第17話 平和条約締結交渉②
「先ほど、レオニダス殿が申し上げた虐殺と破壊の件ですが、具体的な数値を述べさせていただきます」
私は懐から羊皮紙を取り出し、冷静な声で読み上げた。
「女性125名、子供230名、老人53名が落命しており、破壊された家屋362棟となります。これが多いのか少ないのかは人それぞれでしょうが、壊滅的な被害が出ていることは間違いがありません」
数字という客観的な事実は、感情論よりも重く響く。
レオニダスは深く頷き、皇帝も眉をひそめた。
一方、セリオスは顔色を悪くし、視線を泳がせている。
ここだ。私は畳み掛ける。
「そもそも、この戦争の発端は魔界のオーク族が人間界で略奪を行ったことが原因です。ですが、彼らは飢餓に苦しみ、生きるためにやむなく国境を越えたのです」
「魔界側に非があるのは間違いありません。しかし、オークの一族のような辺境の小部族まで完全に管理できるはずもなく、ましてや魔王が略奪命令を出した事実など存在しません」
「本来であればオーク族の討伐、あるいは食料支援による解決を図るべき事案でした。それを魔王討伐という全面戦争にまで拡大させた大義名分には、いささか無理があります」
「先に攻撃をしかけておいて、無関係だとでもいいたいの? 被害者面するのもいい加減になさいよ」
セリオスが言葉に詰まっていると、イシルが鋭い声で反論してきた。
彼女の目は、獲物を狙う蛇のように冷たい。
望むところだ。
「無関係とは申しておりません。ですが、外交交渉の余地があったにも関わらず、いきなり全面戦争を仕掛けたことには、別の目的があったのではと勘ぐられても仕方がないでしょう」
「そのような疑惑がある中で、我々は全ての恨みを飲み込み、人間界にとって圧倒的に有利な条件で降伏を申し入れているのです。全てを水に流し、未来志向の交易を始めようと」
「水に流して、とはずいぶんと上から目線ね。敗戦国の使者が、ご自身の立場を分かっているのかしら?」
イシルの挑発に、私は静かに微笑んで見せた。
「ええ、分かっておりますとも。今回の戦争で魔界王家の戦力は壊滅状態です。ですが、もし貴国が魔界に再度侵攻なさるなら、今度は王家の影響下にない魔人族やデーモン族といった、より好戦的で強力な種族を敵に回すこととなるでしょう」
「彼らは王家への忠誠など持っていません。ただ、侵略者に対して牙を剥くだけです。そうなれば、人間界側にも甚大な被害が出ることは必定。お互いに血を流し合い、どちらかが滅びるまで泥沼の戦争を続けるおつもりですか?」
私は一息つき、皇帝の目を真っ直ぐに見つめた。
「この条約は双方に利益をもたらし、無益な血を止める唯一の道です。結ばない理由などありません。……もっとも、英雄としての名声を独り占めし、戦争特需で甘い汁を吸い続けたいと考えている方がいらっしゃるのであれば、反対されるのも無理はありませんが」
「なっ……!」
イシルが顔を真っ赤にして立ち上がろうとする。
図星だったようだ。
「陛下、スカーレット殿の申されていることは理路整然としております。大量のミスリルを無償で、しかも平和裏に手に入れることができる好機は二度とありません。我が国の発展のためにも、この条約をお受けするべきです」
レオニダスが、力強い援護射撃を放つ。
皇帝レナルディオと宰相ヴィンセントの顔つきが変わった。
彼らは政治家だ。感情ではなく、損得で動く。
ミスリルという餌は、彼らにとって抗いがたい魅力なのだ。
「ヴィンセント、このような意見が出たがお前の見解も聞かせてくれ」
「レオニダス殿が申されるとおり、大量のミスリルは非常に魅力的です。このタイミングを逃せば、このような好条件で条約を結べる可能性は極めて低いでしょう。国益を考えれば、受諾一択かと」
「うむ、そうだな。……スカーレット殿、この条件でお受けしようと思うが、他に何か言いたいことはあるか?」
皇帝が決断を下した。
勝った。
だが、ここで気を緩めてはいけない。
ここからが、本当の交渉だ。
「はい、お願いがございます。我が国では農業生産力が低く、度々飢饉が発生しております。オーク族の暴走も、元を正せば飢饉が原因であり、早急に改善の必要があります」
「そこで、人間界から優秀な農業指導者と、寒冷地に適した作物の種、そして当面の食料を支援していただきたいのです」
「ふむ……そういうことであれば、協力することもやぶさかではない。しかし、人間界からの支援は、我が国にとっても負担であることを忘れるな。作物の種と食料を提供するのであれば、魔界の特産品を十分な量で輸出することを条件とする」
「また、人間界からの人材派遣というのは、言い換えれば人質を差し出すようなものだ。魔界の者が学びに来るというのではどうか」
皇帝の懸念はもっともだ。
だが、イシルが口を挟んだ。
その顔には、底意地の悪い笑みが浮かんでいる。
「陛下、ちょうどいい人物がいるではないですか。ベルモントですよ」
その名前が出た瞬間、謁見の間の空気が凍りついた。
全員の顔が曇る。
……ベルモント?
一体、何者なのだろうか。




