第1話「その女、楠神リサ」その4
リサに直接話を聞くことを決意した慎太郎だったが…
「おはようございまーす」
翌週、出勤してリサさんがヘルプに来ているのを確認すると、俺はすぐ行動に移った。
「あのリサさん…ちょっとお聞きしたいことがあるんですが…」
「ん?なあに?」
事務所で休憩中のリサさんはキョトンとした表情で俺の顔を見上げた。
「今日ってシフト終わってから…」と俺が言いかけたところで、背中に店長のイラ立った声が飛んできた。
「ちょっと慎太郎君さあ、また値引き忘れのクレームあったんだけど、一体どうなってるの?」
「えぇっ!」 俺は耳を疑った。
「そんなまさか!いつですか?」
「昨日の夕方」
昨日の夕方だって?それはありえない。そう言い切れる自信があった俺は、店長の話にすかさず異議を唱えた。
「いや、絶対それはないですよ!俺もう百パー確認して、シールついてる分は値引き処理しましたし」
「そんなこと言ったって、実際クレーム入っちゃってるんだから。一応ジャーナルも見てみたけど、確かに値引き対象の商品入ってるのに、値引き処理されてなかったからね」
そう言われても全く納得はいかない。俺がミスした以外の可能性があるはずだ。
「シールを貼り忘れたとかじゃないんですか?」
「いや、昨日シール貼ったの俺だから、間違いないしさ。そもそもシール貼ってなかったら、お客さんは値引き商品だってわからないんだから、クレーム自体起きないじゃんか」
確かに…それはそうだ。
でもあれだけ注意してレジ登録していたのに、値引きシールを見逃していたなんてことはとても信じられない。俺はどうにも納得がいかなかった。
「でもそんなはずないのになぁ…おかしいですよ。絶対おかしいです」
店長は俺の納得などどうでもいいとばかりに話を切り上げた。
「まあとにかく、細心の注意を払ってレジ頼むよ。ミスはみんなするもんだけどさ、あんまり続くと他のスタッフからちゃんとやれって文句が出ちゃうからね」
「は…はい…」
不本意ながらも、まだ経験の浅い新人バイトには違いない俺はそう答えるしかなかった。
「はぁ…」
店長が事務所を出ていくと思わず口からため息が出た。そばでおにぎりを食べながら黙ってやり取りを聞いていたリサさんがお茶をひと口飲んで言った。
「ねえ、慎太郎君。その値引きミスって、何回くらいしてるの?」
俺はリサさんの前でミスしたことを指摘されバツが悪かった。同じミスを繰り返すダメな新人と思われたくなかったが、知られてしまった以上、正直に話すしかなかった。
「今回ので5度目です。でも絶対おかしいんですよ。最初の1回は、もしかしたら見逃したのかもって思いましたけど、それからはホントに注意してやってるはずなのに」
「それってもちろん、相手は違うお客さんなんだよね?」
「え?ああはい。そうです」
質問の意図が理解できないまま俺はそう答えた。するとリサさんの口から、思いもよらない言葉が出た。
「ふーんなるほど、それはなかなか興味深いな」
「え?」
(興味深いって…どういうこと?)
リサさんは俺の困惑に気づいたらしく、すぐに言い足した。
「あ…いや…こっちの話。でさ、それって全部レシートある?」
「はい。引き継ぎノートに全部貼ってますけど、どうしてですか?」
「いや、ちょっとビデオを確認してみようかなって思って」
ビデオの確認?ビデオでいったい何を確認するというのだろう?
俺が疑問を口にする前に、リサさんは壁の時計に目を向けて言った。
「あっそろそろ朝礼始める時間だよ。早く着替えないと」
「あっはい」
俺は慌ててユニホームに着替えながら、あらためて考えを巡らせたが、リサさんの考えていることにまるで見当がつかなかった。
次回は土曜日に投稿する予定です。