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第52話 開戦

 あれから100日が経過し、国営農場は無事完成した。

 新しい農場の広大な畑には作物が一面に広がり、働く農夫たちの活気に満ちている。

 風が吹くたびに、緑の波がさざめき、土と若葉の香りが鼻をくすぐる。

 かつての荒れ地は、今や生命の息吹に満ちた豊穣の大地へと変貌していた。


 蕪や大根など一部の農産物の収穫が順調に始まり、食糧問題は解決に向かっている。

 そんな報告を受けながら、今日も私は執務室で決裁書類を確認していた。


 執務室の窓から差し込む朝の光が、机の上に散らばる書類を照らしていた。

 静寂の中、書類に目を通す音だけが響いている。

 平和な朝だ。しかし、この平穏が長くは続かないことを、私はどこかで予感していた。


「陛下、緊急事態です。至急作戦会議室までお越しください」


 その言葉に背筋が凍りつき、一瞬心臓が止まりそうになった。

 兵士は顔面蒼白で、その表情だけで事態の大きさが分かった。

 ついに、来たのだ。


 私はざわめく城内を駆け抜け、作戦会議室へ向かった。

 作戦会議室のドアを開けると、中には重々しい空気が漂っていた。

 卓上には地図や戦略資料が広げられ、全員の視線が私に集中していた。


 作戦会議室には、スカーレット、レオン兄様、ゾルガリス、レスタリオン、親衛隊臨時隊長のダリクが既に着席し、私の到着を待ちわびていた。

 このメンバーを見ただけで、私にも分かる。

 ヴァルゴンが動いたのだ。


「先程、伝令からヴァルゴンがブレンダル殿下と共に挙兵したとの報告がありました」


 その言葉を聞いた瞬間、私たち全員の顔に緊張が走った。

 挙兵の知らせは、これからの戦いが避けられないことを意味していた。

 空気そのものが張り詰め、誰もが息を呑む。


 スカーレットの表情は硬いが、冷静な目をしている。

 レスタリオンの報告通りとなったこともあるが、想定の範囲内ということなのだろう。

 彼女のその落ち着きだけが、今の私にとって唯一の救いだった。


「レスタリオンの予想通りということですね。やはり、マジェスティアを攻めるルートになるのか?」


「マジェスティアに向かって進軍中とのことですから、間違いないでしょう」


 これも予想通りだ。

 マジェスティアを守り切ることが国家存亡の鍵であることは皆が共有している。


「分かりました。すぐにマジェスティアへ援軍を送りましょう」


「陛下、それはなりません。我軍の目的地はソルステリアです」


 スカーレットがそう告げると、作戦会議室はどよめきに包まれた。


「ソルステリアですって! スカーレット、あなたはゾルトたちを見殺しにするつもりですか!」


「陛下、これこそがマジェスティアを救う唯一の方法なのです」


「どういうことなのか、説明してもらえる?」


 スカーレットはテーブルに広げられた地図を指しながら、説明を始めた。


「北部地区側の立場で勝利条件を考えてみましょう。ヴァルゴンはブレンダル殿下を王として建国させ、その正規軍として進軍しています。だとすれば、陛下を倒すだけでなく、ブレンダル殿下も無事で無ければなりません。また、ソルステリアへ進軍する中に陛下がいるとしたらどうでしょうか。マジェスティアと王都を籠城戦で勝たねばならないことに比べ、野戦で陛下を倒すことができるとしたら……」


 スカーレットの指が地図上の戦略的要所を指し示しながら、彼女の冷静な分析が続いた。

 彼女の計算された声が、部屋中に響き渡った。

 その言葉には、反論を許さない説得力があった。


「なるほど。私が動くことでヴァルゴンをマジェスティアから引き離そうということなのね」


 スカーレットは簡単に言うけど、私が囮になるということよね……。

 ヴァルゴンの目的が私の首なのだから、どこに居ても同じだとは思うけど。

 背筋に冷たいものが走る。私が、囮。


「御名答です。戦に勝つには、相手に主導権を握らせてはなりません。こちらが相手の動きをコントロールすることが肝要です。もし、マジェスティアに援軍を送ったとしたら……レスタリオン殿がヴァルゴンの立場ならどう考えますか?」


「私がヴァルゴンなら……それこそがヴァルゴンの狙いでしょう。奴は野戦に絶対の自信を持っているので、援軍を待ち構えて野戦を仕掛けると思われます」


 レスタリオンの言う通りなのだろう。

 戦は読み合いだということを改めて思い知った。

 盤上の駒のように、私たちは動かされているのだ。


「スカーレット……。ソルステリアに向かうとして、ヴァルゴンとはどう戦うつもりなの?」


「もちろん野戦となります」


 野戦……?

 それこそ、ヴァルゴンの思う壺にならない?


「ヴァルゴンは野戦に絶対の自信を持っているとのことだけど、勝ち目はあるの?」


「もちろんです。ヴァルゴンは陛下を討ち取るために、昼夜を問わず馬を走らせるでしょう。絶対の自信があるからこそ、遅れた兵を待たずに進むはずです。そうなれば、数的有利に持ち込むことができます」


「そう上手くいくかしら……。ヴァルゴンは歴戦の名将でしょう」


「もちろん計略を仕掛けます。詳細はここでは言えませんが、ヴァルゴンは必ず動きます」


 計略か……。

 スカーレットの計略には今まで随分と助けられた。

 今回も、思いも寄らない策を考えているのだろう。

 彼女の瞳の奥にある光を信じるしかない。


「分かりました。では、各自の役割を説明してくれる?」


「第1軍は私とレスタリオン将軍です。レスタリオン将軍は北部地区の地理に明るいので道案内にも期待しています」

「第2軍は陛下とゾルガリス将軍です。第1軍の出発から3日後に出発してください」

「レオン様と親衛隊、騎士団は王都の防衛です。王都の守りが万全であることもヴァルゴンを動かすことに繋がりますので、絶対に城から出ないようにお願いします」


 皆がうなずき、部屋に静かな決意が広がった。

 これからの戦いに向けて、それぞれが心の準備を固めているのが感じられた。


 特に異論は出なかったので、スカーレットの案を採用することとなった。

 私にとっては初陣となる。

 不安は尽きないが、腹をくくるしかない。

 震える手を強く握りしめ、私は自分自身を鼓舞した。


「スカーレット、ゾルトの計画はどうなっているの?」


「こちらの準備は全て完璧です。依頼されていた物資は全てゾルト殿に送っております。もしかすると……今回の戦争で最大の番狂わせはこの計画によるものかもしれません」

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