第1話「その女、楠神リサ」その5
自分の不可解な連続ミスの一件に興味を示したリサの動向が気になる慎太郎は…
俺がシフトインして15分ほどして、休憩を終えたリサさんがカウンターにやってきた。ちょうどレジ待ちの最後の客の接客を終えた俺は、リサさんに歩み寄って声をかけた。
「あっ、リサさん。あの…さっきのって、何かわかりました?」
「ああ…えーとね、まだ確実なことは言えないけど、たぶん慎太郎君が悪いわけじゃないよ。最初の1回はともかくとして」
俺が悪いわけじゃない、という言葉を聞いて、俺の中のモヤモヤが一瞬にして晴れた。リサさんが自分に味方してくれたようで嬉しかった。こんなに心強い援軍はない。
「ほ…ホントですか!」
「うん、だから今まで通りやってればいいんじゃないかな」
リサさんは笑顔でそう助言をすると、ふと思い出したように言った。
「そういえば聞きたいことがあるって何?」
そうだった。その話をしようとしていたところを邪魔されたのだった。
リサさんは何かコンビニの仕事のことで質問があるかのように受け取ってるようだったが、俺の聞きたい話は、もちろん接客の合間にちょろっとすれば済むような話ではなかった。
「あのできればシフト終わってからにしたいんですけど…今日って何か予定入ってますか?」
「今日?」
リサさんは案の定、意外そうな顔になって言った。
「今日は特に予定はないけど。まあ急にシフト延長してとか言われなければね」
「じゃあ、あの…居酒屋かどっかでお話してもいいですか?いろいろお世話になってるのでそのお礼も兼ねて」
俺はお客さんがレジにやってこないかとひやひやしながら、一気に話をまとめてしまおうと言葉をつないだ。
「何?おごってくれるってこと?」
「はい、もちろん」
リサさんは俺の突然の誘いに特に警戒するような様子を見せることもなく、ただ何か考えるような顔になった。
俺にはかなり長く感じられた一瞬ののち、リサさんの口が開いた。
「ふ~ん。いいよわかった。でも明日も仕事あるし一杯だけだよ」
よかった。俺は心の中で息を吐いた。
これで第一関門は突破した。あとは一対一の落ち着いた状況でリサさんに聞きたいをぶつけるだけだ。
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リサさんと2人きりになれれば、もうこっちのもんだ。
そう思っていたのだが、想定外の事態が訪れていた。
「う~やっぱ仕事した後の一杯は最高だね!」
中ジョッキの生ビールを、ごくごくとのどを鳴らしながら体に流し込んだリサさんが、目をキラキラさせながら俺に問いかける。
「あれ?慎太郎君って、お酒苦手な人?」
「えっと俺まだ飲めないんで」
不自然に見えないように気をつけながらリサさんから目線を外して、そう答えた俺の心はそわそわと落ち着きを失っていた。
「あそっか、じゃあ仕方ないね」とリサさんが再びジョッキに口をつける。
夜十時を過ぎた居酒屋の店内は、七割ほどの席が埋まっていた。
(な…なんてことだ)
俺は、リサさんのかわい過ぎる私服姿が恨めしかった。
悩ましい胸のラインをビシバシ伝えてくるピンクのノースリーブ。そこから伸びた白いつややかな二の腕。腕を動かすたびにチラチラ見えるわきの下。
エロい目で見るなと自分を戒めても、気になる人のそんな姿がこれだけ間近にあると意識しないでいるなんて不可能に近い。ホントに目のやり場に困るとはこのことだ。心臓は鼓動を速めてるし、頬は赤らんでるはずだ。それがリサさんに伝わりはしないかと気になって仕方ない。
「で…聞きたいことって?」
一向に用件を切り出さないでいる俺を促すようにリサさんが水を向けた。
俺の気持ちはかき乱されたままだ。
でもひるむわけにはいかない。
俺は確かめると決めたんだ。
リサさんが一体どういう人間なのかということを。
俺のプチパニック状態の内面など、これっぽっちも想像していない様子のリサさんの顔にクエスチョンマークが浮かぶ。
俺は気持ちを奮い立たせて口を開いた。
第2話に続く。
次回は月曜日に投稿する予定です。