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第22話 魔法で髪を乾かす宰相

「陛下、重大な事態が発生いたしました! 至急、会議室にお越しいただきたく存じます」


 私が湯船に浸かり、極楽気分を味わっていると、リナリスがドアをドンドン叩きながら叫んでいた。

 その切迫した声に、せっかくのリラックスタイムが台無しだ。

 それにしても、一大事ばかりですっかり慣れてしまった自分が怖い。

 父上もこんな波乱万丈な日々を送っていたのだろうか。


 私はため息をつきながら湯船から上がり、急いで体を拭いた。

 換えの着物に袖を通すが、髪は濡れたままだ。

 雫がポタポタと床に落ちるが、構っていられない。


 会議室に入ると、そこには懐かしい顔があった。

 スカーレットだ。

 無事な姿を見て、胸が熱くなる。

 スカーレットが帰ってきたのは嬉しいけど、重大な事態とは一体何があったの?


「陛下、大変です。スカーレット様が男と一緒に帰ってきました!」


 リナリスが興奮気味で報告してくる。

 ……は?

 そりゃあ、あの鉄壁のスカーレットが男性と一緒にいたら驚きなんだけど、その程度のことならもう少しお風呂に入っていたかった。

 私はジト目でリナリスを見た。


「ちょっと待って、その言い方おかしいから。誤解を招くような言い方はやめてちょうだい」


 スカーレットが慌てた様子で割って入る。

 珍しく焦っている姿が新鮮だ。


「スカーレット、任務お疲れ様。あなたの帰りを皆、首を長くして待っていたわよ。で、横の男性はどなた?」


「私はベルモントと申します。魔界の農業政策をお手伝いするため、人間界からやってきました。以後、お見知りおきを」


 その男性は帽子を取り、恭しく頭を下げた。

 無精髭に擦り切れた服。

 一見するとただの浮浪者のようだが、その目は理知的だ。

 そうだよね、仕事関係の人だよね。

 リナリスの早とちりだったようだ。


「ところで、陛下はなぜ髪がそんなに濡れているのですか?」


 スカーレットが私の髪を見て、不思議そうな顔をしている。


「リナリスが急かすから、髪を乾かせなかったのよ。髪を乾かす魔法でもあればいいのに……」


 私が冗談めかして言うと、スカーレットは真顔で答えた。


「ありますよ」


「えっ、本当にそんな魔法あるの? 冗談で言ったのに」


「攻撃魔法だけが魔法ではありませんよ。濡れた髪を乾かすなんて、生活を豊かにする実に有意義な魔法じゃないですか」


 スカーレットは私の背後に回り、両手を私の髪にかざした。

 ふわりと温かい風が吹き抜け、髪を優しく撫でていく。

 まるで春の日差しに包まれているようだ。

 気持ちいい……。

 そういえば、スカーレットの髪はいつもサラサラで美しいけれど、こんな裏技を使っていたのね。


「この魔法は失敗から生まれたものなのですよ」


 スカーレットが低い声でポツリと言った。

 顔は見えないけど、きっと自嘲気味な笑みを浮かべているのだろう。


「え? そうなの?」


「はい。私は属性魔法が苦手なので、火球を出そうとしたら温かい熱が出るくらいだし、大風を吹かせようとしたらそよかぜが吹いたのです。そこでこれらを組み合わせたのが、この髪を乾かす魔法という訳です」


 スカーレットが属性魔法を苦手としていることは知っていたが、これほどとは……。

 しかし、彼女はそこで諦めなかった。

 弱点を逆手に取り、新たな魔法を生み出したのだ。

 その発想の転換と柔軟な思考こそが、彼女の真の強さなのだろう。

 そんなことを考えているうちに、私の髪はすっかり乾き、艶やかに輝いていた。


「さて、落ち着いたところで、改めてスカーレットの報告を聞きましょう」


 サラサラになった髪を指で梳きながら、私はスカーレットの話に耳を傾ける。

 それにしても、この人、本当に何でもアリだな。


「平和条約ですが、無事にこちらの希望通りで締結できました。さらに食料援助と人員援助も引き出すことに成功しました」

「ベルモント殿は農政の専門家として派遣されたので、当面の課題となっている農業改革に従事していただきます。具体的には治水、農地改良、適した作物の選別から始めます」

「経済再建については、貿易の早期再開が決まりました。人間界からは魔晶石が求められていますので、王宮の倉庫にあるものを放出しましょう」


 スカーレットは淡々と、しかし力強く報告する。

 そして、人間界の皇帝がサインした書面を差し出した。

 羊皮紙に記された署名と印章。

 条約締結は間違いないようだ。

 これで人間界からの脅威は取り除かれ、再建への道筋がはっきりと示された。

 長い冬が終わり、ようやく春が来たような気分だ。


「スカーレット、今回の任務も実に見事でした。今後、あなたには宰相として政治の指揮を執ってもらいます」


 私は威厳を持って告げた。


「私が宰相ですか! 畏れ多いことです」


 スカーレットが目を見開いて驚く。


「民からも宰相に推す声が多く寄せられています。これからも民のためにその頭脳を活かすように」


「陛下のご命令とあれば、謹んでお受けいたします」


 スカーレットは深く頭を下げた。

 彼女は王都の孤児院にいたところを、父上がその才能を見出したと聞いている。

 幼い頃から飛び抜けて優秀だったそうだが、孤児院出身者が宰相となったのは魔界の歴史上、例がない。

 さらに、初の女性宰相であり、最年少記録も更新することとなった。

 彼女となら、きっと素晴らしい国を作れる。

 私は確信していた。

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