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第11話 反逆者カイリシャ

 ノヴァレインを後にした私たちは、再び荒涼とした荒野を駆けている。

 王都エルシリウムまで、あと1日の距離に迫った夜。

 私は不安に押しつぶされそうで、なかなか寝付けずにいた。

 生まれ育った王都への帰還。それは3年ぶりの里帰りであると同時に、王として荒廃した故郷と向き合う覚悟の旅でもあった。


 隣では、スカーレットが規則正しい寝息を立てている。

 月の光に照らされたその横顔は、彫刻のように美しく、そして冷ややかだ。

 この人は緊張というものを知らないのだろうか……。

 私に必要なのは、この鋼のようなメンタルなのかもしれない。


 そんなことを考えていると、テントの外から微かな衣擦れの音が聞こえてきた。

 そっと入り口の幕を開けると、月明かりの下、ゾルトが見張りの兵士を相手に模擬戦を行っていた。

 大剣を振るうその動きには、鬼気迫るものがある。


「ゾルト、お前も眠れないの?」


 私が声を掛けると、ゾルトは動きを止め、荒い息を整えながら私の方に向き直った。

 その額には、玉のような汗が浮かんでいる。


「これは殿下……お目汚しを失礼いたしました。ヴァルゴンとの一戦以来、己の未熟さを痛感しておりまして……こうして剣を振るわずにはいられないのです」


 ノヴァレインへの道中で、ゾルトはヴァルゴンと剣を交えた。

 かつて四天王筆頭と呼ばれた最強の武人。ゾルトとの実力差は、一体どれほどだったのだろうか。


「こんなことを聞くべきではないのかもしれないけど……ゾルトとヴァルゴンの差は、どれほどあるの?」


 ゾルトは一瞬、苦渋の表情を浮かべた。

 武人にとって、敗北を認めることは死よりも辛いことかもしれない。それでも、彼は誠実に答えてくれた。


「客観的に見て、天と地ほどの差があると理解しております。先日はなんとか食い止めましたが、奴は本気で戦ってはいませんでした。まるで赤子の手をひねるように、私の剣をあしらっていたのです」


 あの『不動の巨壁』と呼ばれるゾルトを相手に、本気を出していないとは……。

 私たちは、想像を絶する怪物を敵に回してしまったのかもしれない。

 背筋に冷たいものが走るのを感じた。


 その時、夜の静寂を切り裂くように、馬のいななきが響き渡った。

 ゾルトの瞳に鋭い光が宿る。彼は瞬時に私の前に立ちふさがり、大剣を構えた。


「殿下、また山賊のようです。私の背中から離れぬよう!」


 闇の中から現れたのは、5騎の山賊たちだった。

 薄汚れた革鎧をまとい、手には血に錆びた斧や短剣が握られている。

 彼らは飢えた獣のような目で私たちを睨みつけ、一斉に襲いかかってきた。


「死ねぇぇッ!」


 先頭の男が斧を振り上げる。

 だが、その刃が振り下ろされることはなかった。


「ふんッ!」


 ゾルトの剛腕が唸りを上げ、大剣が一閃する。

 次の瞬間、男の首は胴体から離れ、宙を舞っていた。

 噴き出す鮮血が月明かりに赤黒く映える。

 ゾルトは返す刀で、続く2人の胴を薙ぎ払った。

 断末魔の悲鳴すら上げさせる隙を与えない、圧倒的な暴力。

 残った山賊たちは恐怖に顔を歪め、後ずさりするが、ゾルトは逃さない。


「慈悲はない!」


 踏み込みと共に繰り出された一撃が、4人目の脳天を砕く。

 最後の一人は、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。


「ひ、ひぃぃっ! 助けてくれぇ!」


 ゾルトは男の胸倉を掴み上げ、鬼の形相で怒鳴りつけた。


「貴様ら、どこの手の者だ! ただの野盗にしては装備が揃いすぎている!」


 オーガ族の咆哮は、大気を震わせ、男の魂を縮み上がらせた。


「ぐ……グロームスカイ渓谷で……す……」


 男はガタガタと震えながら、消え入りそうな声で白状した。


「ボスの名を言え!」


「カ、カイリシャ……様です……」


 その名を聞いた瞬間、ゾルトの全身から凄まじい殺気が噴出した。


「……カイリシャだと?」


 ドスッ!

 ゾルトは無造作に剣を振るい、男の首を刎ねた。

 尋問の途中だというのに、怒りで我を忘れたかのような一撃だった。


「ゾルト……今、カイリシャと言ったわよね」


 カイリシャ。四天王の第3席にして、私の兄、三男マイロの後見人を務めていた女将軍だ。

 その冷徹な性格と強力な氷魔法から、『氷結将軍』の異名を持つ。

 まさか、あの誇り高い彼女が、山賊に身を落としているとは……。


「この者が言っている通りであれば……カイリシャはグロームスカイ渓谷で山賊の頭領となっているようです。陛下より賜った将軍の位を捨て、民を襲う盗賊に成り下がるとは……! 武人の風上にも置けぬ!」


 ゾルトは悔しさと怒りで拳を震わせている。

 同胞の裏切りは、彼にとって何よりも許しがたいことなのだろう。


「やることが山積みだというのに、次々と問題が起きるわね……」


 私はため息をついた。

 カイリシャを討伐しなければならないのは明白だが、今の私たちに兵を割く余裕はない。

 それに、相手はあの氷結将軍だ。生半可な戦力では返り討ちに遭うだけだろう。

 王都復興が最優先である以上、今は放置するしかないのか……。


「ヴァルゴンに続き、厄介なことばかりだな……。相手がカイリシャとなると、口封じのためにこの者を斬ったのは正解だったかもしれん」


「はい。カイリシャはとにかく頭が切れます。我々の動きを悟られるわけにはいきません」


 翌朝、スカーレットに昨晩の出来事を話すと、彼女は表情一つ変えずに頷いた。

 この人の冷静さには、いつも驚かされると同時に、どこか安心感を覚える。


「まあ、想定の範囲内です。カイリシャなら、その程度のことはするでしょう」


「……お前、本当に驚かないのね」


「驚いている暇があったら、手を動かします。それはそうと、今日は王都まで一気に走りますよ。遅れないでくださいね」


 スカーレットはそう言うと、颯爽と馬に跨った。

 朝日を浴びて輝くその横顔を見ながら、私は思った。

 次の『氷結将軍』は、間違いなく彼女で決まりだな、と。

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