吐露
クレリオン王国城下町、治安もよく清潔で町並みも綺麗だ。マルトアに比べるとそこまで発展はしていないが、あそこはエタナラニアで一番発展している都市だから何処も勝てないだろう。
それにマルトアは貧富の格差が激しい所だった。マルトアの持つ役割の事を考えたら仕方のない事かもしれないが、少しモヤモヤとした感情を残さずにはいられなかった。
町長であるラグランさんは優秀な人だった。それでも隅々まで手が回る訳ではないし、あそこは評議会という絶対的な力を持つ組織もある。意見のすり合わせだけでも大変な事だろう。
そう考えると、クレリオン王国は本当に満遍なく富が行き届いているように見える。挑戦者が集まっていた酒場の一角等、ガラの悪い連中が居付く場所もあるにはあるが、そこで犯罪行為が行われる訳ではなかった。単にガラが悪くて品がないだけだ。
リヴィアとエレリがフレデリック王を聡明な人だと言っていた。その意味がこの国を見ているとよく分かる。善政を敷き、国民を大切にしているのだろう。
だからこそ今起きている迷宮の問題はフレデリック王にとって致命的なまでに頭を悩ませ心を痛めている事だろう、俺たちで解決出来たらいいのだが。
「あっ!あのっ!」
「はい?」
背後から声をかけられて俺は振り返った。何処かで見たことあるような気もするけれど、誰だっけか。
「ゆ、勇者様ですよね?城門でお会いした」
「ん…?あ、あーっ、あの時の兵士さん」
「ど、どうも、マークと申します」
マークと名乗った兵士さんはぺこぺこと何度も頭を下げた。兵士の格好をしていなかったのもあってさっぱり分からなかった。俺も会釈をして名前をまだ言っていなかった事を思い出す。
「優真です。鏡優真」
「優真様ですね、いやあお名前を聞きそびれてしまいまして。本当に失礼しました」
「いえ別にそんな。マークさんは今日はお休みですか?」
「はい、それで色々と買い物を済ませていた所でして、優真様をお見かけして声をかけました」
そうだったんですねと俺が言ってから話は途切れた。というより何を話していいのか分からない。どうしようかと俺が困っていると、マークさんの方から話しかけられた。
「優真様は何をなされているのですか?」
「ああ、俺たちも今日は休みです。ちょっと体調が悪い人が出たので」
俺はあまり大げさに言わないようにしたつもりだったのに、マークさんは明らかに大慌てして取り乱した。
「た、た、た、大変じゃないですか!!だ、だ、だ、大丈夫なのですか!?」
「ちょっ、ちょっと落ち着いてください」
「落ち着いてなんていられませんよ!!勇者様や巫女様にもしもの事があったとなれば大問題になります!!」
道行く人々がざわざわと騒ぎだした。勇者や巫女の単語は出さないで欲しかったけれど、こうなってしまっては仕方がない。俺はマークさんの口を手で塞いで、お騒がせしましたと一礼するとそのまま引っ張って人混みから連れ出した。
「落ち着きましたか?」
「は、はい。申し訳ありませんでした…」
俺は適当に人気のない所に入って改めて事情を説明した。体調が悪いのはエレリだけれど、それは仕方のない事で、普段なら問題ないのだが今回は特に顔色が悪かったので大事を取っての事だった。
最大限ぼやかして説明したから伝わったか不安だったけれど、流石にマークさんも事情を察したらしい。兵士にも女性はいるから、理解はあるみたいだ。
「じゃあ俺はこれで行きます。さっきも小休止に散歩していただけなので」
「あっ!あの、もう少し待って話を聞かせてくれませんか?」
流石にこれ以上引き止められてしまうのもと思ったが、マークさんが聞きたかった事の内容を聞いて俺は足を止める事にした。
「迷宮の問題はどれほど進んでいるのですか?」
その質問は真に迫っていて、本当に心から心配しているのが伝わってきた。国を思う気持ちは兵士ならきっと強い筈だ、俺は真剣に答えた。
「まだ報告出来そうな成果はありません」
「そ、そうですか…」
「でも着実に前には進んでいると思います。この国を思ってガストンに挑む仲間も居ます。だからきっと大丈夫」
「…少しだけ聞きました。スミス兄妹ですよね?」
驚いた。ユオルとエステルの事を知っていたのか。
「そうです。二人は有名なんですか?」
「兄は腕利きの傭兵、妹は世界中から依頼の来る写本師。両親は高名な魔法使いで、フレデリック国王とも親交がありました。ただ兄妹はその事を他人に言いふらしたりしない性格ですので、有名人という訳ではありません」
そうだろうなと俺は思った。二人共肩書や経歴等に拘るような人でもないし、それを鼻にかける人じゃない。
「ただ事情を知っていればスミス兄妹を知らない人は居ません。僕が知ったのは偶然ですけど」
「そうだったんですね」
「…僕は下っ端も下っ端で、末端もいいところのたかが一兵士です。それによく怒られるし注意も受ける駄目な奴です」
恐らく注意されるのは言動の事だと思う。まあそれ以外にも何かヘマしているのかもしれないけれど。
「それでもこの国が好きで、この国を守りたいと思う気持ちは強くあります。しかし僕は弱い。きっと迷宮に行ったら手も足も出ずに死ぬだけです。それが僕は悔しい、そして我々のような兵士ではなく国民にその危険を強いているという事実も心苦しいのです」
マークさんは拳を握りしめていた。不甲斐ない自分を恥じるかのように肩を落とし、震える手には怒りと恐怖が見え隠れする。
迷宮によって与れる恩恵よりも、この国を憂いて行動している人だっている。ユオルやエステルだけじゃない、マークさんのような人がもっといるのだろう。
俺はマークさんの肩にぽんと手をおいた。顔を上げた彼の目をしっかりと見て言う。
「マークさん、大丈夫です安心してくださいって俺は言うべきなのでしょうが、残念ながらそう断言する事は出来ません。俺だって怖いし、いつ死んでもおかしくない。例え俺が何者にも負けない絶対的な力を持っていたとしても同じことを感じると思います」
「でっ、でもっ!勇者様は何か強大な力を持っている筈じゃ?」
「俺にそういうのはないです。過去の勇者から少しずつ力を分けてもらってここまで来ましたが、俺だけにある特別なものはないんですよ」
神獣の剣に勇者の戦技、どれも過去の勇者が未来の為に遺していったもの。その力を借りて、出会った人達の協力を得ながら、やっとの思いで今俺はここにいる。
「勇者とかよく分かんないですよ。世界を救うだとか、俺には荷が重い。ですが…、頼まれたからには俺はやります。困っている人がいるなら助けたい」
「そ、そんな…、今の話が本当なら、どうしてあなたは戦っているのですか?と、強大で特別な力なくして魔王と戦おうだなんて…、それこそ死んでしまいますよ!」
それはマークさんの言う通りで、常に俺も頭の片隅にあった言葉だった。何故死にそうになってまで戦い続けるのか、救いたいという気持ちだけで何処まで行けるのか、答えは分からないけれど俺がどうしたいのかは分かっていた。
「誰でもいいんです。誰かが俺の立ち向かう姿を見ていてくれて、少しでも立ち向かう勇気を感じ取ってくれたらいい。そうしたらきっと自分も出来るって思う人が出てくる筈です。何にもない俺に出来た事なんだから、他の人に出来ない事なんかないです。俺はそんな、ほんの少しの勇気を集めて皆に分けてあげたいだけです」
神獣が何を考えて俺をこの世界に連れてきたのかはまだ分からない。だけど、俺に何か出来る事があるとすれば、助けたいという心の底にある欲求、それを体現し続ける事だと思った。
「戦い方は人それぞれですよマークさん。俺は偶々剣を取った。マークさんは国の為に兵士の道を選んだ。そこで自分に出来る事をやればいいんです。ちょっとだけでも、人の為に何かが出来る人であればそれでいいと俺は思います」
「優真様…」
「じゃあ俺は本当にこれで失礼します。まだ走り込みの途中でしたので、ではまた」
俺は駆け足で走り去りながら後ろを向いてマークさんに手を振って別れを告げた。マークさんは困ったような顔をしながらも、最後には微笑み返してくれた。きっとそれが一番いいんだ、笑ってさよならが言える世界がいい、その為に俺は勇者の道を行く。




