第2話「ちょい能力者!?」その3
慎太郎の前に姿を現した、真犯人の“ちょい能力者”!
どうなる慎太郎!
(あっ!)
黒縁のメガネが印象的な、その女性には見覚えがあった。
(この人…今日、売り場でリサさんが何か話してた人だ)
黒いミディアムボブの髪。地味な印象の顔立ち。今はグレーのスエット上下を身につけているが、店では白いワイシャツと黒いスカートという会社員風の服装をしていた。
その時も「地味」という印象を持ったが、今は化粧気がなく、さらに表情もないせいか、よりいっそう「地味」に見える。
「ありがと~タイミング、超バッチリだったよ」
満面の笑みを浮かべたリサさんが席を立ってそう声をかけると、その女性の顔にもかすかに笑みが浮かんだ。
「なんか私に気づいたのに、そのまま話し続けてたから、たぶんそういうリクエストなんだろうなってわかった」
「エヘヘ…1回こういうのやってみたかったの」
リサさんはいたずらっぽく笑い、俺の方に顔を向けて言った。
「じゃあとりあえず紹介しとくね。慎太郎君、こちらは柚葉ちゃん。お店の近所に住んでるOLさん」
柚葉さんは、無表情のままギロッと俺に視線を向け、「どーも」とだけ硬い声で言った。
その物腰から、なんとなく俺のことをよく思ってないことが伝わってくる。
「で、新人バイトの山紫慎太郎君ね」
「あ…ど…どうも…」
情けないことに、俺はもごもごとそう言葉を返すことしかできなかった。
こういう奇妙なシチュエーションで人と対面したことなどなかったし、その相手から敵意のようなものを感じ取ったので、俺はどうふるまっていいのかわからなかった。しかもこの人は、リサさんいわく「真犯人」なのだ。
俺のそんな内面とは対照的に、見るからに楽し気な様子でリサさんが柚葉さんに声をかける。
「柚葉ちゃん、座って座って。何頼む?ビール?チューハイ?ワイン?日本酒?」
「じゃあ白ワインもらおうかな」
リサさんに対しては打ち解けた様子で答える柚葉さん。
「おっいいね~」と受けたリサさんが、すかさず注文を入れる。
「すみませ~ん、グラスワインの白2つお願いしま~す」
俺はそんな2人の様子を落ち着かない気持ちで眺めている。
「せっかく家に帰って、ゆっくりしてたとこなのに、ごめんね~」
「いいのいいの。私もこのままリサちゃんに任せちゃっていいのかなって思ってたから」
(一体この2人、どういう関係なんだろう?なんか超仲よさげな感じなんだけど)
完全に「蚊帳の外」状態でいた俺は、タイミングを見計らって質問を切り出した。
「あの…お二人は元々お知り合いだったんですか?」
「ん?話をしたのは、今日始めてだよ。ね~」
リサさんの言葉に、柚葉さんも息の合ったコンビのように、「ね~」と声を合わせる。
(今日の今日でそんな仲良くなれるの…?)
リサさんのコミュ力がそれだけすごいということなのか、2人の相性がいいからなのかはわからないが、俺は少なからず驚いた。
「お待たせしました~」
注文した白ワインが運ばれてくると、俺の存在は再び忘れ去られたように、2人だけの「飲み会」が始まった。
「じゃあ柚葉ちゃんとの出会いに乾杯!」
「カンパ~イ!」
カチンッとグラスを響かせる2人。白ワインをひと口味わうと、「あっおいしい」「そんな甘くなくて飲みやすいね」と感想を口々に言い合う。
そうしたやり取りが一段落したところで、「さて…」とリサさんが居住まいをただした。
「じゃあそろそろ、柚葉ちゃんから、犯行動機について説明してもらえる?」
そうだった。リサさんが柚葉さんをここに呼んだのは、俺の身に起きた不可解な出来事の真相を明らかにするためだ。
すっかり忘れていたが、さっきおにぎりから値引きシールがウソのように消えたのだ。それをやったのがこの柚葉さんだというわけだ。
俺は「超能力」なんて非科学的なものの存在など信じていなかったが、自分のこの目で見た出来事をなかったことにはできない。あれをこの人がやったというのであれば、この人は「超能力者」なのだ。
「犯行動機(笑)」
柚葉さんは、リサさんの言葉のチョイスに吹き出したのち、「うん了解」と手に持っていたグラスをテーブルに置いて、俺の方に視線を向けた。その顔からは、それまでの和らいだ表情が消え、再びどんよりとした無表情が戻っていた。
「じゃあそうだな…えーと、あなた、1週間前、私に接客した時のこと覚えてますか?」
そう言われ、俺は再び落ち着かない気持ちになる。
「いや、えっと…すみません。実はあんまり覚えてなくて」
「ですよね」
柚葉さんは表情を変えないまま言うと、淡々とその時の状況を説明した。
「ナンパされてるリサちゃんの方チラチラ気にしながら接客してたんで、私が頼んだ唐揚げスティック、ちゃんと入れてくれるのかなって思ってたら、案の定、入れ忘れてて。だから私その時『唐揚げスティック入ってますか?』って言ったんですよ」
「あっそうだ。そういうことあったのは覚えてます」
そういえば、あの時そういうことがあったと、いまさらながらに思い出す。
「で、家に帰ってレシート確認したら、値引きするのも忘れられてたから、もうなんなのあの店員!って思ったわけですよ」
表情と口調は淡々としていたが、気持ちを表現する言葉にただならぬ怒りを感じて俺はドキリとした。
「す…すみません…」
「私あの店よく使うんで、こんな適当な仕事する店員がいるのイヤだなと。まあ普通はそこまでで終わるわけですけど、これって私の能力使えば、あの店員、ちょっと懲らしめられるんじゃないかと思いついちゃって。そしたら試してみたくなってやってしまったと」
「まあ、気持ちはわかる」と、リサさんがフォローを入れた。
確かに…俺だって同じような目に遭えば、同じ気持ちになったに違いない。超能力者じゃないから、懲らしめようとまでは思わないだけで…。
「私の場合、こんな能力あっても何の役に立つんだよって思ってたから、ちょっと楽しくなってきてさ。これって、しょぼいけど完全犯罪じゃん?って思ってたら、今日リサちゃんに全部見抜かれててびっくりで、やっぱ悪いことってできないんだなと」
「ハハハ」
リサさんは声を上げて笑うと、俺のほうに向き直り、「まあ…そういうわけだよ、慎太郎君」と話を締めくくった。
次回は月曜日に投稿する予定です。