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第30話 ノヴァレインの希望

 私は酷く落ち込んでいた。

 生まれて初めて、激しい憎しみをぶつけられたためだ。

 あの子供の、血を吐くような叫び声が耳から離れない。


 これまでも命を狙われることはあったが、それは憎しみというよりは、相手の私利私欲や政治的な思惑によるものだった。

 だが、町長の子供は私を「人殺し」と呼び、殺すと言った。

 善悪の判断もつかない子供にとって、親がどんな悪人であろうと、私は大好きな両親を奪った仇でしかないのだ。

 その事実は、どんな正論よりも重く、私の心を押し潰そうとしていた。


「陛下、やはり町長は町民に圧力をかけていました。町長の悪口を言う者は容赦なく捕らえられ、厳しい処罰が行われていたとのことです」


 ゾルトは公開処刑の後も、精力的に町長の悪事を調べていた。

 もしかすると、私の罪悪感を少しでも拭おうとしてくれていたのかもしれない。

 その不器用な優しさが、今は少しだけ痛い。


「だから、町長のことを訊ねても無言だったのね」


「そうです。そのような事情ですので、町民は陛下を称賛しています。町長の子供が言ったことは、あまり気になさらないように」


「そうだとしても、私は間違ったのです。ゾルトの言う通り、法を感情で運用してしまった罰なのでしょう。……町長の子供は、今どうしていますか?」


「全ての親戚から引き取りを拒否されています。町長は相当恨まれていたので、報復を恐れて誰も関わりたくないのでしょう」


 親の因果が子に報う、とは言うが、あまりにも残酷だ。

 あの子には何の罪もないのに。


「それなら、スカーレットが育った孤児院に受け入れてもらいましょう。私は今回の反省をこめて、孤児院に個人的に寄付をするつもりです」


「それは良いことです。いずれ、彼が成長し、真実を知る日が来れば、陛下への憎しみも氷解するでしょう」


 そうなる日が来ればいいなと思う。

 憎しみを抱えたまま生きるのは、毒を飲み続けるようなものだ。

 あの子には、いつか笑顔を取り戻してほしい。


「この町を復興するにあたり、新しい町長を決めたいと思うのだけど、ゾルトはどう思う?」


 私は気持ちを切り替え、前を向くことにした。

 立ち止まっている暇はない。

 この町を立て直すことが、今の私にできる唯一の償いなのだから。


「任命権は陛下にありますから、問題はありません。ただ、町長一派がまだ残っておりますので、人選が難しいかもしれません」


 それでもやらなければならない。

 私はこの町に、本当の意味での笑顔を取り戻したいのだ。


 私は親衛隊に命じ、町民と役人に匿名アンケートを実施することにした。

 内容は、以下の3点。

 ・この町をどう変えていくべきか

 ・町長に相応しい人物とその理由

 ・町長に相応しくない人物とその理由


 ――


「陛下、アンケートを回収しましたが、興味深い結果が出ています」


 数日後、集計を終えたゾルトが報告に来た。


「興味深い結果?」


「役人と町民の結果が、まるで正反対なのです。これは、役人のほとんどが元町長派ということになりそうです」


「思ったよりも深刻な事態ね……」


 元町長はもういないが、その腐敗した根は深く広がっていたようだ。

 同じ考えを持った役人が新町長となれば、悲劇は繰り返されるだけだ。

 それだけは、なんとしても防がなければならない。


「ですが、光明もあります。町民に絶大な人気がある一方で、役人からは蛇蝎のごとく嫌われている者が数名おります。ひょっとすると、彼らこそが反元町長派なのかもしれません」


「では、その者達を中心に人事を一新するという手もありそうね。まずは彼らを面接してみましょう」


 面接をしてみると、やはり彼らは筋金入りの反元町長派であった。

 これまで元町長派の役人が不正をしているのを見る度に激しく抗議し、そのせいで閑職に追いやられたり、嫌がらせを受けたりしてきたという。

 それでも町民を見捨てるわけにはいかないと、歯を食いしばって耐え抜いてきたのだそうだ。

 しかも、彼らは元町長派の不正の証拠を密かに記録しており、問題のある人物が一目瞭然となっていた。


「ゾルト、こんな腐敗した町にも、泥中の蓮のように志のある者がいるだなんて、世の中捨てたものじゃないわね」


 私は彼らの熱意に触れ、久しぶりに心が晴れるのを感じた。


「そうですね。特にジュリアンという若者、実務能力も高く、リーダーシップもありそうです。彼に任せてみるのはどうでしょう」


「私もジュリアンが良いと思いました。不正リストにある上級役人をすべて解雇し、ジュリアンを中心とした反元町長派に体制を一新しましょう」


 翌日、私たちは庁舎に向かい、新人事を高らかに発表した。

 解雇を言い渡された一部の役人からは怒号と反対意見が殺到したが、ゾルトがギロリと睨みつけると、借りてきた猫のように大人しくなった。

 力による支配は本意ではないが、時には必要悪もあるのだと、今回の件で学んだ。


 だが、私たちがノヴァレインのためにできることはここまでだ。

 後は彼らの手腕に任せるしかない。

 ジュリアンなら、きっとこの町を素晴らしい場所にしてくれると信じている。

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