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アニミズムの囁き  作者: 阿島カイリ
第一章
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灰燼の隠匿

 深夜三時、私は息苦しさで目を覚ました。

 瞬間的な覚醒だろうと再度の入眠を試みるが、上昇した体温はそれを許さない。

 仕方なく私は立ち上がり、寝息を立てる沙原さん、望月さんを起こさぬように襖を開け部屋を後にする。


 外から鈴虫の鳴き声が薄ら聴こえる。

 (あれだけの経験をし、すやすやと安眠出来るわけもないか......)

 私はチェックイン時の記憶を頼りに、一階の古びた自動販売機を重い足取りで目指す。


 階段の踊り場の窓から、円に近い月を見つめ、自問自答する。

 (この選択は正しかったのだろうか?)

 昨日、自らの意思で言霊師への同行を決心し、それにより霊獣と対峙し、そして最強の言霊師を敵に回したのだ。

 それは無数に存在する選択肢のうち、最も困難な道に思えた。


 自動販売機は天然水以外の全てに売り切れを意味するランプが点灯している。

 それはまるで、もう後戻り出来ず、選んだ道を進むことしか許されない自分のようだった。


「よう、眠れないか?」

 私は背後の望月さんの声に反射的にビクッと驚く。


「望月さん......脅かさないで下さいよ」

「あれだけの事があったんだ。眠れないのも無理ない」


 望月さんは私を追い抜かし、自販機に硬貨を入れる。

 ガタンと音がし、ペットボトルが降下する。

 望月さんは屈んでそれを取ると、私の方へ下手で放り投げる。


「ありがとうございます。」

 私は直ぐに蓋を開け唇に運ぶが、不思議と先程までの渇きが失せていることに気付く。

 結局、喉を少し潤す程度口にし、蓋をする。


「糸川、これからの話をしよう。付き合えよ。」

 そう言って宿の外へ出て行った。煙草でも吸うのであろう。

 私はその背を追いかけた。


-----


 宿の裏手、殆ど花が枯れた花壇の前に私達は居た。

 私の予想とは裏腹に望月さんは煙草は取り出さず、先程買ったペットボトルを花壇の淵に置き、腰掛けている。

 この沈黙は質問の許諾を意味しているのだろう。

 私はその意図を察し、望月さんに問う。


「率直に聞きます。柊さんの反応を見てどう思いました?」


 望月さんは少し俯き思案する。

 私にはそれがどこまで話すべきか迷っている様に見えた。

 だが次に面を上げると、その表情には一抹の迷いも見受けられなかった。


「俺は原発否定の過激派が黒幕だと思う。そこに道から外れた言霊師を間引きたかった柊が現れた。両者は手を取り、地殻変動を引き起こしたのだろう。」

 そう言うと自傷気味に続ける。

「おそらく霊獣は元人間だ。窮奇と戦闘して確信に変わった。アイツらは俺たちと同じ様に言霊を使用する。つまり言霊師の成れの果てという事だ」

 これまで撃退してきたこともあり、複雑な心境なのだろう。


「言霊を操る化け物が、同じく言霊を操る言霊師の霊力を探知し襲撃する。どう考えてもこの国の言霊師を追跡出来る最強の言霊師が黒幕にうってつけだろう」

 そう言い放ち、同意を促してくる。


 意外にも望月さんの推測は、自身のものと大きく異なっていた。

 確かに柊さんと自身の上長が通じていた事は、大きな陰謀を予感させるが、あの時の彼女の言葉に共謀のニュアンスはなかった。

 上長と私に余計なことはするな、という牽制の意思のみが込められていたように思えるのだ。


「糸川、何故柊は俺達を生かしたのだと思う?真実の追及を阻止したいのであれぼ、三人ともを殺してしまえばいい。だがあいつはそうはしなかった。それは俺達三人にむしろ真実への接近と、その先の行動を期待しているからだ」

「......その先の行動とは?」

「おそらく俺達に過激派を静粛してもらうつもりだったのだろう。そうすれば手を汚さずに、自身の悪行の証左は消え失せるからな」

「そうすると真実に気付いた私達は、彼女にとって不都合な存在に成りませんか?」

「そうとも。その為に霊獣がいる。手駒として使われた俺達は、最後には霊獣の腹の中に収まるってことだ」

 確かに納得の行く部分もあるが、論理が飛躍し過ぎに思えた。

 雄弁に語る望月さんは、冷静さに欠いているように見える。


「望月さん、私の考えは『だからな、あいつの思い通りにはならない。俺は柊が想像もつかないアプローチで真実に接近しようと思う。』

 望月さんが私の発言を遮る。

 いつの間にか花壇から立ち上がった望月さんは、右手をポケットの中に忍ばせている。


「糸川。真実に迫るには官庁への侵入、情報の奪取などやる事は山の様にある。その為には、指紋認証などのセキュリティを掻い潜る必要がある」

 目の前の男は緊張感と衝動性に支配されていた。

 唯一理性がそれを堰き止めていたが、その均衡が破られる寸前であることは明白だった。


「勿論、協力する選択肢もあった。しかし......しかし、それでは結局、柊の掌の上だ。奴の想定の域から、抜け出すことは出来ないんだ」

 そこまで言うと覚悟を決めたのだろう。

 望月さんは花壇に腰掛ける私の前に立ち塞がる。


「糸原、死んでくれるか?」

 この時ようやく私は気付く。

 不自然な暑苦しさも喉の渇きも、霊力の行使によって造られた反応で、それはこの状況を作り出すためのものだったのだ。


 望月さんはポケットから抜いた手を私の方へ突き出す。

 握り込んだ手の隙間から瑪瑙(めのう)の光が漏れ、私は恐怖から両手で顔を守りながら、右方身を捩り回避試みる。

 しかし、加速した突きはそれを許さず、望月さんの右手親指と人差し指に挟まれた(やじり)が、私の指を()ねる。


 瞬間、喉元の血液が沸騰し、私は声を失う。

 状況を確認しようと喉元に手をやるが、突き刺さるような痛みが走り、反射的に手を引っ込める。

 それは火炎に対する原始的反応であった。


「......ァ......ア......ッ......」

 

 私は言葉にならない発声と共に振り返る。

 民宿の窓ガラスには、全身を火炎に包まれた自分が映っていた。


「ワタ......シ......ノ......カンガ......エ......ハ......チガ....」

 

 声を絞り出すも、それは血肉、脂肪の焼ける音に掻き消される。

 喉から拡充した火炎は一気に勢いを増し、後には灰のみが残った。


------


 先程の光景が嘘のようにあたりは静まり返っている。

 俺の目の前には、糸川の親指と灰と化したそれ以外が積もっている。


(急いで対処しなければならない)


 この惨劇を沙原に悟らせる訳にはいかない。

 人肉が発火した臭気、辺りに満ちた熱、これらを言霊で分散させる。


「糸川、すまない。俺は.....皐月村を解放しなければならない......」

 俺は決心がブレないよう発語する。

 それは言霊師にとって自身を鼓舞すると共に、枷を嵌める行為であった。


 ふと脳裏に四年前の大震災が思い出される。

 地層のずれにより損壊した建物、瓦礫に押し潰される村人達、漏れ出したガスの引火により爆ぜる乗用車と飛び散る血肉...

 

 狂っていると思う。

 しかし、あの日地獄の渦中にいた女の声が頭から離れない。


(私達を......この村の事を忘れないで......)


 言葉は悲哀と覚悟に包まれ、霊力を通じて隣県にいた俺の五感に突き刺さる。

 女が感じた地獄、即ち飛散したガラス片の上を裸足で駆ける痛み、切れた口内の血の鉄分の味、建物と人が燃える音、そして瓦礫に圧殺される子供の光景とその叫び声......


 俺はあの地獄を受け取った唯一の人間として、真実を追及する義務がある。そしてそれを取り除く権利も。


 俺は糸川から拝借したハンカチに持ち主の指を包むと、その場を後にした。


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