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第29話 ノヴァレインの絶望

 私は光魔法の調査のため、ルナティカへ向かっている。

 戦いが目的ではないので、ゾルトと親衛隊の半数を警護役として連れている。

 道中、私たちはノヴァレインの町に立ち寄ることにした。


 今日はノヴァレインに宿泊予定だ。

 王都への帰還の際にも立ち寄ったのだが、この町には町長が物資の買い占めを行っているという黒い噂があった。

 即位後に施行した法律で不当な買い占めや高額転売は厳しく禁止したが、果たして効果は出ているのだろうか。

 私の胸には、一抹の不安があった。


 だが、私の淡い期待は見事に裏切られた。

 町に入った瞬間、淀んだ空気が肌にまとわりつく。

 通りを行き交う人々の顔色は土気色で、瞳には生気がない。

 前回立ち寄ったときよりも、状況は明らかに悪化していた。


「ゾルト……これって、やはりあの町長が原因なのかしら?」


「そうかもしれません。少し聞き込みをしてみましょう」


 私たちは住民に声をかけ、生活の様子や町長について尋ねてみた。

 だが、町長の名前を出したとたん、皆怯えたように顔をそむけ、逃げるように立ち去ってしまう。

 まるで、その名を口にすることさえ禁忌であるかのように。

 どうしたものだろうか……。


「ゾルト、これでは状況が分かりませんね。どうにか不正の証拠を掴む方法はないかしら?」


「陛下、馬車にある食料や酒は多めに積んであります。この一部を適正価格で販売するのです。そうすれば利益を独占したい町長一派が、必ず何か動き出すはずです」


「それは良い案ね。いっそのこと、町長の家の目の前で露店を開きましょう。これ以上ない挑発になるわ」


 露店の経営は親衛隊の1人に商人の子がいたため、彼に任せることとなった。

 私とゾルトは以前町長に顔を見られているので、物陰からこっそり様子を伺うこととした。


 目論見通り、店を開いて間もなく、町長が強面の男たちを5人ほど連れてやってきた。

 そして、商品を見るなり難癖をつけ始めた。


「おい、誰の許可をとってここで商売している!」


「許可? 新たに施行された法律では、3年間は商売の許可が不要となっているはずだ」


「そんなこと知ったことか! この町では俺様が法律なんだ。無許可で商売しようとした罪で全て没収する」


 店主役の隊員が抵抗する間もなく、全ての商品が没収され、露店から乱暴に追い出された。

 ここまでは想定通りだったのだが、町長の行動は私たちの予想を超えていた。

 彼は手下に指示し、その場で値札の額を10倍に書き換えさせると、そのまま自分たちで商売を始めてしまったのだ。

 あまりの厚顔無恥さに、開いた口が塞がらない。


「陛下、これは酷いですね。完全に腐りきっています。証拠を抑えましたので取り押さえましょう」


「そうですね。ゾルト、任せましたよ」


 ゾルトは親衛隊を連れて露店に踏み込むと、あっという間に町長と手下たちをまとめて取り押さえた。

 彼らは激しく抵抗したが、オーガ族の怪力を持つゾルトに敵うはずもなく、地面に無様に這いつくばらされた。


「貴様ら! 俺を誰だと思っているんだ。早くその手を離せ! 後悔することになるぞ!」


「お前が町長だということはよく知っておるぞ。お前たちこそ、我々が誰か分かっていないようだな。我々は魔王様とその親衛隊だ!」


「な、なんと……陛下の御一行でしたか。しかし、私たちに何の落ち度があってこのような仕打ちをなさるのか!」


 往生際が悪いとはこのことだ。

 あくまでもしらを切るつもりらしい。


「黙れ! お前たちの行動をしっかり見せてもらったぞ。さっきお前たちに荷物を没収されたのは我が親衛隊の隊員なのだ」

「貴様らは無許可で商売できること、高額転売を禁止すること、専売商品の価格吊り上げを禁止する法律に違反し、あろうことか民の荷物を強奪までした。これは万死に値する!」


 ゾルトの怒号が響き渡る。

 その迫力に、町長たちは震え上がった。


「な、何かの間違いです。お許しを、どうかお慈悲を!」


「ならぬ。貴様らは法律通り、この場で処刑となる」


 ゾルトが剣を振り上げたその時、騒ぎを聞きつけた町長の家から、夫人が子供を連れて飛び出してきた。

 彼女たちはゾルトの前にひれ伏すと、額を地面に擦り付け、大声で泣きながら助命の嘆願を始めた。


「どうか命ばかりはお助けください! 主人は法律に疎いだけで、決して陛下に背くつもりなどありませんでした!」

「どうか、パパをお助けください! 何でも言うことを聞きますから! パパを殺さないで!」


 子供の泣き叫ぶ声が、私の胸に突き刺さる。

 私は見ていられなくなり、ゾルトに駆け寄った。


「ゾルト、もういいだろう。彼らの身柄は王都に護送し、懲役刑としよう」


「陛下、それはいけません。感情で法を曲げては示しがつきません。悪は断たねばなりません」


 ゾルトの言うことは正しい。

 だが、私には子供が親のために泣きながら額を地面に擦り付けている姿が、あまりにも痛々しく思えたのだった。

 私の父も、不器用ながら私を愛してくれていた。

 親を奪う悲しみを、私は知っている。


「ゾルト、頼む……。一度だけ、チャンスを与えてやってほしい」


「……分かりました。陛下がそう仰るなら従います」


 ――


 こうして、私は町長と手下を許したのだが、それが思いがけない悲劇を招くこととなってしまった。

 その夜、私はゾルトの切迫した声で起こされた。


「陛下、大変です。町長一派が脱走を図りました。手引したのは町長夫人で、見張りの兵士を殺害し逃亡しようとしたところを、さきほど全員捕らえました」


「なんということを……」


 私は言葉を失った。

 兵士が殺された? 私の甘さのせいで?


「陛下の温情を逆手に取って、脱走を企てたのです。町長一派だけでなく町長夫人も死罪となります」


 私はガクリと膝をついた。

 ゾルトの言った通りだった。

 王たる者が感情で法を曲げれば、秩序は崩壊し、新たな犠牲を生む。

 その重みを、私は理解していなかったのだ。


「分かりました……。今度は止めません。法に従い、厳正に処罰してください」


 翌日、町長一派と町長夫人が広場で公開処刑となった。

 刑が執行された瞬間、広場に響き渡ったのは、残された子供の絶叫だった。

 彼は泣きながら私を睨みつけ、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。


「何が王だ! この人殺し! いつかお前を殺してやる!!」


 その言葉は、鋭い刃となって私の心臓を貫いた。

 私はただ、立ち尽くすことしかできなかった。

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