第55話 スカーレット敗走
「陛下、宰相からの報告です。アルカニアス城を落城させたので、次の目的地イリュメリアへ向かうとのことです」
「了解。報告ありがとう」
第1軍のスカーレットは進軍しながら、北部地区の城を次々に攻略していた。
城攻めは時間がかかるものだが、どうやら利害を説いて降伏させているようだ。
このペースで進軍すれば、あと数日でソルステリアに到達できるだろう。
「ゾルガリス、この状況をどのように考えますか?」
「非常に順調と言えますが、ヴァルゴンの動き次第で挟み撃ちとなる危険性もあります。もっとも、スカーレット殿とレスタリオン殿がそのようなミスをするとは思えません」
「そうよね。私たちは彼らを信じて、予定通り進軍させることが大事ですね」
「それにしても、少し妙ですね……。もっと良い進軍ルートがいくつかあるのですが、これもスカーレット殿の計略なのでしょうか」
そう言って、ゾルガリスが首をかしげる。
私も違和感を感じていたのだが、安全すぎるルートというか、第1軍と連携するには程遠い位置にいるような気がする。
だが、スカーレットは士官学校を首席卒業するほどの頭脳を持っているし、経験豊富なレスタリオンも側にいるのだ。
何か理由がありそうだが、私たちには想像ができなかった。
――
5日後、相変わらず私は不思議なルートを進軍している。
こんな状況になるなんて、私たちは全く想像していなかった。
進軍速度も遅いため、兵士たちの間にも、少なからず動揺が生まれつつあるようだ。
城の攻略報告もあれから一度もなく、スカーレットが何処で何をしているのか、全く分からない。
不安が霧のように広がり、軍全体を覆い尽くそうとしていた。
「ご報告です。マジェスティア防衛戦、当方の勝利です。ヴァルゴン軍は撤退した模様です」
久しぶりの戦勝報告は、すぐ後の報告によってかき消されることになった。
「ご報告です。第1軍、逃亡者続出により撤退中です。本日夕刻、第2軍と合流予定の見込みです」
「ご報告です。ヴァルゴン軍、こちらに向かって進軍中です。本日深夜頃、我軍に追いつくと思われます」
なんということだ。
まさか、第1軍が敗走しているなんて……。
こんな敵地の真ん中でヴァルゴン軍と戦える訳が無い。
一体、どうすればいいの?
思考が停止し、目の前が真っ暗になるような感覚に襲われた。
「ゾルガリス……どうすればいいの?」
「第2軍は予定通り進軍し、第1軍と合流しましょう。このような状況こそ、落ち着いて予定通り行動すべきです」
ゾルガリスの声は落ち着いていた。その冷静さに、私は少しだけ救われた。
「そ、そうね。まずはスカーレットに状況を確認しなければなりませんね」
私は不安で胸が押しつぶされそうな気分のまま、予定通りに進軍を続けた。
日が落ち始めた頃、ようやく第1軍と合流することができた。
「スカーレット! 敗走とは一体どういうことですか!」
「陛下、詳しい話は後でしますが、本日深夜、ここでヴァルゴンを討ち取ります。これからその準備に取り掛かります」
スカーレットの表情には、敗走の悲壮感など微塵もなかった。
むしろ、獲物を待ち構える狩人のような鋭い光が宿っていた。
スカーレットは、この場に竈を50基だけ作るように指示をした。
その数は逃亡者が多く出ている第1軍のものだとしても少なく、第2軍も合わせると明らかに足りない。
「スカーレット、竈が少なすぎるんじゃない? そんな数では兵士の食事が確保できないでしょ」
「これでよいのです。竈が出来たようなので火を付けたまま南に2キロ後退します。全員急いで!」
私たちは南に2キロほど後退すると、スカーレットは看板のようなものを取り出し、何かを書いた後、地面に刺した。
今日は新月なので暗く、書かれた文字を読むことはできなかった。
「皆の者! この看板を挟むように東西50m離れたところで伏せなさい。決して明かりを灯してはなりませんし、音を立ててもいけません。そして、この看板付近で爆発音がしたら、その爆発めがけて弓矢を射るのです!」
スカーレットがそう指示すると、兵士は東西に散っていった。
わずか50mほどの距離だが新月で一切の光がないため、兵士がどこにいるのか分からないほどだ。
私たちは闇の一部となり、息を潜めた。
私はスカーレット、レスタリオンと共に岩陰に隠れる。
「陛下、輝翼閃を出し、看板の真上に蝶を待機させてください。蝶は黒アゲハでお願いします」
私の光魔法は光るアゲハ蝶を出すものだが、スカーレットの指示で黒アゲハを出す訓練をしていたのだ。
そうか、この為の訓練だったのね。
「輝翼閃!」
私がワンドを振ると、大量の黒アゲハが現れた。
闇に溶け込む黒い蝶たちは、死神の使いのようにも見えた。
辺りが余りにも暗いので看板の位置が分かりにくかったが、ゾルガリスが看板の下で松明を持ってくれたおかげで、なんとか目的の位置で待機させることができた。
戻ってきたゾルガリスは何かを悟ったらしく、神妙な顔つきだった。
どうやら、ゾルガリスは看板を読んだらしい。
「陛下、まもなくヴァルゴンがあの看板までやってきます。あの看板の下で明かりが止まったら、その明かりめがけて輝翼閃をぶつけてください」
しばらく待っていると、馬の蹄の音が聞こえてくる。
数はそれほど多くなさそうだ。
ドッドッドッ……という地響きが、心臓の鼓動と重なる。
やがて、その一行は看板の前で足を止めると、なにやら話し始めた。
小さい声ではあったが、なんとか聞き取ることができそうだ。
(ヴァルゴン様、何か書かれた看板があります)
(何と書いてあるか読めるか?)
(暗くて読むことができません)
(そうか、では俺が読むことにしよう。松明を用意しろ)
明かりが灯り、看板に向かって近づいていく……。
闇の中に浮かび上がる炎が、彼らの運命を照らし出す。
そして、明かりが止まった。
(し、しまった! これは罠だ!)
「陛下、今です!」
私は輝翼閃を明かりめがけて飛ばした。
黒い蝶たちが一斉に殺意を持って襲いかかる。
バーンバーンバーンバーン!
爆音が辺りに鳴り響く。
夜空を焦がすほどの閃光と爆炎。
それを合図に、大量の矢が看板めがけて飛んでいった。
雨のように降り注ぐ矢が、敵を貫く音が響く。




