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第59話 嘘をつかずに嘘をつく

「実は、私たち結婚したいと思っているのです」


 相談があるというから、きっと恋愛相談的な何かだと思っていたのだけど、いきなり結婚の話になるとは……。

 スカーレット、あなた相変わらず容赦しないわね。

 直球すぎて、飲んでいたお茶を吹き出しそうになったじゃない。


「付き合っているのだろうなとは思っていたけど、お互いに好きなら遠慮しなくてもいいんじゃないかしら」


「そうではないのです。お忘れですか、ベルモント殿は人間界から借りている人材なのです」


 スカーレットの表情が曇る。

 そこには、個人の幸せよりも国家の安全を憂う軍師としての顔があった。


「そうでしたね。あまりに馴染んでいるので、ベルモント殿は魔界の民だと錯覚していたかもしれません。でも、それの何が問題なの?」


「私が人間界へ行ったときに気付いたのですが、あのイシルという女は魔界を攻撃する口実を探している可能性があります。先代陛下の討伐を進言したのもイシルだったと言われています」


「父上……スカーレット、それは本当ですか?」


 イシル……。

 セリオス一行にいる賢者で、『女狐』と呼ばれているような策士だと聞いている。

 その名は、魔界にとって忌まわしい記憶と共に刻まれている。


 ベルモント殿もイシルによってひどい目に遭っていたようだ。

 このことから、スカーレットが結婚問題に慎重なのも理解できる。

 これは私の感覚なのだけど、スカーレットとは相性が悪そう。


「はい、おそらくは事実でしょう。そもそも人間界に侵攻したのはオーク族でしたから、先代陛下は関係ないはずなのです。にも関わらず、言いがかりをつけて戦争に持ち込んだのです」


「そんな……ひどい。一体何のために?」


「理由は分かりません。ですが、魔界侵攻をきっかけにセリオス一行は不動の地位を得ることに成功しています。私が懸念しているのは、ベルモントの件が再び戦争にきっかけとなる可能性です」


 スカーレットは平和条約締結交渉の場でこの疑問を取り上げたと聞いている。

 大事なことは、過去にあったことは今後も繰り返される可能性があるということだ。

 戦争の口実を求めている人がいるとすれば、どんな小さなことでも目をつけてくる可能性は確かにあると思う。

 平和な日常の裏で、見えない刃が研がれているような恐怖を感じた。


「でも、魔界に1人逃亡したくらいで戦争になるかしら?」


「平和条約締結交渉の場で、皇帝はベルモントを魔界へ送ることを『人質のようなもの』だとして嫌がったのです。この発言を悪用して『魔界側が人質を取った』というように捏造すれば口実なんていくらでも作れます」


「ベルモント殿はどう思う? イシルの性格はよくご存知でしょ」


「可能性は高いと思われます。イシルは先代魔王の討伐を成功させたことで地位を得ていますが、もともと評判の良い人物ではありませんでした。そこに、レオニダスが魔界との橋渡しを成功させたため、苦々しく思っているはずです」


「聞けば聞くほど、碌でもない人物なのね。そんな人なら、戦争を仕掛けてくるような気がするわね」


「はい。そこでベルモントには一旦帰国してもらい、退職後にこちらへ戻ってもらいます。その後は名前を変えれば問題ないでしょう」


「退職の理由はどうするの?」


「『田舎で農業をしたくなった』とでも言えばよいでしょう。この手の話は嘘をつかないことが大事です。嘘をつけば態度に表れてしまい、不信感を持たれるからです」


 そういうものなのね。

 でも、どうして田舎で農業が嘘じゃないのかしら……?

 私には、スカーレットの言っていることがよく分からないのだ。


「田舎で農業とは?」


「魔界は人間界から見れば田舎です。ベルモントの仕事は農業支援ですから、胸を張って『田舎で農業をしたくなった』と言えばよいのです」


「なるほど、確かに嘘はついていないわね。でも、田舎に行くと言って魔界へ向かったら流石にバレるんじゃないかしら」


「そこで、肉の入った樽にでも隠れてもらって、そのまま商人に運んでもらおうかと思います。検問で何か聞かれたら『肉の樽』と言えば、嘘ではないですし」


 嘘をつかずに、嘘をつくという……。

 なんとも奇妙な策だと思う。

 肉の樽に入ったベルモント殿を想像して、少し笑ってしまいそうになったが、事態は深刻だ。

 あとは本人次第かしら。


「ベルモント殿、随分と生臭い策ですが、それでいいの?」


「他にいい案もありませんし、我慢することにします……」


 ベルモント殿は少し嫌そうだったが、了承してくれた。

 しかし、結婚相手を『肉』扱いするとは、スカーレット……。

 愛ゆえの厳しさなのか、単なる合理主義なのか。


「もし、逃亡がバレたらどうするの?」


「その議論をする前に確認したいのですが、陛下は人間界との戦争を完全に防げる方法があるとしたらどうしますか。ただし、それは人間界との交流も断つことになります」


「難しい話ね。魔界の文化は人間界の影響を少なからず受けています。私の母上とスカーレットは人間界の出身だし、光魔法も人間界の知識よね……。戦争は嫌だけど、交流を完全に断ち切れるものかしら?」


「そうですね、難しいかもしれません。しかし、魔界の事は魔界でなんとかすべきなのです。私はかつて人間界に降伏する道を進言しましたが、あのときは他に方法が無かったためです」


「今なら……魔界だけでやっていけると、スカーレットは考えているわけね?」


「はい。やはり、私は……先代陛下を討った人間界を許せないのです。陛下の気持ち次第ですが、そろそろ縁を切ることを考えるべきかと」


 スカーレットの声が震えていた。

 彼女はずっと、父上を救えなかったことを悔やんでいたのだ。

 その悲しみと怒りが、今の彼女を突き動かしている。


「つまり、ベルモント殿をこちらに逃亡させるタイミングで人間界との交流を断つべきだということですね」


 スカーレットの気持ちはよく分かる。

 私だって、父上や兄様たちの無念を忘れた日は無かった。

 親友のセリアナだって、戦争が無ければ死なずに済んだかもしれないのだ。

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