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第38話 絶望の奥深く

 洞窟は奥に行くほど広がりを見せ、やがて天井が抜け落ちた巨大な広場へと繋がっていた。

 壁には太古の昔に刻まれたと思われる奇妙な模様が走り、広場の中央には巨大な赤い竜が横たわっていた。

 その巨体は小山のように大きく、鱗の一枚一枚が鋼鉄のように硬そうだ。

 フェルドリムはゆっくりと瞼を開き、金色の瞳で私たちを見下ろした。


「ナンノヨウダ?」


 灼竜フェルドリムと思われる竜は私たちの言葉を話せるようだ。

 その声は地響きのように低く、腹の底に響く。

 よく考えてみたら、生贄を要求しているのだから話せるのは当然よね。


「お酒と牛を貢物としてお持ちしました」


 フェルドリムとの会話はカイル君に任せている。

 魔人族の方が怪しまれないだろうということと、生贄に関する一連の流れを把握しているからだ。

 子供にやらせる仕事ではないとは思うが、他に適任がいないのでやむを得ない。


「サケカ……キガキクジャナイカ。イケニエモハヤクモッテコイ」


「承知しました。準備中ですので、それまではお酒をお楽しみください」


 フェルドリムが酒好きというのは、どうやら本当らしい。

 その鋭い爪で樽に穴を開けると、豪快に飲み始めた。

 私たちは、その姿に安堵しつつ、静かに洞窟を後にした。


 ――


「なかなかの飲みっぷりだったわね。この作戦、上手くいくかもしれないわね」


「あの酒は村で作っている中で一番強いものなんです。魔人族でもあんな風にストレートで飲める人なんていませんから」


 カイル君が嬉しそうに語る。

 作戦が成功すれば妹が帰ってくるのだから、これは良い流れなのだろう。


 私たちは洞窟から300mほど離れた場所にキャンプを張り、夜になるまで待った。

 防具は機動性を重視して事前に用意していた革鎧に着替え、音を立てないよう慎重に洞窟へ向かった。

 夜の闇に紛れ、私たちは影のように進んだ。


 洞窟に入ると、フェルドリムの寝息が聞こえる。

 ゴウ、ゴウという轟音のような寝息だ。

 やった! 寝ている。


 私たちの作戦は、ゾルトとカイル君が忍び寄って頭に渾身の一撃を入れるというもの。

 仕留め損なった場合は、カイル君が竜の頭によじ登って攻撃を入れ続け、私は防御魔法の煌輝羽衣を展開して攻撃に備えつつ、ゾルトと親衛隊は散開することになっている。


 ゾルトとカイル君がフェルドリムの目前まで来たとき、フェルドリムがカッ! とその目を開いた!

 金色の瞳が、闇の中で怪しく光る。


「ワレヲコロシニキタカ……オロカナニンゲンタチヨ」


「バ、バカな……酒で寝ているはずじゃ……」


 ゾルトが後ずさりしながら、そう言うとフェルドリムがゆっくりとその巨体を起こした。

 その動きに合わせて、洞窟内の空気が震える。


「コンナサケデ……ワレヲアザムケルハズガナカロウ……オマエタチハ……ソレヲリカイシテイルハズダ」


 フェルドリムはそう言うと、大きく息を吸い込んだ。

 喉の奥が赤く輝き始める。

 まずい! これは火球ブレスが来る!


 私は煌輝羽衣を慌てて展開しつつ、大声で皆に声をかけた。


「ブレスが来るわよ! はやく私の後に避難して!」


 全員が私の方に駆けてくるのを見て、フェルドリムは私たちに向かって火球を吐いた。

 轟音と共に放たれた巨大な火の玉は、全てを焼き尽くす勢いで迫ってくる。

 火球は煌輝羽衣と衝突し、激しい衝撃波を生んだ。

 火球と煌輝羽衣はお互いに消滅をしながら、徐々に小さくなっていく。


 頼む! そのまま防いでくれ!

 私はそう祈りながら、起死回生の輝翼閃を使った。


 煌輝羽衣は火球を防ぎきれなかったが、幸いなことに火球の向きを変えることができたようだ。

 火球は私たちから離れた壁面に当たり、爆音とともに辺りに火が飛び散った。

 熱風が頬を撫で、死の恐怖を感じさせる。


「ブレスヲ……フセイダ……」


 フェルドリムが状況を把握できないうちに勝負をしかけるべく、私は輝翼閃をフェルドリムに向かって飛ばした。

 キラキラと光る無数のアゲハ蝶が、フェルドリムに向かってゆっくりと、しかし確実に飛んでいく。

 それは地獄のような戦場に現れた、幻想的な光景だった。

 私にはその遅さが歯がゆいと感じていたが、その美しさは敵の目を奪うには十分だった。


「コレハ……ナニガオキテイル……」


 戦いの場ではありえない光景に、フェルドリムの動きが僅かに止まった。

 本当に僅かな時間だったが、それはアゲハ蝶がフェルドリムに到達するには十分な時間だった。


 ドーン! ドーン! ドーン!


 次々にアゲハ蝶がフェルドリムに触れていく。

 その度に激しい爆音が鳴り響き、硬い鱗が砕け散る。


「グアアア」


 効いている!

 フェルドリムは痛みに耐えきれず、地面に倒れ込んだ。

 その隙をついて、カイル君がフェルドリムの首に飛び乗り、双剣を構えた。


 その瞬間を私はまるでスローモーションでも見ているかのように感じていた。

 カイル君の双剣はフェルドリムの両目を貫いた。

 鮮血が舞い、竜の咆哮が洞窟を揺るがす。


 苦しみ、のたうち回るフェルドリム。

 背中から倒れ込んだため、弱点の腹を晒すような格好となっている。

 そこに大剣を構えて突撃してくる男がいた。

 ゾルトだ!

 鬼神の如き形相で、彼は跳躍した。


 ゾルトの渾身の一撃はフェルドリムの心臓を的確に捕らえていた。

 肉を断つ鈍い音が響き、竜の動きが止まる。


「ワレハ……シヌノカ……」


 灼竜フェルドリムはついに動かなくなった。

 その巨体は、ただの肉塊へと変わった。

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