第18話 平和条約締結交渉③
「イシル、お前がベルモントを嫌っていることは承知しておるが、人質のような形で派遣することは問題がある」
皇帝は顔をしかめてイシルを睨んだ。
その口ぶりからすると、ベルモントという人物は皇帝にとっても頭の痛い存在のようだ。
「果たしてそうでしょうか。平和条約が締結され、自由な貿易ができるようになれば商人が行き交います。そうなればベルモントでなくても、人質をとることはたやすいと思われます」
「気になるようでしたら、魔界からはミスリルの精製技術を指導する職人を招聘してはいかがでしょうか。これでお互いに人質をとる形になりましょう」
イシルの提案は、一見すると合理的だ。
だが、その裏にはベルモントを厄介払いしたいという私情が見え隠れしている。
「確かに……ミスリル鉱石を入手したとて、精製技術がなければ意味がないだろうな。スカーレット殿、ミスリル精製技師の派遣は可能であるか」
皇帝が私に問いかける。
これはチャンスだ。
ベルモントという人物が何者かは分からないが、イシルがこれほど嫌うということは、逆に言えば彼女の思い通りにならない人物ということかもしれない。
それに、農業指導者は喉から手が出るほど欲しい。
「ベルモント殿というお方は農政に詳しいお方なのでしょうか。そうであれば、こちらからもミスリル精製技師を喜んで派遣いたしますので、是非借り受けたく存じます」
「また、食糧援助の交換条件ですが、魔界の特産品としてミスリル以外にも魔晶石の大量輸出が可能です」
「魔晶石! これは人間界の生活を一変させるかもしれませんな……」
宰相ヴィンセントが、思わず感嘆の声をあげた。
魔晶石は魔力の込められた石だ。
これを加工することで魔法アイテムの素材となるのだが、人間界には天然の魔晶石はほとんど存在しない。
そのため、彼らは魔力を注入して人工的に作られた、低品質な魔晶石を使用しているのが現状だ。
天然物の高純度な魔晶石が輸入されるとなれば、魔法アイテムの性能は飛躍的に向上し、増産も可能になる。
宰相の頭の中では、すでに莫大な利益の計算が弾き出されていることだろう。
「よし分かった。だが、ベルモントを派遣するかは本人の意思を聞いてからとする。食料と種子はすぐに手配させよう」
皇帝が重々しく頷いた。
私は静かに息を整えた。
目標としていた条約の締結、農政専門家の派遣、食料援助、種子の提供。
これら全てを実現することができた。
肩の荷が下りると同時に、どっと疲れが押し寄せてくる。
「ところで、スカーレット殿は若いのに優秀で豪胆とは驚いた。有能な家臣を持った魔王グロリア殿も、さぞ有能なお方なのだろうな」
皇帝は笑顔でそう言ってきたが、その目は笑っていない。
これは魔界が将来的に脅威となりえるのか、探りを入れているのだ。
私は慎重に言葉を選んだ。
「いえ、私のような若輩者が側近となった例は魔界ではほとんどありませぬ。私や魔王が有能なのではなく、選択肢が私たちだけだったということなのです……」
「私にはヴィンセント様のような広い知識がなく、魔王には家臣がほとんどおりませぬ。よって、これからもご指導を賜りたいと願う次第です」
私は深々と頭を下げた。
弱きを見せ、相手の警戒心を解く。
これもまた、外交の鉄則だ。
「謙遜せずともよい。それにしても、今日は実に有意義な一日であった。これからの両国関係は素晴らしいものとなるであろう」
皇帝は満足げに頷き、交渉の終了を告げた。
平和条約締結交渉はこうして幕を閉じた。
最大の成果を上げることができたが、唯一の懸念はベルモントのことだ。
イシルの人格には問題があると思うが、それにしても嫌われすぎではないだろうか。
一体どんな人物なのか……一抹の不安が胸をよぎるのだった。




