第4話「チェリボ不知火明人」その5
いよいよ待ちに待ったリサちゃんとの初デート本番!どうなる明人!?
ついにこの日が来た。記念すべきこの日が。
(はじめてのデート!)
(はじめての待ち合わせ!)
(そしてはじめての…)
胸の高鳴りを抑えながら、俺は大学の正門の前…からちょっと離れた植え込みの前に立っていた。
待ち合わせには正門前の方が適しているのはわかっている。でも、人通りが多いだけに、何か不測の事態が起きないとも限らない。
強面の先輩に講義の代返なんか頼まれたらいやでも従わざるを得ないだろうし、数少ない大学の友達が俺に気づいてあれこれ話しかけてきても今は困るのだ。もちろんコミュ力もあるイケメン連中が周りにいたりすれば、あのかわいいリサちゃんを見てちょっかいをかけてくる可能性も大いにある。
この俺に訪れた千載一遇のチャンスなのだ。それを台無しにしかねないリスクはあらかじめ排除しておくに限る。
経験値の低い俺にとしては、リサちゃんとのはじめてのデートをうまくいかせることだけに集中することが何より重要なのだ。とにかく致命的な失敗をすることなく、何とか次につながる形でフィニッシュしたい。
「明人く~ん!」
約束の時間まであと5分となったところで、俺の名を呼ぶ、鈴が鳴るような軽やかな声が聞こえてきた。女の子にそんなふうに声をかけられる喜びをかみしめるだけの心の余裕はない。いよいよ始まるんだという緊張感で、途端に落ち着かない気分になる。
声がした方に視線を向けると、満面の笑みを浮かべた天使が俺の方へ小走りで近づいてくる。
「あっリサちゃん」
俺はそう口にしながら、リサちゃんの刺激的な装いに目を奪われた。
(わー今日も超かわいい!)
セルリアンブルーのキャミソールに白いプリーツのミニスカート。この前の恰好以上に目のやり場に困る。こんな露出度の高い恰好をしたかわいい女の子と一緒にいて平常心を保てる男がいるのだろうか。とにかくエロい目で見るんじゃないと自分を強く戒めた。
そんな俺の内面の葛藤をよそに、リサちゃんはまつげの長い目を見開きながら言った。
「約束の時間より前に着いてようと思ったのに、もう先に来ててびっくり。何分前に来たの?」
「いやさっき着いたとこだよ」
もちろんウソだった。でも30分前からスタンバイしていたなんて、なんかかっこ悪くて言えない。なんでこんな俺と仲良くなりたいと思ってくれてデートに誘ってくれたのかはわからないが、できることなら、がっかりしてほしくなかった。
「まだ時間早いし、ちょっと大学の中、案内してもらえる?」
「うん、もちろん」
無難に待ち合わせイベントをクリアできたと安堵したところで、ポケットに入れていた俺のスマホが着信音を響かせた。
「あっ、ちょっと待って」
何かと思って確認すると、LINEのメッセージが入っていた。
内容を確認した俺は、迷うことなく返信メッセージを打ち込んで送信ボタンを押した。何の予定もない普段ならともかく、今はリサちゃんとのデートが始まったところなのだ。それより優先されることなどあるはずがない。
「よし!」
「いいの?大丈夫?」と窺うような視線を向けてきたリサちゃんに、俺は「うん、大丈夫だよ」と笑みを返す。結果的に、なんとなく「余裕のある男」っぽくなった感じがして気が大きくなる。
リサちゃんはまた笑顔になって、「じゃあ…」とつるつるスベスベのあらわな腕を俺に向けて差し出した。その先端で手が柔らかく開いていた。
「えっ…」
気が大きくなったのもつかの間、俺は妄想していた以上の展開にうろたえた。それが躊躇しているように映ったのか、リサちゃんは怪訝そうに言った。
「手つなぐのイヤ?」
「イヤじゃないよ全然!喜んで!」
速攻で否定した俺がぎこちなく手を差し出すと、リサちゃんはその手をギュッと握った。リサちゃんのスベスベの柔らかな肌と細くて折れちゃいそうな指の感触が伝わってくる。
リサちゃんは少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら微笑んだ。それを見て俺も自然と笑顔になる。
大学のキャンパスをリサちゃんと手をつなぎながら歩く。
こんな日が来るなんて…。
俺は嬉しくてどうにかなりそうだった。
だが歩き始めて間もなく、周りの風景がいつもとまるで違うことに気づいた。
周囲の学生たちの視線が自分に向けられているのだ。
いつもなら、たいていの人間は俺の存在にほぼ関心を示さないのだが今日は違った。心なしかざわついているようにも感じられる。
もちろん隣にかわいいリサちゃんがいるからだ。
なんであんなかわいい子が、あんな冴えない男と手をつないで歩いているんだ?
そんな心の声が聞こえてくるような気さえしてきて、俺は途端に落ち着かない気分になる。そもそもこんなに周囲の注目を集めるなんて、生まれて初めてのことじゃないだろうか。
自分のホームグラウンドがアウェイに変わってしまったような感覚にとらわれながらも、俺は決して弱気にはならなかった。
だって隣を見れば、リサちゃんが愛くるしい笑みを返してくれ、手の中には彼女の柔らかい手の感触があるわけだ。そして、あそこは○○で、あっちは◇◇だよ、という大学の構内を案内するだけの他愛ないやり取りしかしてないのに、リサちゃんはとても楽しそうにそれを聞いてくれている。
それも含めて慣れない状況である落ち着かなさはあったものの、俺は女の子と手をついて歩いているだけでこんな幸せな気持ちになれるのだと、その喜びをかみしめていた。
「あっち行くと食堂があるよ」
キャンパスをぐるっと回りながらおおむね主要な場所を案内したところで、そろそろ一休みしたほうがいいだろうなと、俺は食堂や売店のある方を指差しながら言った。
だがリサちゃんの口から出た言葉は俺の予想とは違うものだった。
「あ、そうなんだ。じゃあちょっと戻っていい?」
「え?」
「あのね、にぎやかなところより、ちょっと静かなところで、明人君とゆっくりおしゃべりしたいなって思って…空いてる教室って、入っていいんだよね?」
「あ…それは大丈夫だけど」
俺がそう言うと、リサちゃんは満足そうに微笑んだが、その頬が少し赤らんでいるように見えたので、俺はなんかちょっとドキドキした。
次回は土曜日に投稿する予定です。