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ハズレ勇者奮闘する その1

 神獣の前から戻ってきた俺たちは、その場であった事や神獣の言葉をドウェイン様とシュリシャ様に話した。


 新たな魔王の誕生、神にも届きうる力、かつての神話から外れつつある世界、そして命じられた使命。


 ドウェイン様は話しを聞き終わると、神妙な面持ちで口を開いた。


「どうやら長い旅になりそうだな…」

「私達二人は優真様と一緒に行きます。それが巫女としての役目で、私の望みでもあります」

「…お前たち二人は可愛い我が娘たちだ、苦難の旅へとやるには心苦しい」

「なにそれ、だったら優真ならいいって言うの?こっちの都合で勝手に連れてきて、何故そんな身勝手な事が言えるの!?」


 エレリがドウェイン様に興奮して詰め寄った。気持ちは嬉しいけれど喧嘩はしてほしくない、俺はエレリを落ち着ける為に両肩をぽんぽんと叩いた。


「何よっ!今大事な話してるとこなのよ!」

「分かってるけれど、ちょっと落ち着いてよ。喧嘩する事ないだろ?ほら深呼吸して」


 俺は吸って吐いてと指示を出しながら、さりげなくエレリの体をリヴィアの方へ押しやった。それを察したのか、リヴィアが俺に代わってエレリを落ち着ける役を引き受けてくれた。


「ドウェイン様、俺は一人でも行きます。確かに二人は巫女として神獣様にいいつけられていましたけれど、一国の王女で、大切なご息女です。俺に預けるのは不安でしょう」

「あ、いや、そ、そのだな」

「大丈夫です。何なら俺の方が不安に思っています。もしもの時、今の俺じゃ何の助けにもなりませんから」


 剣も駄目魔法も駄目、特別な能力も財宝もない、俺はただ人より少し親切なだけの一般人だ。何かあってからでは遅いと思う。


「ただ少し、我が儘を聞き入れてはもらえませんか?旅に出る前にやっておきたい事があるんです」

「も、勿論だ。勇者に力を貸すのは我が国の務め、何なりと言いなさい」


 俺はドウェイン様に頭を下げてお礼を言った。そして、今考えている事のすべてを話した。




 早朝、城の中の誰よりも早く目を覚ますと、俺はぱぱっと着替えて準備をして訓練場を訪れる。


 靴を脱いで裸足になる、二足程履きつぶした時に靴が勿体ないから裸足に変えた。最初の頃は足の皮がずる剥けていたが、繰り返している内に固くなっていった。


 両手足に重りをはめると、俺は一心不乱に走り始めた。訓練場の周りをただひたすらに何周も何周も走り続けるのだ。


 何周か数えるのはその内止めた。同じ景色がずっと続くので見るのも止めた。ただ何も考えず走り続けて、走れなくなったら止めて、また走り続けた。


 俺には体力も筋力もない、まあそもそもあまり必要としていなかったからないのも当たり前だが、旅をするとなればまったく問題外の身体能力だ。


 体力がないのなら作るまでだ。俺がドウェイン様に頼んだのは、出発を遅らせる事と、鍛錬の時間をもらう事だった。


 巻き込まれただけだとしても、勇者になってくれと頼まれたのなら、俺は自分なりの勇者像を体現したい。だから思いつく限りの事は全部やる。


 手を振り足を上げ、ひたすらに走りつづけた。空が白んで明るくなり始める頃に、一人の人物が現れて声をかけてきた。


「またやっているのですか?」

「あっ!おはようございますソルダさん」

「どんどん朝早くなっていっていませんか?私も鍛錬の為早起きしますが、優真様には敵わない気がします」


 声をかけてきてくれたのはソルダさんだった。訓練場で走り疲れて倒れている時、心配して駆け寄ってきてくれた所を捕まえて、それ以来剣を教えてもらっていた。


「今日もよろしくお願いします!」

「じゃあいつも通り一緒に素振りをしましょうか、基本に忠実に、丁寧に、一振り一振り集中するように」

「はいっ!」


 ソルダさんが来てからは今度は剣の訓練に切り替える、掛け声に合わせて、教えて貰ったことを頭の中で反芻して体に染み込ませる。


 これも最初の頃は木剣でやっていたけれど、今では鉄の剣で振っている。手の豆が潰れて握りが血まみれだったのも、今では皮膚が固くなってそういう事もなくなった。


 俺には剣の才能もない、あの後何度かソルダさんに手合わせしてもらったけれど、やっと剣を弾き飛ばされなくなってきた。が、それだけだ。


 実戦で使い物になるのか俺にもよく分かっていない、そもそも対魔物を想定してはいるが、土壇場で戦えるのかと言われると疑問だ。


 それでも何もしないよりはずっといい、剣が振れるようになるという事は、最低限戦う事が出来るということだ。それに1キログラム弱ある鉄の塊を振るだけで、全身がくまなく痛みを覚えるのだから、筋トレにもなっていると思う。


「優真様、大分動きが染み付いてきましたね」

「本当ですか!?いやあ嬉しいなあ」


 休憩の合間にソルダさんから褒められた。俺は本当に心から嬉しかった。上達しているかどうかは自分では分からないから、他人から評価されるだけでも心が躍る。


「正直に申し上げてもよろしいですか?」

「はい、何ですか?」

「失礼ながらこれだけ無理な特訓が続くとは思っていませんでした。いつかどこかで音を上げるんじゃないかと、私はずっと心の中ではそう思っていました」

「アハハ、俺も同じ事思ってましたよ」

「お怒りにならないので?」


 俺は汗を流す為に桶の水を頭に被った。びしょびしょになった髪の毛の水を絞って言った。


「怒るも何も、本当の事ですよ。俺が勇者だって聞いて最初どう思いました?」

「本音を言っても?」

「勿論」


 ソルダさんは一度そう俺に断った上でなお言葉を選ぶように悩んでいる、言葉少なだし雰囲気も少し怖い人だけど、優しい人なんだよなと改めて思った。


「…我々は日々国民を、平和を守る為に鍛錬をし、任務にも励んでいます。武術だけでなく、様々に知識を取り入れ研鑽に取り組みます。魔王にだって負ける気はありません。勇者とは、こんなものなのかと、世界の行く末はこんなに弱く頼りない者に背負わせるのかと思いました」


 やっぱりソルダさんは優しいな、本音はもっと違う言葉と感情が浮かんだだろうに、俺を気遣ってくれている。


「本音で話してくれてありがとうございます」

「いえ、こんな無礼、本来なら許されてはなりません。出過ぎた事をいたしました」

「…俺もまだ正直ピンと来てないんです。神獣は俺の中の何かを見出したらしいけれど、俺はどこまでいっても俺でしかなくて、いくら鍛えても強くならないし、多分死ぬんじゃないかなって思ってます」

「えっ?」


 俺はすくっと立ち上がった。


「怖いんですよ俺。家にも帰れないし、外国にも行った事ないのに世界を巡れって言われて、何でそんな事しなくちゃいけないんだって思ったし、喧嘩だってしたことないのに殺し合わないといけないんでしょ?無茶苦茶ですよそんなの」

「ならば何故優真様はまだこの世界にいて、教えを請うてまで剣を取るのですか?神獣様には、新しい勇者を探してもらうとか、方法はきっと」

「怯えてたんですよ、神様が。そんで助けてくれって言われたんです。なら俺は出来るだけの事をしてやろうと思ったんです」


 神獣が怯えていた事はあいつに言われなくたって分かっていた。俺が助けた時にそんな事はとっくに分かっていたんだ。


「何が出来るのか分からないけれど、俺になら出来るって言うんならやってやりますよ。大したことない力だけど、目一杯準備して、鍛錬して、格好だけでもつけて、臆病風に吹かれてもせめて膝はつかないようにしたいんです」


 そう言ってソルダさんに笑いかけると、俺はもう一度剣を握って振り始めた。休憩はもう十分だ、一日でも早く、旅立ちの日を迎えられる為に出来る事をやるんだ。


「優真様」

「はい?」

「もっと実戦的な訓練もしていきましょう、微力ながら私にも力にならせてください。戦い方なら多く学んできました。あなたの力になれる筈です」


 ソルダさんは俺の前に立って木剣を構えた。俺もすぐに剣を持ち替えて構える。微力なんてとんでもない、国一番の剣士に稽古をつけてもらえるのなら、これほど心強い事は他にないだろうと俺は思った。

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