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第32話 愛と忠誠の間で

「レンナーラ、本当に申し訳ない。しかし、緊急事態で後を任せられるのは君しかいなかった。それを理解してほしい」


 ゾルトの声は真剣そのものだった。

 だが、レンナーラの怒りは、そんな言葉で収まるほど軽いものではない。


「理解できるわけないでしょう! じゃあ、なんで手紙すら寄越さないのよ? 私を便利な家政婦か何かだと思っているんじゃないの!」


 レンナーラの声が震えていた。

 彼女はこれまで、夫の不在を守り、一人で困難に立ち向かってきたのだろう。

 ゾルトへの怒りは、過去の苦労と孤独が積み重なった結果だった。


 ゾルト……せめて手紙くらい出してやろうよ。

 オーガ族のことはよく分からないけど、一般的に女性はそういうのを一番嫌うものなのよ。


「いや……その……忙しくてつい……」


「『つい』じゃねえええ!!」


 レンナーラの怒号が響き渡る。

 これはもう、仲裁に入った方が良さそうだ。


「レンナーラ、気持ちはよく分かるわよ。でも、私はゾルトに助けられたおかげで無事に王都にたどり着けたし、なんとか魔王としてやれているのよ」


「そうですよね、私みたいな年増よりも人間の若い娘と一緒にいる方が楽しいわよね。良かったわね、陛下がかわいい子で!」


「こら! 陛下に失礼じゃないか!」


 あ、ゾルト……今、そういうことを言っちゃダメ。

 火に油を注ぐとはこのことだ。


「うわあああん、ゾルトのばかあああ。この浮気者!」


 ああ、もう収拾がつかないじゃない……。

 一体どうすればいいのよ。


「レンナーラ、どうか落ち着いて。ちゃんと話を聞くから」


「実はレンナーラ。お前を連れて行かなかったのではない。連れていけなかったのだ」


「どういうことよ……」


 鼻水をすすりながら、レンナーラが潤んだ瞳でゾルトの顔を覗き込む。


「グロリア陛下の王都帰還はお前が思っているより危険だったのだ。実際、何度も命を狙われたんだぞ……だから連れていけなかったのだ」


 ゾルトの言うように、王都の影には常に陰謀が渦巻いていた。

 彼は妻を危険に晒したくなかったのだ。

 その不器用な優しさが、ようやくレンナーラに届いたようだった。


「ゾルトの行動には確かに問題があるけれど、危険というのはそのとおりでした。しかも、ヴァルゴンやカイリシャといった、ゾルトよりも席次が上だった将軍に襲われたのよ。ゾルトでさえ命が保証できない、そんな状況だったの」


 カイリシャの名前が出た瞬間、レンナーラの顔色が変わった。


「そういえば、カイリシャが討伐されたって噂になっているけど、それは本当なの?」


「ああ、それは本当だ。拙者の手で斬ったから間違いないな」


 ゾルトの剣は常に正義のために振るわれる。

 カイリシャとの戦いは、彼の不屈の精神を証明するものだった。


 レンナーラは、それを聞いて安堵の表情を浮かべた。

 後で聞いた話によると、王都の親衛隊として働いていた頃、カイリシャと大喧嘩をして勝負を仕掛けたが負けて髪を切られたことがあったそうだ。

 結果的にゾルトが仇を討ってくれた形となったので、胸のつかえがとれたのだろう。


「陛下、感情を抑えきれず失礼を働いてしまいました。深くお詫び申し上げます」


 レンナーラは居住まいを正し、深く頭を下げた。


「気にしなくても良い。私も女として、お前の気持ちは理解できるからね」


「御慈悲に感謝します。願わくば、私も陛下の側に置いていただけないでしょうか」


 レンナーラの優秀さは、マジェスティアが見事に統治されていることからも分かる。

 しかし、その一方でレンナーラを側に置いた場合、マジェスティアの統治は誰が行うのかということになる。


「レンナーラ、お前を側に置いたとして……マジェスティアの統治は誰が行うべきだろうか?」


「そ、それは……」


「これは悩ましい問題だな。レンナーラのような有能な家臣を持つことは願ってもないことだが、マジェスティアもまた重要な拠点だ。万が一にも敵対勢力の手に落ちるようなことはあってはならないのよ」


「……おっしゃることは分かりますが、私はゾルトの側にいたいのです」


 レンナーラの切実な願いに、胸が痛む。

 うーん、困った。

 よし、これはやむを得ないか。


「分かりました。それではこうしましょう。ゾルトには一時的に親衛隊長の任から外れてもらいます」


「陛下! それはなりません」


 ゾルトが必死で抗議をしてきたが、私はそれを手で制した。


「ゾルトには今回の任務が終わり次第、再びマジェスティアの太守として任についてもらいます。レンナーラは引き続きゾルトの補佐をせよ。私は王都のスカーレットに新たな太守の選出をさせるので、それまでの間のことだ」


「短期間であっても、陛下の側を離れるなど……」


「ゾルト、お前はレンナーラをもっと大事にするべきなのよ。今回の原因を作った一端はお前にあるのでしょう」


 ゾルトは黙って俯いている。

 その様子を見て、レンナーラが私の前で膝をついた。


「陛下のお心遣い、感謝いたします。代理の者が決まり次第、直ちに王都帰還と親衛隊への復帰をお約束いただけますでしょうか」


「もちろん約束しましょう。お前たち2人は私が最も信頼する家臣だからね」


「承知しました。このゾルト、見事にマジェスティアを守り抜きましょう」


 ゾルトとレンナーラが仲直りできて本当に良かった。

 二人の間に流れる空気が、ようやく穏やかなものになった。


 しかし、ゾルトが共に行動できるのは帰り道のマジェスティアまでとなる。

 ゾルトがいないことを想像すると、私は少し心細さを感じた。

 だが、これは王として私が乗り越えなければならない試練なのだ。

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