第19話 ベルモントの失敗
翌朝、私の宿に訪問者があった。
例のベルモントだ。
「よう、あんたがスカーレットさんかい? 俺はベルモントだ。皇帝陛下の命により参上したぜ」
男は片手を上げて気安く挨拶をした。
年齢は40歳前後だろうか。
無精髭を生やし、服はあちこちが擦り切れている。
人目を避けるように目深に被った帽子からは、ボサボサの髪がはみ出していた。
およそ、皇帝の勅命を受けた使者とは思えない風体だ。
「早朝に女性の部屋を訪ねてくるなんて、ずいぶんと礼儀知らずな方ね……」
私が冷ややかに言うと、ベルモントは悪びれる様子もなくニカっと笑った。
「そう言ってくれるなよ。『先んずれば人を制す』って言うだろ? あんたが出歩く前に捕まえないといけないからな」
そう言いながら帽子を取り、勝手に近くの椅子にどかりと座り込んだ。
テーブルの上の水差しを勝手に取り、ラッパ飲みを始める。
ずいぶんと馴れ馴れしい、というか図太い神経をしている。
「なるほど、確かにそうね。あなたが噂通り優秀な人物だと分かって安心したわ」
私が皮肉交じりに言うと、ベルモントは水を吹き出しそうになり、頭を掻いて困った顔をした。
「噂通りか……ついでに悪い噂も聞いているんだろ?」
「いえ、詳しい話は聞いていないわ。でも、イシルの態度から、あなたが彼女を相当怒らせているということは分かるわね」
「まあな。あの女狐のせいで肩身の狭い思いをしているんだ。魔界に行けと言われたときは心底驚いたが、考えようによってはありがたい話でもあるな。ここよりはマシな環境かもしれん」
「嫌なら話さなくてもいいけど、一体何をしたの?」
「……。簡単に言えば、酒場で酔っ払ってイシルに抱きついたのさ。正気だったらあんな性格のキツイ女には近づかないんだがな……。酒は本当に恐ろしい」
ベルモントは酒を煽るようなジェスチャーをしながら、大げさに顔をしかめてみせた。
「ご愁傷さまと言いたいけど、何でも酒のせいにするのは良くないわね。だって、酔ったあなたもあなたの一部なんだから」
「痛いところを突くなぁ。そうだな、あんたの言うとおりだ。酒と女には気をつけろと両親からも言われていたが、この年になって意味が分かるとは驚きだぜ」
ベルモントは自嘲気味に笑った。
だらしない男だが、どこか憎めない愛嬌がある。
それに、目の奥には知性が光っている。
ただの酔っ払いではないようだ。
「あなたが女性と酒にだらしない人だということはよく分かったわ。ついでに聞きたいのだけど、魔界の食糧事情を改善するにあたって、あなたならどこから手をつける?」
私が話題を変えると、ベルモントの雰囲気が一変した。
だらしない表情が消え、職人の顔になる。
「農業の基本は土と水なんだよ。だからまずは徹底的な地質調査をして、その土地に最適な作物を割り出すこと。そして、必要な治水工事を行って十分な水を確保することだな。種を撒くのはそれからだ」
「魔界の土は瘴気に汚染されているけど、それでも最適な作物が判断できる?」
「ああ、恐らくできるぜ。土の味を見れば、何が足りなくて何が余分か分かる。そういう判断なら俺以上の適任はいないだろうな」
土の味を見る、か。
本物の専門家ならではの言葉だ。
この男なら、魔界の荒れた大地を蘇らせることができるかもしれない。
「分かったわ。あなたを採用することにします。魔界のために力を貸してくれますか」
「もちろんだぜ。こちらこそ、よろしく頼む」
そう言って握手を求めてきたが、私はその手を冷たく払い除けた。
「勘違いしないで。私の半径1m以内に入ったら容赦なくその額を撃ち抜きますから、そのつもりで」
私は指先で銃の形を作り、彼の額に狙いをつけた。
「……。まあ、イシルよりはマシか」
ベルモントは肩をすくめた。
この人、ちょっと失礼ですね。
優秀なんだろうけど、少々不安が残るわね。
陛下、変な人を連れて帰ってごめんなさい。
私は心の中で、主に詫びた。




