迷宮は消えて
戦いが終わり気がつくと俺たちは全員迷宮の外にいた。いつの間に出たのか分からないが、恐らく強制的に転移する仕掛けが働いたのだろう。
「迷宮は…?」
エステルがそう言うとユオルが立ち上がって迷宮の入り口へと向かって駆けていった。そうして少しも経たないうちに戻ってくる。
「迷宮への入り口が無くなってる…」
「本当か!?」
頷いたユオルを疑う訳ではないが、自分の目でも見たいと俺たちは入り口へと向かった。そこにはポッカリと口を開けて挑戦者達を待っていた迷宮はもう無く、それまで中で活動していた人達が全員強制的に外へ出されたのか、大混雑の上大混乱に陥っていた。
「よかった。メグの考えは正しかった」
疑っていた訳ではなかったが俺はホッと胸をなでおろした。そして何かを忘れているような気がして頭を抱える。
「どうかしましたか優真様?」
「いや…その…何だ?何か忘れてるような…」
ハッと気がついて俺はベルトからマグメを手に取った。あの戦いでガストンから食らった一撃は凄まじいものだった。俺のベルトにずっと付けてあったからもしかして。
「ああ!やっぱり!どうしよう、マグメ!!」
マグメにはヒビが入っていて真っ黒だった。もしかして壊れてしまったのか、中にいるマグメはどうなったのか、まさか死んでしまったなんて事にないよな。俺が慌てて画面の埃を払った。
「マグメ!おい!マグメ!!」
「…ご安心くださいユウマ様、生きておりますよ」
画面に入ったヒビの僅かな隙間から、小さな体をしたマグメがにゅっと出てきた。本当に安心した。
「でもマグメ、こんなヒビが入っちゃってるし、こ、壊れたりしてないよな?」
「ご安心ください。これは殻のようなもの、中身は全部ワテクシの中に入っておりますゆえ」
「そ、そうなのか?」
「ええ、ですが自動修復には少々時間がかかりますがね。機能を取り戻すのにも…ちょっと…だけ…」
話の途中からマグメはどんどん小さくなっていき、また隙間の中に戻ってしまった。疲れたのかどうか分からないが、取り敢えずマグメを信じて待ってみよう。
「マグメは無事だった?」
「うん、だけど回復するのにちょっと時間かかるってさ」
「それは私達もですよ優真様、ボロボロじゃないですか。それにあの時本当に心配したんですからね」
「あ、あはは、ごめん。でも俺も死ぬかと思ってた。エレリの、いや皆のおかげだな」
やっと肩の力を抜く事が出来た。それは皆も同じだったようで、俺たちは顔を見合わせると自然と笑いがこぼれた。それは嬉しかったのか、それとも緊張が解けただけだったのか、多分どちらもそうなのだろう。
この日、クレリオン王国から迷宮が消えた。そこに巣食う魔物は退治され、国一つ分の大迷宮は跡形もなく消え去ったのだ。
迷宮が消え去った事でクレリオン王国内は一時的に大いに乱れた。迷宮を使って挑戦者相手に商売していた者や、迷宮内の宝物を売り払って財を成していた挑戦者達、突然降って湧いた好景気が急に根本から無くなるのだから無理もない。
そして迷宮を使って後ろ暗い事をしていた者達も大量に検挙された。フレデリック王が土下座で謝罪したあのローグ事件に端を発し、独自に調査を進めていたらしく想像以上に多くの人が逮捕され、裁きにかけられるみたいだった。
捕まった人たちは何も挑戦者達だけではなかった。迷宮が出来るまでは真っ当な仕事をしていた商人や資産家、果ては国を守る役割をもつ貴族も絡んでいた。このことにはフレデリック王も大いに心痛め頭を悩ませていた。
こればかりは俺たちがどうにか出来る話ではなかった。リヴィアとエレリが何度か王と謁見を試みたが、大臣からにべもなく断られてしまった。
「国内の混乱を収拾するまでお待ち下さい」
この一点張りで取り付く島もなかったそうだ。しかしリヴィアによると、城内も常に人が行き交い慌ただしく、問題解決の為に奔走しているとの事で、フレデリック王に会って挨拶出来るのはまだ先の話になりそうだった。
しかしこう言っては不謹慎かもしれないが、時間を取る事が出来たのはありがたかった。マグメはまだ自動修復の最中で、俺の防具もガストン戦の衝撃でガタが来ていた。手入れと修繕は教わったから出来なくもないが、俺の手でやるよりも腕のいい職人の力が必要だった。
そこでユオルがいつも世話になっているという、加工と修繕を行っている武具屋を紹介してくれた。とても無口な人で、持ち込んだ時にはじっと防具を見つめて五分間程黙っていた。眼光鋭く強面の人だったので妙な緊張感があった。
「…よく手入れされている。損傷も見た目より酷くはない、大事に使ってる証拠だ。この仕事請け負おう」
その言葉が聞けた時には安堵のため息をついた。気難しい人だとユオルから聞いていたが、何とか認めてもらえたようだった。
という訳で俺たちは暫くクレリオン王国へ留まる事となった。マグメで連絡が取れない為、アステルのメグには手紙を出した。到着まで時間がかかるとは思うが、それもゆっくり待つ他ない。
戦い続きの毎日であった。ちょっとくらい小休止してもいいだろう。俺は自分にそう言い聞かせた。
「こんにちは」
「皆さんいらっしゃい、さあ中へどうぞ」
俺たちはエステルの誘いを受けて二人の家を訪れた。ガストン討伐を成し遂げた二人は、元通りの日常を送っている。
「あら、ユオル様は?」
「兄さんは今傭兵の仕事が忙しくて、治安維持の為の部隊に組み込まれているそうですよ」
「…やっぱり情勢はあんまりよくないの?」
エレリの問いかけにエステルは苦笑いで答えた。あまり気分のいい話ではないのだろう、その答えだけで十分だ。
「エステルの方はどう?その後何か変わりあった?」
「私の方はあまり変わりませんね、魔導書の写本は依頼が途切れた事ありません。寧ろ迷宮探索に時間を割いたせいで仕事が山積みで…」
「そうなのか、何か手伝える事はある?」
「ふふっ、お気持ちだけありがたく受け取っておきます。無茶な量抱えてる訳でもありませんから」
それからエステルは、香りのいいお茶と手作りのお菓子を振る舞ってくれた。俺たちはこれまでの旅で経験してきた話を、お茶の席でエステルに色々と話した。
「ダンガウェでそんな事があったんですね」
「エステル様はダンガウェをご存知ですか?」
「一度仕事で赴いた事があります。牧歌的で長閑ないい街なのに、そんな所にまで魔物の魔の手が迫っていたとは…」
「俺が使ってる戦技は、ダンガウェに住んでいた勇者が遺してくれたものなんだ。後の世の勇者の為にって」
アーロンから教わって、ソテツが完成させて、イヴが読み解いて新しい俺の戦技を生み出してくれた。旅路の中で出会った仲間達が今の俺を紡いでくれている。
「成る程、見たことがないユニークな戦技だと思っていましたが、勇者の為のものだったとは。ダンガウェで脈々と受け継がれて、優真さんに届いたのは運命めいたものを感じますね」
「実際すごく助けられてるしね」
この戦技があったからここまで戦ってこれたと言っていいと思う、仲間の絆を感じるだけでなく、過去の想いが積み重なってきた重みも感じさせられる。ありがたくて暖かい力だ。
「しかしその四式重戮だけは本当に珍しいというか、常識外れな戦技ですね」
「それ色んな人に言われたな、リヴィアやエレリにも」
「ええ、今となっては神獣様の紋章のお力で成立出来ると理解出来ますが、私にはその発想自体がありませんでした」
「基本四属性を同時使用なんて無茶苦茶だもんね」
そんな話をしていると、エステルがあれっと声を上げた。
「どうかした?」
「いえ、ちょっと何か思い出しそうで…今の話の中で何かが引っかかっていて…」
「何だろう、勇者の戦技?」
「神獣様の紋章でしょうか?」
「四属性の同時使用かな?」
エレリがそう発言すると、エステルはバッと立ち上がった。興奮した様子で何処からか鍵を持ってきた。
「ちょっとついて来てください」
俺たち三人は何だろうと顔を見合わせてからエステルの後に続いた。家の一室の扉に鍵を差し込み開けると、下へ降りる階段があった。
「地下?」
「父と母の研究室だったんです。そこに沢山の魔法が残されていて、私が使う魔法陣に関しての研究もそこで見つけたんです」
ランタンの灯りを頼りに階段を下りていく。
「ご存知だと思いますが私は魔法が使えません。元からそういう体質という理由ですが、それでも何とか戦える方法を探して研究資料を全部読み漁ったんです。その中で見た魔法の中に目を疑うようなものがあって、私は絶対に再現出来ないので諦めたんです」
「再現出来ない魔法?」
「ええ、ですが今の話を聞いていて、もしかしたらリヴィアさんになら使えるかもしれません」
「私ですか?」
リヴィアが驚きの声を上げた。そして下りきった先にある部屋の扉が開かれた。中に入ると本棚にはびっしりと魔導書が詰め込まれており、様々な道具が所狭しと置いてある。
エステルがその中の一冊を手に取った。それを渡されたリヴィアが本を開く、文字を追い、読み進めていく彼女はまさかと声を上げた。
「エステル、一体どんな魔法なんだ?」
俺がそう聞くとエステルが答える。
「考え方としては四式重戮と似ています。基本四属性を合わせた究極の攻撃魔法、どれだけ研究を重ねても辿り着けなかった極地、式は途中までしか完成していませんが、それも最後のピースが見つかっていなかっただけ。もしかしたらそれを埋められるかもしれません。神獣の紋章と、それに縁深い巫女の力があれば」
ユオルとエステルのご両親が遺した究極の攻撃魔法、もしそれをリヴィアが習得出来たのならとてつもない戦力増強になる。夢中で魔導書を読み耽るリヴィアの姿を俺たちは見守った。




