第14話 勇者レオニダス
翌日、ついにその時が訪れた。
王都エルシリウムの正門前。
破壊された瓦礫の山を背に、私は勇者レオニダス一行を出迎えた。
地響きのような足音と共に現れたのは、鋼鉄の巨塊だった。
全身を分厚い鎧で覆い、背中には身の丈ほどもある大剣を背負った巨漢。
彼が歩くたびに、空気がビリビリと震えるような威圧感を感じる。
あれが、『剛剣の勇者』レオニダス……。
後ろには、魔法使いらしき男女と、軽装の戦士、僧侶が続いている。
「これはどういうことだ! まさか魔族が我々を歓迎するとは?!」
レオニダスの野太い声が轟いた。
その瞳は猛禽類のように鋭く、油断なく周囲を警戒している。
魔法使いの女が、レオニダスに耳打ちした。(罠かもしれません。気をつけて)
当然の反応だ。
私は震える足を必死に抑え、一歩前に出た。
ここで怯んではいけない。国の命運がかかっているのだ。
「勇者レオニダス殿とお見受けします。私は魔王グリフォニウスの娘、グロリアと申します。レオニダス殿と和平の会談を行いたく、こうしてお待ちしておりました」
精一杯の虚勢を張り、声を張り上げる。
レオニダスは目を丸くし、私を凝視した。
「いかにも! 私が勇者レオニダスだ。戦わずに済むのは結構だが……魔王の娘が和平だと? 命乞いの間違いではないのか?」
「命乞い……そう捉えていただいても構いません。ですが、レオニダス殿は手柄を求めて魔界まで来られたはず。今の魔界には、貴方様が剣を振るうに値する敵はおりません。私のような小娘の首を取ったところで、人間界にとって何の利益がありましょうか?」
私は一息つき、スカーレットから授かった言葉を紡ぐ。
「それよりも、我らの降伏を受け入れ、魔界の資源や技術を持ち帰る方が、遥かに大きな『手柄』となるはずです」
レオニダスは顎髭を撫でながら、興味深そうに私を見た。
「ふむ……道中見てきたが、確かにセリオスたちはペンペン草一本残さぬ勢いで破壊し尽くしたようだな。あの女狐イシルの入れ知恵か」
イシル。セリオス一行の賢者か。
徹底的な破壊は、後続の勇者に手柄を残さないための策だったということか。
人間同士の足の引っ張り合い。そこに私たちの勝機がある。
「その通りです。この王都の惨状をご覧ください。我々に戦う力など残されておりません。一日も早い終戦こそが、我ら魔族の悲願なのです」
レオニダスは仲間たちと視線を交わし、短く頷いた。
「よかろう。話を聞こうではないか。だが、もし偽りの降伏であれば、その細い首、即座に貰い受けるぞ」
「承知いたしました。では、こちらへ」
会談の場は、王宮前の公園に急遽設営したテントだ。
王宮は半壊しており、とても客人を招ける状態ではない。
公園へ向かう道すがら、レオニダスは瓦礫の山と、その横に並ぶ無数の新しい墓標を黙って見つめていた。
その目には、侮蔑ではなく、ある種の哀れみと、戦士としての憤りが宿っているように見えた。
「こんな場所で申し訳ありません」
「いや、構わん。……正直なところ、驚いているのだ。セリオスの報告書には、魔王討伐の記述はあったが、これほどの大虐殺と破壊については一切触れられていなかった」
「報告書……ですか?」
「ああ。これではどちらが正義か分からぬな……。無抵抗の民まで手に掛けるとは、騎士道に悖る行為だ」
レオニダスは吐き捨てるように言った。
どうやら彼は、セリオスとは違うタイプのようだ。
武人としての誇りを持っている。これなら、話が通じるかもしれない。
テントに着くと、私は予め用意していた降伏文書を提示した。
レオニダスはそれを手に取り、食い入るように読み始めた。
・今回の戦争は魔界側の敗北とする。
・人間界は新魔王グロリアの即位を承認する。
・毎年1回、魔界から人間界へ『ミスリル鉱石1トン』を賠償として支払う。
・人間界から魔界への査察団を受け入れる。
・両国間の国交を樹立し、貿易を開始する。
「……ミスリル鉱石1トンだと? 正気か? ミスリルがどれほど貴重か分かっての提案か?」
レオニダスの声が裏返った。
ミスリル。魔力を帯びた貴重な金属。
人間界では産出せず、魔界でも希少な戦略物資だ。
それを毎年1トン。常識外れの量だ。
「はい。それほどの覚悟を持って、降伏を申し入れているとご理解ください」
「だが、我々がミスリルを手に入れれば、軍事バランスは大きく崩れるぞ? 魔界にとって脅威となるはずだ」
「承知の上です。ですが、それこそが貿易の目玉となります。ミスリルを輸出することで、我々は人間界から食料や物資を輸入したいのです」
これは『毒』だ。
甘美な毒。
ミスリルという強大な力を与えることで、人間界を魔界への依存体質にする。
そして、貿易を通じて経済的な結びつきを強めれば、もはや戦争などできなくなる。
スカーレットの描いた絵図は、あまりにも壮大で、恐ろしい。
「相互技術協力というのは?」
「お互いの文化や技術を交流させたいのです。特に我々は、農業技術を学びたいと考えております。食料問題の解決こそが、恒久平和への第一歩ですので」
「なるほど……。我々が学ぶとすればミスリルの精製技術だが、それも可能なのか?」
「はい、包み隠さず提供いたします」
レオニダスは大きく息を吐き、ニヤリと笑った。
「面白い。気に入ったぞ、魔王グロリア。セリオスが荒らした後の残り物かと思ったが、とんでもない宝が埋まっていたようだ。この条件なら、皇帝陛下も文句はあるまい」
「では……!」
「うむ、私が責任を持って皇帝陛下に奏上しよう。そちらの使者は誰になる?」
「私、スカーレットが参ります。準備のため、1週間ほどお時間を頂戴したく存じます」
私が答えるより早く、スカーレットが一歩前に出た。
その声には、微塵の迷いもない。
彼女が長期間いなくなるのは不安で仕方がないけれど……適任者は彼女しかいない。
「よかろう。我々もこの王都の惨状を詳しく調査しておきたい。スカーレット殿の準備が整うまで、ここに滞在させてもらおう」
こうして、最大の危機は去った。
だが、これは終わりではない。
魔界と人間界、新たな関係の始まりなのだ。
私は安堵と共に、これから始まる激動の日々を予感して身震いした。




