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第51話 心の距離

「ここは……一体……」


 ベルモント殿は呆然と天井を見ていた。

 長い間意識を失っていたため、自分の置かれている状況が分からないのだろう。

 消毒液の匂いと、窓から差し込む柔らかな光が、ここが病室であることを告げている。


 ベルモント殿が目を覚ました時、アメリアの様子を見に来ていた私は偶然その場に居合わせた。

 私はすぐにスカーレットを呼びに行かせた。


「ベルモント殿!」


 駆けつけたスカーレットは、普段の冷静な彼女からは想像もつかないほど取り乱していた。

 その瞳には涙が溢れ、声は震えている。


 その瞬間、スカーレットの強い意志と彼女がどれだけベルモント殿を気にかけていたかが伝わってきた。

 彼女の涙は決して見せることのない心の奥底からの感情だった。

 氷の宰相と呼ばれた彼女の、人間らしい一面。


「俺は……なぜここで寝ているのですか?」


「あなたは国営農場で私を庇って、倒れてきた木材の下敷きになったのです……」


 ベルモント殿はしばらく考えこんだ後、ゆっくりと話し始めた。

 記憶の糸を手繰り寄せるように。


「そうだ……思い出した。どうやら、あなたは無事だったようですね。良かった……」


 自分の怪我よりもスカーレットの無事を喜ぶその言葉に、スカーレットは唇を噛み締めた。


「少しも良くないです! あなたはこうして大怪我をしているではないですか。もっとご自身の体を大切になさってください」


「その言葉、そっくりそのままお返しします。そうですよね、陛下」


 急に私に振られて少し驚いたけど、ベルモント殿の言うことはもっともだ。

 私は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐにベルモント殿の言葉に納得した。

 スカーレットの働き方は確かに無理がある。彼女の健康を考えなければならないと強く思った。

 彼女が倒れたら、この国は立ち行かないのだから。


「そうね……。ベルモント殿の言うように、スカーレットは働きすぎです。あの時だって、仕事で頭が一杯だったから隙が生まれたんじゃないの?」


「……そうは言いますが、私は宰相の仕事として必要なことをしているのです」


「スカーレット、あなたは全然分かっていないわね。実は先程、この事件の犯人が口を割ったのよ」


「犯人が……? それで何を言っているのですか」


「指示をしたのはヴァルゴンで、目的は戦争で有利に立つためにスカーレットを暗殺すること……だそうよ」


 スカーレットの顔色が急に変わり、緊張感が部屋中に広がった。

 その場の空気が凍りつくような感覚。


 犯人が口を割ったのは、病院に向かう直前だった。

 レスタリオン将軍からヴァルゴンの話を聞いていたので、なんとなく予想はしていた。


 これで、ヴァルゴンが近いうちに攻めてくることが確信へ変わった。

 奴は本気だ。手段を選ばない冷酷さが、そこにはあった。


「そんな……」


「賢いあなたなら分かるはずでしょ。叔父上を一瞬で倒し、カイリシャ討伐戦を立案した者が敵にいるとしたら、戦争の前に排除すべきと考えるのは当たり前なのよ。聞くところによれば、私がいない間にも命を狙われていたらしいわね」


 スカーレット暗殺未遂事件は、先日の光魔法を探す旅から戻った際に親衛隊から聞いたものだ。

 その時は事件が起きる前に取り押さえることができたとのことだが、暗殺計画はこの時点で既に始まっていたと考えるべきだろう。

 見えない刃が、常に彼女の首元にあったのだ。


 その暗殺事件の犯人は、その場で毒を飲んで自害してしまったので、自白させられなかったことが悔やまれる。


「……おっしゃるとおりです。私は国のためにも死んではならない立場になっているのですね」


「そういうことね。そして、それを身を以て教えてくれたのがベルモント殿なのです」


「さすが陛下、俺の言いたいことを全て言ってくれました」


「それにしても……ベルモント殿がこれほど勇気がある方だとは思いませんでした。見直しました」


 ベルモント殿の顔に一瞬驚きと恥ずかしさが浮かび、その後に見せた微笑みは心からの感謝の表れだった。

 私の気のせいかもしれないが、スカーレットがベルモント殿を見る目が少し変わったように感じた。

 尊敬と、感謝と、そしてそれ以上の何かが混じったような、温かい眼差し。


「あっ!」


 そのとき、何かを思い出したようにベルモント殿が大声を上げた。


「どうしましたか?」


 スカーレットはいつものように無表情でベルモント殿を覗き込む。

 だが、その声色は以前よりも柔らかい。


「いや、その……。半径1m以内に入っちゃったなって。額を撃ち抜くのだけはご勘弁を!」


 それを聞いて、私は思わず吹き出してしまった。

 そういえば、2人の間にはそんなルールがあったのよね。

 子供じゃあるまいし、何を言っているのやら。

 でも、そんな冗談が言えるほど、二人の距離は縮まったのかもしれない。


「それはもうよいのです。ベルモント殿の脚が回復するまで、私が身の回りのお世話をさせていただきます。むしろ私の方から近づくことになるでしょう」


 スカーレットが真剣な顔でそう言ったので、ベルモント殿が口をポカンと開けたまま固まっていた。

 これは、もしかして……。

 ちょっと面白い展開になっているのでは?

 私はニヤニヤするのを必死に堪えながら、二人を見守ることにした。

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