表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/65

第16話 平和条約締結交渉①

 私、スカーレットは今、人間界の帝都ミスティリアンの地に立っている。

 目の前にそびえ立つのは、威風堂々たる皇帝の居城。

 その圧倒的な威容は、見る者を畏怖させるに十分だった。

 私は魔王グロリアの名代として、この地を踏んだ。

 目的はただ一つ。平和条約の締結である。


 私たちの住む魔界と、この人間界は別の世界だ。

 お互いに行き来をするには、『ゲート』と呼ばれる次元の門を通る必要がある。

 この『ゲート』がいつ、誰によって作られたのか、どのような原理で動いているのかは、今の魔導技術でも解明されていない。


 だが、この『ゲート』は長い歴史の中で一度も壊れることなく、確かにそこに存在し続けた。

 強力な魔法攻撃を受けても傷が付かず、仮に傷ついたとしても瞬時に修復されるという。

 まさに神の御業だ。


 かつて、私や陛下のような魔界に住む人間族は、このゲートを通って人間界から移り住んだと言われている。

 今や魔界で最も人口の多い種族は人間族だ。

 皮肉なことに、魔界と人間界を繋ぐこの『ゲート』こそが、争いの火種であり、同時に交流の架け橋でもあったのだ。


 私は『ゲート』を通り、人間界へやってきた。


 かつて勇者一行が、魔界へ侵攻したのと同じ道を辿って。


 通されたのは、王宮の最奥にある謁見の間。

 高い天井、磨き上げられた大理石の床、そして壁一面に飾られた歴代皇帝の肖像画。

 その全てが、この国の歴史と権威を物語っている。


 正面の玉座には、人間界の最高権力者である皇帝レナルディオが鎮座していた。

 その横には、知恵者として名高い宰相ヴィンセントが控えている。

 そして、私の左側には、魔界との徹底抗戦を主張する勇者セリオスと賢者イシルが、射るような視線を向けていた。

 対照的に、右側には、魔界との和平を望む勇者レオニダスが、安心させるように微笑んでいる。


 心臓が早鐘を打つ。

 手足が冷たくなり、呼吸が浅くなるのが分かる。

 これが、敵地のど真ん中に立つということか。

 だが、私は魔王の側近。ここで怯えるわけにはいかない。

 私は深く息を吸い込み、腹に力を入れた。


「お初にお目にかかります。魔王グロリアの名代として参りました、スカーレットと申します。この度は、平和条約締結の交渉の場を設けていただき、感謝申し上げます」


 私の声は、震えることなく朗々と響いた。

 皇帝レナルディオが、鷹のような鋭い眼光で私を見据える。


「遠路はるばる大義である。条約案については読ませてもらった。まずは、実際に魔界を見てきたセリオス、イシル、レオニダスの意見を聞こうか」


 皇帝の重々しい声が響く。

 最初に口を開いたのは、やはりセリオスだった。


「私は条約に断固反対です! 魔界との戦いで、私たちは何千もの尊い命を失いました。あの惨劇を忘れたのですか? ここで手を緩めれば、魔界は再び力を蓄え、必ずや人間界に牙を剥くでしょう。我々が次に勝てるという保証はどこにもありません!」


 セリオスは拳を振り上げ、熱弁を振るう。

 予想通りの『魔界脅威論』だ。

 魔王を討伐した英雄としてのプライドが、魔族との和解を許さないのだろう。


「私もセリオスと同意見です。魔族とは本質的に相容れない存在。彼らは人間界の資源を奪い、人間を家畜のように扱うことを目論んでいます。我々は魔界の野望を阻止するため、今こそ徹底的に滅ぼすべきです」


 イシルが冷ややかな声で追随する。

 彼女の言葉には、魔族への生理的な嫌悪感が滲み出ていた。


「俺は条約に賛成だ。条約の内容を見れば分かることだが、これは人間界側に圧倒的に有利な条件だ。もし時間稼ぎが目的だとしたら、あれほど大量のミスリルを献上するはずがないだろう」


 レオニダスが、野太い声で反論した。

 彼の言葉は理にかなっている。

 だが、イシルは鼻で笑った。


「果たしてそうかしら? もしそれが偽りだったらどうするの? ただで敵に再建の時間を与えるようなものよ」


「陛下、イシルはこう申しておりますが、セリオスの報告書には重大な欠落があります。彼らが魔界で行ったのは、魔王討伐だけではありません。無差別な虐殺と破壊でした」

「王都は瓦礫の山と化し、無抵抗な女子供まで容赦なく殺されておりました。今の魔界王家に、戦う余力など残されておりません。経済的な再興が急務なのです。彼らとて降伏は無念でしょうが、それでも戦争を終わらせて国を救いたいと願うのは、指導者として当然の判断です」


 レオニダスの痛烈な指摘に、イシルは顔をしかめた。

 皇帝レナルディオは、顎に手を当てて思案している。


「セリオス、レオニダスはこのように申しておるが、お前たちの見解はどうか」


「虐殺など滅相もありません! 魔王との戦いは熾烈を極め、結果として被害が拡大したに過ぎません」


 セリオスが慌てて弁明する。

 その必死な様子に、レオニダスは呆れたように苦笑した。

 皇帝は二人のやり取りを静観していたが、やがて私の方に向き直った。


「そうか。では、スカーレット殿の意見も聞かせてほしい」


 皇帝の視線が、私を射抜く。

 ようやく、私の出番だ。

 セリオスとイシルが好き放題言ってくれたが、レオニダスが良い流れを作ってくれている。

 ここが正念場だ。

 私は覚悟を決め、一歩前に進み出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ