第1話「その女、楠神リサ」その2
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そして俺がコンビニの仕事にもようやく慣れてきた頃、話に聞いていたような場面に遭遇した。
俺が店に出勤すると、店長とリサさんが、事務所でシフトをめぐって弱り果てた様子で話していた。どうやら今日の深夜バイトが体調不良で突然休むことになったらしい。
その穴を埋めなければならないわけだが、当日急に入ってくれる都合のいい人などおらず、店長はすでに24時間以上働き続けている状態で、リサさんにお鉢が回ってきたようだった。そのリサさんもヘルプに来たシフトですでに8時間働くことになってる上、その日何やら予定があるらしく、言われるままに引き受けるのを渋ってる感じだった。
「今日は勘弁してくださいよぉ~」
「頼むよリサちゃん、俺も副店長ももう限界ギリギリなんだよ」
「それはわかりますけどぉ~」
リサさんは顔をしかめて渋い表情をしている。断りたいけど断れない葛藤がにじみ出ている。
俺はだまって見ていられなくなって、2人の方におずおずと声をかけた。
「あ…あのぅ…もし俺でよかったら2時までシフト延長しましょうか?」
「えっ?」
店長とリサさんが同時にこちらを見た。
「まだレジぐらいしかできないですけど、それでもよければ、明日は朝遅くても平気なので…」
俺がそう言うと、2人は顔を見合わせた。リサさんの表情がパァッと明るさを取り戻す。
「そうだ!その手があるじゃないですか!店長、問題ないですよね?」
同じように笑顔になった店長が大きくうなずく。
「うんうん、間に休憩入れられるし、慎太郎君がいいなら大丈夫だよ」
「じゃあ、決まりってことで!」
リサさんはそう言って手を打つと、俺のところに笑顔で駆け寄ってきた。それは最高の笑顔…本当に見る者を幸せにしてしまうような最高の笑顔だった。
「ありがとう慎太郎君。すごい助かった!」
「いや、そんな…」
俺は恐縮しながら、自分の顔が赤くなってることを自覚した。胸のドキドキも収まらない。
リサさんのあんな笑顔を見られるなんて。思い切って延長を申し出て本当に良かった。そしてその喜びを何度もかみしめた。
その日のバイトはなんか絶好調だった。やることなすことうまくいくような、そんな感じだった。なによりリサさんと一緒に働けることがうれしかったし、俺を的確にフォローしてくれるリサさんとのコンビネーションもいい感じになってきて、そのたびに交わされるアイコンタクトに心が躍った。
楽しい時間はあっという間というが、まさにそんな感じだった。気づけばもう一緒に働ける時間が終了しようとしていた。実に名残り惜しい。
そしてリサさんの上がり際のことだった。
防犯ブザーを渡されるとき、偶然リサさんの手と俺の手が触れたのだが、リサさんは何やら怪訝そうな表情を浮かべると、突然「ちょっといいかな」と考え顔のまま、その両手で俺の手を包みこんだのだ。
(えっ?何?)
俺の頭の中は一気にパニックに陥った。
リサさんのひんやりした手の感触。
彼女が俺の手を握ってるという事実。
すぐ目の前にあるリサさんの謎の表情。
カウンターの中という、人目のある場所での出来事。
何をどう考えても、リサさんの行動の意味がわからなかった。俺の口から出たのは、とまどいの声だけだった。
「あ…あの…リサさん?」
リサさんはハッと我に返ったように慌てた様子で手を離した。
「あっ、ヤダごめん!な…なんか初めての感じだったからつい…アハッ、アハハ…」
(初めての感じ?初めての感じって何が初めての感じなんだ?)
頭がさらに混乱する。一体どういうことなんだろう?
「何でもないから気にしないで」
リサさんは少し頬を赤らめながらそう言ったが、すぐにいつものキラキラした笑顔が戻る。
「それより今日はシフト延長してくれてありがとね。ホント慎太郎君がいてくれてよかった。じゃあお先に上がらせてもらうね」
リサさんは愛想よくそう告げると、足早にカウンターから出ていった。
その場に残された俺は、リサさんの後ろ姿を目で追いながら、心を落ち着かせようと必死だった。
今のは一体何だったのだろう?急にあんなふうに手を握ってくるなんて…
気にしないでって言われても、どうしたって気になっちゃうよ。
リサさんの手、スベスベで超やわらかかったし…
ああ、何が何だかわからない。
でも確かなことは、嫌いな男の手をわざわざ握る女の子なんていないってことだ。
これはもしかすると…
リサさんと、ワンチャンあるかもしれない。
次回は、月曜日に投稿する予定です。