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ハズレ勇者奮闘する その2

 訓練を終えてご飯を食べる。体が痛くて胃が受け付けない程疲れていても、食べられるだけのご飯を食べる事を意識して食べた。


 体力をつけるには栄養が必要だ、本当はバランスとか色々考える事があるのだろうけれど、そんな知識もないので出される物を兎に角食べた。


 また別の理由としては、この世界の食べ物を俺が食べても問題はないのかという事を知っておきたかった。実際元の世界で食べていた物とそう変わらなかった。野菜も肉も魚もあるし、多少名称の差異はあれど、食べられて体が受け付けるのなら何の問題もない。


 水についても問題はなさそうだった。お腹を壊したり味が悪かったりした事はない、水道の仕組みまでは分からないが、この世界の技術水準はかなり高いと思う。剣と魔法の世界ってイメージだったけれど、だからといって技術が進んでいないとは限らない。


 この世界はどんな歴史を辿ってきたんだろう、そんな疑問が頭に浮かんだ。食後の休憩時、訓練までの合間にそんな事を考えていると、後ろから声をかけられた。


「ゆ、優真っ!…様。ちょっといい?…ですか」

「エレリ」


 また意味不明のぎこちなさを取り戻したエレリだった。


「なあエレリ、話し方、無理して丁寧にしなくていいぞ。前の自然な話し方の方が親しみやすくて俺はいいな」

「そっ、そう?」

「うん、正直今の喋り方は変」


 ぽかっと頭を叩かれたが、こういうことで怒って手を出してくる方が何となくエレリっぽさがある、短い付き合いだけれど俺はそう思った。


「…はぁ、もういいか、優真が許してくれるなら」

「許すもなにもそっちの方が素だろ?」

「まあそうよ、だけど私立場もあるし巫女でしょ?お姉ちゃんみたいにちゃんとした言葉遣いしなくちゃいけないのに、何か上手くいかなくって…」


 上手く言い回している時もあったような気がするが、確かにリヴィアと比べたらちょっとエレリは固くるしい、あくまでも比べたらだからそこまで気にする必要はないと思うが、リヴィアの嫋やかが目を見張るものがあるので気になるのだろう。


「リヴィアは昔からあんな感じ?」

「双子の姉妹なのに変よね、こんなに性格に差があるって」

「そんな事ないよ、俺は双子ってよくわかんないけど、リヴィアとエレリは違う人間なんだから違って当たり前だろ?」


 エレリはそうかなあと納得いかにようにぶつぶつと独りごちるが、表情は不満というより少し嬉しそうだった。


「それで?何か用があったんだろ?」

「あっうん。あのね、その…もしよかったら何だけど、私優真の特訓近くで見てみたいんだけど、いい?」


 思ってもみない提案をされたので驚いた。そして問題はないのだけれど、確認をしなくちゃいけないので正直に言う。


「同じところをぐるぐる走って回るだけだよ?」

「うん」

「走り続けるだけで特に何もないよ?」

「分かってるってば」

「面白くも何ともないよ?」

「面白そうだから見たい訳じゃないの!いいの!?駄目なの!?」


 そう聞かれたらいいとしか答えようがない、別に隠してる訳じゃないし、見られて困るものでもない。ただ、本当にただ走り続けるだけだから絶対に見てられないと思うのだけど。


「別に見てる分には構わないけれど、本当につまんないと思うよ?」

「いいから!」


 何なんだろうと、大きな疑問は残るけれど、俺はいつも通り重りをつけて走り始めた。




 エレリに見守られながらひたすらに走り続ける。当の本人は、姿勢を崩すこともなくずっと座って俺の様子を見ていた。


 もっと楽にしてくれていいのに、見てるだけでも疲れるだろう。そう思って一度声をかけたが、これでいいと頑なに断られてしまった。


 俺としては、楽しませる走り方を出来る訳でも思いつく訳でもないので、いつも通りに走り続けた。限界がきたら倒れて休憩して、息が整ったらまた走って、休憩して走って休憩して走った。


 その間もエレリはずっと俺の事をじーっと見ていた。段々不安にかられてきて、思わず聞いてしまった。


「降参!もう降参!何でこんな面白くもない様子を見たいのか教えてくんない?」

「えっ?」

「いやいや、えっ、じゃないって。ただ俺が汗だくになって走って倒れてるのを見ているだけって、絶対辛いでしょ?」


 しかも同じ場所を回り続けるなんて、ハムスターの滑車なら見ていられるかもしれないけれど、汗まみれで薄汚い俺の姿を見ていても絶対面白い筈もない。


「だーかーらー!つまんなくてもいいって言ったじゃん!」

「俺が気になるんだよ!せめて見たい理由だけでも教えてくれないか?」


 俺は桶にはった水で顔を洗うとエレリの隣に座った。汗臭いかなとも一瞬思ったが、それでも構うもんかと腹をくくった。


「…優真の特訓をさ、実はちょっと前から気付かれないように覗いてたんだよね」

「えっ?そうなの?」

「うん、朝の特訓をね。本当はソルダ様に見つかっていたけれど、黙っておいてって頼んだの」


 全然気が付かなかった。あんな朝早くからよくだなと思った。


「最初はさ、実はお姉ちゃんに頼まれたの」

「リヴィアも絡んでくるのか?」

「私よりお姉ちゃんの方が色々仕事があるからね、忙しいんだよこう見ても。まあ私も昼とか夜は機会がなかったんだけど、朝なら見られるから」

「でも、なんでこっそり観察してたんだ?別に今日みたいに堂々と見ててもよかったのに」

「それは…何か恥ずかしかったから」


 そう言ってエレリはもじもじと指を動かす。今日言い出す時も渋々といった感じだったので、恥ずかしかったというのは本当の事だろう。


「それで?リヴィアは何で俺を見てろって?」

「心配だからって、過酷な訓練をしているようだから、私に無理してないかどうか見ててって」

「ああそういうこと」


 俺が動き出す時間があまりに早すぎるので、リヴィアでは追いつけなかったようだ。それで姉妹で協力して俺の様子を見守ってくれていたのか。


「私最初は何度も何度も止めようと思ったの、優真、最初のうちはすぐに倒れて動かなくなっちゃうから」

「休憩してただけだよ?」

「それでもだよ、急に倒れて、またむくっと起き上がって走り出すでしょ?何かこう、死人が蘇るような感じで怖くってさ」


 端から見ているとそんな感じに見えていたのか、自分の姿は見られないから聞いて初めて知った。


「でも何でそれなら止めなかったんだ?まあ俺としては止められても止めなかったけど」

「…諦めるんじゃないかって思ったの、こんな辛い事、いつまでも続けていられないから、きっと何処かで自分から止めるって思った」


 ソルダさんも同じようなことを言っていたな、まあ確かに俺もそう思っていたけれど、そんなに無理な事かな。最初の内こそ、何度も止めようと思ったけれど、これ以上の案も思いつかないし、案外続いたからいけるって考えを改めたけれど。


「私謝らないといけない、実は優真とソルダ様のあの会話も盗み聞きしちゃった。ごめんなさい」

「謝るような事じゃないよ」

「ううん。それにもう一つ、優真の不安に気がついていたのに、何もしてあげなくてごめんなさい」


 そう言ってエレリは俯いた。


「気がついていた?」

「確信したのは、優真からちゃんとその言葉を聞いた時だけどね。突然色々な事に巻き込まれて、家族からも引き離されて、勇者だって言われて。なにそれって話よね、私だったらきっと今すぐ帰せって喚くと思う」


 その気持ちがないこともなかったけれど、神獣の言葉を聞いてからはすっかり頭から抜け落ちていた。とにかくやれることをって考えで頭が一杯だったからだ。


「私中途半端だった。巫女として、新たな勇者である優真を帰すとも言えず。かと言ってあなたに寄り添う事もせず。何が奇跡の巫女よ、王族って肩書だってなによ、そんなもの、ただの足かせにしかなってないじゃない」


 エレリは俯いていた顔をもたげて、立ち上がって俺に向き直った。


「ごめんなさい優真、あなたの覚悟を私は甘く見てた。走り続けるあなたはどんどん体力をつけていったし、体つきだって見違えた。剣だってソルダ様と打ち合える程にまで成長した。あなたは力を持ちえない勇者でありながら、出来る事を探して実行し続けた。…巫女の私が、その隣にいなくてどうするのよ」


 そう話すエレリは途中で溢れる涙を手で拭った。心情の発露に、俺は口を挟む事もなくただ見守る。


「私も覚悟を決めた。誰がなんて言っても、私は優真についていく。誰にも、あなたにだって文句は言わせないから。だってそれが、巫女だとか神獣様に言われたからじゃなくて、私がそうしたいって心から思った事だから」

「…いいのか?俺は自分で言うのも恥ずかしいけれど、出来ない尽くしのハズレ勇者だぞ?」

「私だって、巫女としても王女としても半端者よ。でも、力を合わせれば、ほんの少しでも格好がつくんじゃないかしら。だから、私も連れていってよ優真」


 差し伸べられた手を俺は握り返した。巫女と勇者の関わりだとか、神獣の使命だとか、そういうこの世界の事情はまだ知らないけれど、一緒に行きたいとそう思えたから、手を握り返すことに躊躇いはなかった。

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