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アニミズムの囁き  作者: かいり
第一章
10/23

竜生九子

 本棚の上から檮杌(とうこつ)の尾が私の喉元に迫る。

 私は想定外の攻撃と、迫り来る殺意に息を呑み、発語が出来ない。

 しかし、言霊を行使しなければ貫かれるだろう。


 咄嗟に意識を集中し、頭の中で唱える。


(......空気よ、集まれ!!!)


 霊力が作用し、私を庇護するように円形の防壁が形成される。

 土壇場で発語なしの言霊の行使に成功したのだ。


 しかし、檮杌の尾は進路の先の防壁に気付くと、途端に鋭角に曲がり標的を変更した。

 その先端は私の横にいた加奈子の腹部に突き刺さり、鱗と骨が擦れる音と共に腰裏へと抜けた。


「きさらぎぃぃいいい!!!」


 勇太くんの絶叫で何が起きたか把握した私は、自身の浅はかな行動を後悔する。

 

 立体的な動きを可能とする尾だ。

 それを霊力を探知する霊獣が操作しているのだから、防壁の回避など容易いだろう。

 私は何が何でも尾を機能停止させるべきだったのだ。


 激昂した勇太くんが檮杌を睨む。

 そして、その激情を言葉に、霊力に変えて、解き放つ。


(......動け!ここで動けなければ、私はクソだ!!)


 自分にそう言い聞かすと、私は逃避を目論む檮杌の背後に空気を集合させ、退路を塞いだ。

 回避に失敗した檮杌を勇太くんの霊力が捉え、断首に成功する。


------


 事態は最悪だ。

 加奈子のそれは間違いなく致命傷だ。

 勇太くんは錯乱し、泣きじゃくり加奈子の傍にひざまづく

 しかし、重傷を負った加奈子を動かしていいのか判断がつかず、触れられずにいる。


 私は言霊の不便さを痛感する。

 言霊による治療はかなり難易度が高い。

 診断により損害箇所とその深度を把握し、切開、切除、剥離、止血など適切な処置が必要となる。

 つまり、例えば言霊を行使できようが、人体に熟知した医者でなければ治せないのだ。


 その時、萌葱色(もえぎいろ)を連想させる温かな霊力が私達を包み、霧散する。


(これは......柊さんの霊力による探知......!!)


 私は思案する。

 彼女が味方なのであれば、援軍が。

 敵なのであれは霊獣が差し向けられるだろう。


 だが、どちらにせよやるべき事は決まっている。

 私は冷静さを失った勇太くんの頬を打つ。


「しっかりしなさい!!今の霊力は柊さんの探知、すぐに援軍が来るわ!本棚を加工して担架を作っておいて!」


 勇太くんは狼藉し言葉は出せないものの、必死に数回頷く。

 それを見た私は図書館の入り口に向かう。

 来るのが何であろうが、やるべきことは探知だ。

 一秒でも早く来訪者を探知し、敵なら迎撃の準備を、味方なら加奈子のところまで誘導する必要があるからだ。


(......私に出来るだろうか?)


 私は先の戦闘で恐怖で身を強張らせて、窮地を作ってしまった。繰り返すことが怖いのだ。

 しかし、私には自らの代わりに痛手を負った親友を救う使命がある。

 私は自身を奮い立たせ、図書館の玄関前に立ち、目を瞑って霊力の探知に集中した。


その時だった。


「お嬢ちゃん、大変な目にあったなァ?」


 私は当然聞こえた声に驚き、声の発生源から距離を取るように右方に後ずさる。

 

 そこには70〜80台ほどの老人がいた。

 頭頂部は禿げ、左右に残る毛もその大部分が白く変色している。

 腰も曲がり、両手を腰の後ろで交差させ、それでいて柔らかな笑顔を浮かべる様は好々爺という印象を与えるが、それでいて呆けや運動能力の低下などといったものとは無縁であるような健康さを持ち合わせていた。


 今でこそ老人から霊力を感じるが、声を掛けられるまで、完全に気配を経っていたことから、私は対面の言霊師の実力を想像し、萎縮する。

 圧倒的実力差は柊さんとの対峙した時の記憶が呼び覚まし、疲労と緊張感を湧き上がらせるからだ。


「警戒せんでええ。......つっても難しいだろうがよォ。俺はァ、柊に頼まれたもんだ。さァ、怪我人のところへ案内してもらえるかい?」


 信頼していいかわからない。

 だが今の自分には、他の選択肢を選ぶだけの気力も力もないことだけは明白だった。


------

 

 市内の個人病院、その手術室の前のパイプ椅子に私と勇太くんは着座していた。

 来訪してきた老人は名を立花といい、柊さんに救命を依頼された医者の言霊師であった。


 加奈子は彼の言霊による応急処置を受けた後、急造の担架でここまで運ばれた。

 その道中、私はイマイチ信頼し切れない老人に言う。


「見て頂きありがとうございます。ただ彼女、かなりの重傷です。もっと大きい病院の方で診てもらった方が......」

「処置は殆ど完了しとる。それに言霊師の治療なら、どこよりも上手くやれるのはウチさ」

「言霊による手術について、頻繁に実施するされているのですか?」

「いんや、血液や臓器と一緒でよォ。霊力ってのは、持たざる人間からすると異物でしかないんだ。故に言霊師以外の腹ん中を霊力で弄ると、途端に拒否反応が出て命の危険がある。だから俺が言霊で救うのは言霊師だけさ」

 

 男はこちらの心配を諌めるようにウインクすると、担架の加奈子をストレッチャーに移管し、それを手術室へと押して行った。

 

 手術室の扉が閉まる。

 

 私達に出来るのはここまでだ。

 あとは立花さんに託すしかない。


(お願いします......どうか、どうか加奈子を助けて下さい......)


 そうして私達は呆然とし、椅子に着座する他なかったのだ。

 

 手術室からは音漏れはなく、私はその静寂に息が詰まり、狂いそうになる。

 時計に目をやり経過時間を確認しては、音沙汰のない現状に苛立ち、その焦燥は理性を剥ぎ取りつつあった。


「私の、せいだ」


 溜め込んでいた想いが、抑え切れない。

 言葉にすることでそれは事実になり、私は罪悪感と後悔押し潰されそうになる。


「如月の事が好きなんだ」


 顔を上げると、隣で彼は覚悟を決めた顔付きで前だけを見ている。

 目を晒し、鼻をすすり、唇を振るわせながら精一杯の告白をする彼はお世辞にも頼り甲斐がない状態だったが、潤んだ瞳、涙で濡れた前髪、希望に満ちた言葉が私を視線を釘付けにする。


「でもまだ伝えられてないんだ。俺らは言霊師だからさ......口にしないと前に進める事ができないんだ。そんなことわかっていたのに」


「だから、もう止まらない。如月と向き合い気持ちを伝える。だから、それまでは、絶対に如月は死なない」


 手術室の扉が開き、白衣の立花が出てきた。

 こちらに向かってくる立花の表情は穏やかで、私は良い結果を期待するが、だが確信には至らず寸刻でも彼の報告を聞きたいという衝動に駆られる。


「手術は成功。一命は取り留めたよ。あとはあの子の気力次第だなァ」


 私と勇太くんは抱き合い、脇目も振らず号泣し、ただただ希望を噛み締めた。


------


 病院の屋上、私はそこで煙草を吸いながら、立花を待っている。

 

「悪い。待たせたなァ」


 老人があの時と同じように、気配を殺して背後に立っていた。


「心臓に悪いです、それ」

「すまんすまん」


 男は笑い私の背をポンと叩くと、煙草を取り出す。


「立花さんって何者なんですか?」

「直球だなァ。俺はァ、しがない病院の院長だよ」


 そう言うことではなく、と追求しようとした私の目を見て、立花さんは続ける。


「わりぃわりぃ。俺はァよ、一世代前の言霊師の筆頭なんだよ。柊の前任者だ」


 私は想定外の回答に目を見開く。

 そんな私を一瞥し、少し迷った後、老人は口を開く。 

 危険を冒してまで、真実を渇望する姿勢を知り、開示することを決めたのだ。


「筆頭主に推薦された時さ、いやァ、こりゃ困ったことになったなと思ったよ。俺は管理やら掌握やらは苦手だからよォ。」


「そしたら次世代に優秀なら奴がァいるじゃねえか!俺は即座に柊を指名し、アイツに筆頭主を譲ったのさ」


「だがタイミングが悪かった。俺ァは意図せずとも、あの子に閉塞を強要させ、重荷を背負わせてしもうた。申し訳ねぇと思っている。だからあの子の祝福について、どうも怒れる気になれねんだァ。師匠失格だな。」


 男は自嘲気味に煙を吐く


 (確定だ)


 経緯はわからぬが、やはり柊さんは放射線汚染の防止のため、住民諸共封じ込めたのだ。


 老人は改めて私の方を向き、不安そうな面持ちで言う。


「真実を追求するならそれもええ。だがの、お嬢ちゃんが思ってるより事態は深刻で、それを暴いたところで好転はしねぇんだ。」


 私はその先が知りたい。

 例え報われなくとも、柊さんと対峙した時から始まった物語の結末を、追い求めるべきなのだ。


 老人はこれ以上は言えない、と言うように曖昧な言葉で濁そうと背を向ける。

 しかし、ふと何かを思い出して、目を細め私の方を見る。

 

「そういやァ、柊はあの子ではなく、お嬢ちゃんを助けろと言ってたなァ。その声には聞いたことのない焦りがあった......。アンタもまた、この日本を庇護する九つのうちの一つてことかねェ......」


(......?)


 私はその発言の真意を掴めずにいる。

 しかし、この老人だけが次に進むべき道を示してくれる。そう確信し追随する。

 

「立花さん、真実に迫るには何をすべきでしょうか?」

「おそろしく無垢だなァ......。いいだろォ、真実への接近、状況の好転、その両方の実現に繋がるであろう道がある」


 老人は語る。

 その瞳は沈降した憂いを帯びていて、目線を合わせた私は立ち眩みを覚える。


 言わずとも伝わる。

 これは覚悟の要求だ。

 私はこれから酷く辛い道を歩むことを強いられるのだ。

 他でもない自分自身の言葉によって。


 老人は語る。


「竜の子を探しなさい」

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