問者の消失
駅構内は混雑しており、キャリーケースを携え歩く人々が複雑に交差する。
改めて俯瞰してみると、転倒や衝突なく歩行出来ているのは不思議であった。
そんな事を考えていると、改札口の先に見知った顔の男女がいた。勇太くんと加奈子だ。
(あの距離感を見るに、まだ二人の仲は進んでいないようね......)
私は勇太くんの鈍感さと、加奈子の消極的な姿勢に少し呆れながら、キャリーケースを転がし改札口に向かう。
二人もこちらに気付いたようで、遠くで加奈子の声がする。
「あれ!由紀じゃない?」
私は手を大きくブンブン振り、旧友の方へと駆け出した。
「久しぶり〜〜〜!元気だった?!」
「ご覧の通りよ!あんたこそ元気だった?」
加奈子が私の少しやつれた顔をまじまじと見つめる。
「まぁいろいろあってね......。ごめん、外だとちょっと話しにくい内容で、いきなりで申し訳ないけど、勇太くんの家に向かうでもいい?」
「元々、二人とも泊まる予定だったし、俺はいいけど......」
「ありがとう!じゃあお邪魔します!話したい事が山ほどあるの!」
私は二人の背中を押し、移動を促した。
-----
私達は勇太くんの家で買ってきたお酒を煽っている。
「で、話ってなんなのよ!何があったの?」
我慢出来ずに加奈子が問う。
私はテーブルに置かれた酒缶の中で一番度数が高いものを手に取ると、タブを開け一気に喉に流し込む。
「くぅ〜〜〜、染み渡る〜〜〜っ!!」
そう叫び、酒缶を机に強めに置く。
二人はあまり見た事がない私の様子に顔を見合わせる。
「本当に何があったの......?」
私はまだ秘密を暴露する勇気が出ない。
「んー、言いたいんだけどさぁ......話を聞いてもらいだけどさ......。その前に明るい話がしたいと言うか......」
そう言うと右隣の加奈子の首に手を回し、耳元で囁く。
「勇太くんとその後どうなの?」
加奈子は私の配慮しきれていない声の音量に慌てて、誤魔化すように質問する。
「アンタこそ、望月さんとどうなのよ!!」
私はそのわかりやすい反応に思わず笑ってしまうが、対面の勇太くんは気付いていないようだった。
「望月さんは頼りになるけど、そういうのじゃないって!まぁ、今回したい話はあの人の事でもあるんだけどさ......」
それを聞いた二人は興奮し、私に詰め寄ってくる。
「ちょっと、何か進展でもあったの!?気になるじゃない!勿体ぶらずに早く話しなさいよ!」
「そうだよ!あまり引っ張るとハードルが上がって余計に話辛くなるだろ!」
私は二人を引き剥がし、そういう話じゃないけどね、と前置きをおいた上で霊獣の襲撃、柊さんとの対峙について話す。
---------
話は一時間以上続き、途中二人はトイレに行ったり、つまみを台所からとってきたりと離席したが、しかし最後まで真摯に私の話に耳を傾けた。
「あんた災難だったわね......」
加奈子が同情の念を込めて細めた目でこちらを見る。
「何にせよ沙原が無事でよかったよ」
勇太くんは素直に心配してくれる。
「ありがとう。そんな事があったから無性に安心したくなって二人に会いにきたんだよね〜」
そう目的を告げると、ぬるくなった酒管を手に取り、乾いた喉を潤す。
「由紀はすごいよ。ちゃんと拓斗の事、調べ続けてて、事実に近づくだなんて」
加奈子は体育座りした膝に顔を埋める。
拓斗は当時私達とよくつるんでいた友達だった。
しかし、夏休みに帰省したタイミングであの原発事故が起き、行方不明となったのだ。
私は再開した望月さんにその事を告げた。
望月さんは、事故を境に霊獣が増加していることを話してくれ、最後に私を誘ってくれた。
「この件は不可解な点がいくつか存在する。俺と一緒に東に行き、調査するのを手伝ってくれないか?」
そうして、ここまで真実究明のため走り抜けてきたのだ。
「すごいのは望月さん。私は必死にその背中を追っているだけだよ。」
私が自嘲気味に語ると二人は黙り込んでしまう。
私達言霊師は嘘をつけない。
故に先ほどの否定が謙遜ではなく、本心だと二人は知覚したのだ。
「なんにせよ沙原が無事でよかったよ。」
優しい勇太くんは心配な言葉を繰り返してくれる。
「でも僕達も微力ながらあの時のこと調べていたんだ。実は明日、柊さんから言霊転写の仕事を頼まれている。こっそりついてくるかい?」
柊さんに反発する望月さんとは違い、二人は言霊師として柊さんとしっかりコンタクトをとっているのだ。
「ありがとう、是非同行させて。」
私は自分だけが動いていた訳ではないと安心する。やはり遠路はるばる来てよかった。
「そうと決まれば今日はもう寝よう。本音を言うと沙原の話を聞いている時、ずっと胸の動悸がらとまらなかったんだ」
そう恥ずかしそうに告白すると勇太くんは、古びた映画館で恐怖を隠すため強がっていたあの時と同じように笑った。
------
市内の地下鉄を乗り継ぎ、私達は西日本最大の市立図書館に向かっていた。
二百万冊もの蔵書図書数を誇る図書館であるため、一般の利用者の存在を私は気にしたが、どうやら今日は意図的に設定された休館日らしい。
「入り口はこっちだよ」
そういい図書館の傍の従業員入口の方を指差す。
柊さんから手配されたのだろう。
勇太くんは扉に付けられた番号キーに8桁の暗証番号を入力した。
「悪い事はしないのに、なんだか緊張するね......。とりあえず入ろうか」
(......部外者を連れ込むのは悪いことでは......?)
私は心の中で突っ込み、加奈子と共に勇太くんに続く。
「圧巻だね......」
加奈子が館内を見渡し、思わず呟く。
加奈子の言う通りであった。
西日本最大の肩書は伊達ではなく、館内は本の分類ごとに几帳面に書架が色分けされており、規則正しく本が並んでいる。
それは西洋の宮殿の支柱が並ぶような光景で神秘性すら放っていた。
「仕事は地下二階で行うようだ。こちらへエレベーターに乗ろう」
私達は勇太くんについていき、十人乗りのエレベーターに乗り込む。
「あれ......?」
加奈子が行き先ボタンを確認し、首を傾げる。
そしてもう一周目をやるとこちらを振り向く。
「地下二階なんてボタンないけど......?」
勇太くんは少し意外そうな顔をしたものの、すぐ合点があったようだ。
「柊さんからは地下二階と聞いている。つまりこう言う事だろう」
そういうと目を瞑り、彼から放たれた霊力がエレベーターを包み、ゴウンと駆動音がすると後、降下を開始した。
「言霊で降りろってことさ」
到着し扉が開閉すると、たちまち霊力が侵入してくる。
自分達以外の霊力に身構えるが、どうやらそれはこの地下に配置された図書から漏れ出るもののようだ。
「ここが言霊によって製本された史実書の保管室のようだね」
そう言うと勇太くんは、柊さんから依頼された仕事を共有してくれる。
柊さんは言霊を行使した書記により、史実書を作成しようとしていた。
歴史はそれを記録する者の意思が介在する。
そして時には、記録する者は悪意を持って史実を捻じ曲げる。
しかし、言霊は嘘をつけない。
故にこれを行使し、表の歴史とは異なる完全に中立な視点で歴史を残そうとしているらしい。
「早速取り掛かるよ」
勇太くんはそう言うと、本棚から目的の本を探す。
棚には日本年号と順序を示す番号が刻印されており、彼はその中から令和(3)の分厚い本を手に取る。
そして、あらかじめ用意してあった紙の資料に目を通すと、令和(3)の空白ページに手をかざす。
鋭尖した霊力が複数に枝分かれし、それぞれが独自の軌跡を残す。
停止した時、本には精緻に資料の内容が転写されていた。
「仕事している間に他の本を見ててもいいかな?」
「勿論だよ。その前に来たんだから」
そう言うと本棚を指差す。
「本は一冊で年号十年分を記録する決まりのようだ。震災と原発事故のことはあれに記載されているだろう」
私は示された令和(2)と書かれた本を手に取る。
ここへはこまめに人が立ち入る訳ではないのだろう。
おそらく、転写した図書をメンテナンスする人間もいないはずだ。
しかし、手に取ったその本は新品同様の輝きを放ち、日焼けや欠損、色落ちなどの劣化は見られなかった。
明らかに霊力により保護されている。
(柊さんはやっぱり化け物ね......絶対に敵に回すべきじゃなかった.......)
私は後悔しながら、目当ての情報を探す。
(......あった......!!)
私は後ろから覗き込む加奈子にわかるように、該当箇所を指で指す。
そこには4年前の震災の概要が記載されていた。
発生日時、震源地、規模、人的被害、住家被害......。
特に被害数は改めて文字にすると衝撃的で、私は改めてその凄惨な状況を想像し、身震いする。
しかし、奇妙なことにその他の欄は空白であった。
(......あれ?......ここに原発事故の事が書いてあると思ったんだけどな......)
私は六年前の地震について確認する。
その地震は小規模であったが、その他の欄に低い津波が押し寄せてきた事が記載されている。
(やっぱりそうだよね!副次的な事象、事故についても記載されるはず!)
私は加奈子と目を合わせ頷き、次に原発事故の記載がされたページを捲る。
やはりおかしい。
図書には非常に簡素な概要のみ記されており、死亡者数、行方不明者数については"不明"と記載されていた。
そして何より原因については記入欄ごと存在しなかった。
柊さんは歴史を紡ぐ事が言霊師の使命だと説いた。
しかし、これは明らかに事実の隠匿である。
悲劇の繰り返しを防ぐ事が史実の記録の目的であるならば、その原因を記載しないのは不合理だ。
そもそも原子炉の爆破による死亡者数も行方不明者数も記載出来ないのはおかしい。
これらは恐るべきことを暗示していた。
つまり、原発事故とそれによる人的被害は単純に事故だけで人が死んだ訳ではないのだ。
ではそれは何か。
(......きっと、きっとそれは言霊なんだ......。だから、柊さんはあれほど.......)
つまり、原発事故の死亡者には、原子炉の爆発、及び炉心融解により致命的な距離で被爆したものと、言霊により殺されたものが存在するということだ。
私は拓斗の事を思い出さずには居られなかった。
彼は学生であったから、当然原子炉の至近距離にはいなかったはずだ。
ならば消去法で言霊により殺された事になる。
私は自身に満ちた霊力に吐き気を催す。
(でもなぜ言霊で殺す必要があった......?原子炉の爆発、流出する放射能......。もしかして、放射能が拡散しないように住民もろとも言霊で閉じ込めたの?)
私は自身の陰鬱とした想像に立ちくらみさえ覚える。
そして、その想像に確信さえ持ちつつある。
当然、あの原作原理主義の柊さん率いる言霊師が自発的に封殺など行う筈もない。
つまり、これは言霊師を動かしうる存在の命令あってこそだ。
ではその存在とは?
私はそこで柊さんの屋敷での事を思い出す。
あの時、最も柊さんを問い詰めたのは糸川さんだった。
政府に近い彼は四年前の震災と原発事故が人為的なものであると、疑うような何かを見つけたのではないか?故に詰め寄ったのではないか?
(急ぎ確認しなければ......)
私はすぐにスマホを取り出し、以前依頼を受けたメールに記載された電話番号を打鍵する。
スマホを耳に当てて反応を待つ。自身の興奮により耳の静脈の脈動を感じる。
糸川さんが電話に出たらどこから話そうか思案する私の期待を裏切るようにスマホからアナウンスが流れる。
「おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません」
もしかすると私は間に合わなかったのだろうか。
糸川さんは無事なのだろうか。
(わからない......わからないが......)
私はこれから対峙する存在、その闇の深さに恐怖を感じ、スマホを耳から話さないでいる。
ただ一つ言えるのは、自らの疑問がしばらく解消しないであろう事だ。
問者は消失してしまったのだから。