から飛び出すと、そのまま教会の外へと向かった。
するとそこには、確かに魔物たちの姿があった。しかもその数は1匹2匹なんてものじゃない。軽く見ても100匹以上は居るだろう。
「みんな!教会の中へ! 動ける人は、動けない人を連れて!女子供を優先的に避難させるのよ!」
私がそう叫ぶと、魔物に怯えていた人たちも動き始めた。私の顔を見て不思議そうにする人もいるけれど、今は緊急事態。気にせず怪我人の処置をしなくっちゃ!
「あ、あの……貴女は?」
「私はこの教会のシスターです。今は細かいことは気にしないでください」
私は戸惑う男性を急かして、教会の中へ避難させた。そして動ける女性や子供たちに怪我人の処置をさせるように指示を出していく。
(だけど魔物の数が多過ぎる!)
教会の中に居るだけでは安全とは言えない状況だ。それに街の外に居る魔物たちは、今もなお進行を続けているだろう。
「……でも私がやるっきゃない」
魔王討伐では後方支援が担当だったけれど、そうも言ってられない状況だ。これでも戦闘の心得がまったく無いわけじゃないからね。
自室のクローゼットで眠らせていた杖を取り出し、私は再び戦場へと舞い戻る。
「貴女ひとりでは行かせませんよ」
「ウォーレス!? どうしてここに?」
「ここは俺の街ですよ、レイ? 守るのは当然じゃないですか」
「――!? どうして私がレイだと!?」
「知り合った期間は短くとも、あれほど心の内を語り合った仲じゃないですか。……それにたとえ姿かたちが変わろうとも、貴方の心は俺の好きなレイそのものだから」
「ウォーレス……私、貴方に謝らなくちゃ――」
「その話は後にしましょう。まずは魔物の殲滅が先です」
「そ、そうね!」
言われて慌てて、私は杖を構えて魔法を詠唱する。そしてウォーレスは剣で魔物を薙ぎ払う。
そんな息の合ったコンビネーションで、私たちは次々と魔物を駆逐していった。
◆
「一時はどうなるかと思ったけれど、これで一安心ね」
私は教会の前で息を吐きながら、杖を握りしめる。
「すべては聖女様のおかげです」
「……あ、あはは」
私の隣に腰掛けたウォーレスは、太陽のような笑顔を向けてくれる。それがなんだか恥ずかしくて、私は思わず彼から視線をそらした。
「それにしても……一生の不覚でした」
「え?」
「昨晩の無礼をお詫びさせてください。俺は聖女様に幻想を抱きすぎていた。レイとしての貴方を見ていれば、本当に大事な人はずっと傍にいたと気付けたのに」
ウォーレスはそう言うと、私の前に跪いて深く頭を垂れた。
「ちょ、ちょっとウォーレス! こんなところでやめてよ!」
「いいえ。これは俺なりのケジメなのです」
彼の誠実さは嬉しいけれど、やっぱり少し気恥ずかしいわね……。
「いい?私は聖女だけど、貴方の友人であるレイでもあるの! 今まで通りでいいから!」
「……分かりました。では改めてよろしくお願い致しますね、レイ」
そんなやり取りをしてから数日後のこと。私は聖女の正装で、乾いた風が吹き抜ける辺境の街道を歩いていた。
「……どうして私はウォーレスと旅をすることになったのかしら」
「それは新たに魔王が復活し、俺が勇者代理として選ばれたからですよ」
鎧を着こんだウォーレスは、ショッキングな話とは裏腹に楽し気な声で私に語り掛ける。
――そうなのだ。
本来のペースなら数十年後に魔王が再臨するはずだったのだけれど、新たな悪が目覚めてしまったのだ。
「まさか勇者が魔王になるだなんて……」
「剣士が他の女に浮気したのがキッカケで魔王に目覚めたらしいですね」
「ほんっとに、余計なことばかりする人たちなんだから……」
そんなくだらない理由のせいで、私は再び聖女として旅をすることになった。
そして勇者に継ぐ実力者として神に選ばれたのが、ウォーレスだったというわけだ。
「でもこうして貴方と旅ができるわけですし、辺境で力を付けていて良かったですよ」
「私はもう安泰な老後を過ごすつもりだったのに……それに」
私は自身の左手に嵌められたリングを眺める。
「どうしてウォーレスと結婚を……」
「俺は先代勇者とは違うので。今のうちに、貴方を捕まえておこうと思いまして」
「貴方って、けっこう強引よね」
「責任感が強いと言ってください。それに……」
ウォーレスは手を伸ばすと、私の左手を優しく包み込んだ。
「レイだって満更じゃなかったでしょう?」
彼の言葉に胸が跳ねる。思わず視線を逸らしてしまった。
「――ッ!! あ、あはは……それじゃあ魔王退治の旅へしゅっぱーつ!」
私は誤魔化すように右手の杖を振りかざした。
今度の旅も、簡単には終わらなさそうだ。だけど楽しい旅になりそうだ。
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