マルトアに潜む影 その3
ハンターについての聞き込みはスムーズだった。二級という肩書はそれなりに一目置かれる存在らしい、詳しくなくとも名前くらいは知っているという人が多かった。
だが、情報はあまり集まらなかった。というのも、そのハンターは素行が悪かったらしく、なまじ実力があったから戦力としては重宝されていても、親密な関係を持つ人があまりいなかったのだ。
聞ける話もハンターについての悪評ばかりで、肝心の事件前の行動についての情報が集まらなかった。その辺の足取りが知りたいのに、空振りが続く。
やっとの思いで、そのハンターが生前に装備を一新し、借金を返済したとの情報を掴む事が出来た。これまた金絡みの話だったのでやっと関連が付いたという事になる。
「中々手強かったな」
「これは流石に僕も予想外だったねえ、気性が荒いとは聞いていたけれど、ここまで嫌われ者だったとは」
だよなと俺はイヴに相槌を打つ、死んで清々したと言う人までいたくらいだ、一体生前に何をやらかした事やら。
「しかしまた疑問が出てきたな」
「ん?何が?」
イヴの疑問に俺が問いかけると、彼女は険しい顔で話し始めた。
「何故彼が狙われたのかが見えてこない。恐怖を植え付ける目的ならマルトア兵士団の誰かを狙う方が話題に上がりやすい」
「明確な街の守護者だもんな」
「そうだね。それか、誰でもいいから適当な富豪の用心棒を始末するのも印象に残るだろう。状況をかき回したいのならこっちの方が効率的かな」
それは確かに大騒ぎになるだろう。町長の所で見かけたあのオンスマンとかいう人の傭兵に手でも出せば、マルトア中に言いふらして回りそうだ。
「ん?イヴ、この魔物って被害者を選んでるのか?」
「どういう意味だい?」
「いや、てっきり無差別に殺してるのかと思ってた。被害者が多いし、間隔もバラバラで、あんまり計画的に見えないから」
「ああ成る程、うん、確かに優真君の言う通り大多数は無差別だ。あまり意味もなく殺している。恐らくこれらは快楽殺人に近いのかもしれない」
「イヴには見分けがついているのか?」
「まあ僕には大体の目星が…」
そこまで言ってイヴの言葉は止まった。そして何か思いついたように考え込み、暫く黙り込んで顎に手を当てていた。
イヴと一緒にいると偶にこうなる。思いついた事を考え始めると周りが見えなくなり、思考の向こう側へと行ってしまう。こういう時は待つしかなかった。
「ちょっと整理してみようか」
「おっ早かったな」
「何がだい?」
こっちの話だと言うと、イヴはそうかと言って話し始めた。
「僕は数多くいる被害者の中からある程度当たりをつけてみた。僕の推理が多分に含まれているので正しさは僕しか保証出来ないが、取り敢えずこれを真として考えてくれ」
「分かった」
「僕たちが聞き込みに行ったのはこの真の方、そして君が疑問に思ったのは仮に偽としておく。あくまで仮にだよ」
「うん」
「真の方には明らかに何者かの関与があって、偽の方はただ意味もないなぶり殺しだ」
「目的のある殺人と、そうでない秩序ない殺人が混ざっている訳だ」
これだけでも状況はややこしい、イヴの話が正しいのだとすれば、これを見破れる人はそうはいないだろう。
「これらの殺人は同じ魔物が行っていると考えられる、だけど雑音のように入り込んでくる様々な状況に周りが振り回されて、真偽不明のままにマルトアは混乱させられている」
「確かに状況はかき乱されっぱなしだ」
「だから僕たちは真にだけ目を向けて見よう。真の方には明らかに何者かの意志と影が見えているんだ、僕はそれで被害者は選ばれたのだと思っていた。しかしこっちも無作為だったとしたらどうだい?」
「つまり目的はあったけれど、人は誰でもよかったって事か?」
「それなら色々説明がつく。選ばれたと思っていた人達には、特徴の一致も類似点もあまり見受けられなかった。ただ一点何者かの関与という違和感だけが一致していた」
「読めたぞ、接触のあった人すら目的を隠す目眩ましに使われたってことか」
俺の指摘にイヴは頷いた。これが本当ならば、相手はとても複雑な立ち回りをしている。
そしてあまり考えたくないが、一つの可能性を指摘しなけらばならないだろう。俺はつばを飲み込むとイヴに聞いた。
「その、関与のある何者かって、やっぱり人間って事だよな?」
「ここまでの話をまとめればそうなる」
その誰かが金を使って人を操り、魔物をけしかけて殺させている。それならあの部屋で調べた事にも説明がつく。
マグメの再現した現場でもてなしを受けた人物は、金を使って人を懐柔していた。そして魔物を従えていたか、協力関係があったとしたら、現場からこっそり逃げ出す事も訳ないだろう。誰にも気が付かれず、家の扉を開けさせて魔物を入れる。
無差別に見せかけて知性のある行動が散見されるのは、バックに誰か協力者がいるからなのか?それなら納得する事も多いが、でも誰が何の目的でそんな事を。
「思考を巡らせているね?」
「え?そりゃまあ…」
「当ててみせよう、優真君は魔物に誰かが協力していると考えている。違うかい?」
質問の意図が分からなかった。それ以外何があるというのだろう。
「僕の考えは違う、僕はこう考えているよ」
そこでイヴが言い放った言葉は衝撃的なものだった。
「この暗躍する何者かは、マルトアに潜む魔物と同一のものだ。魔物が人の姿に変わり、人々の中に紛れ込んでいる」
イヴの言った事はにわかに信じられない事だった。人の姿をした魔物、それが本当なら多くの人が行き交うマルトアで、魔物を見つけ出すのは困難だ。不可能と言ってもいいかもしれない。
「だけどその魔物、これまで調べてきた事を全部一人でやったってのか?」
「そこは断言出来ないね」
「まだいるって事か?」
「頭目は一人だけだと思うが、仲間がいないとは限らない」
「複数人いるって事になったら、いよいよもう俺たちの手に負えなくなってくるぞ?そんな規格外の敵、一体どうやって対処すればいいんだ…」
まさか街の人を一人一人調べるなんて悠長な事をやる訳にもいかない、感づかれれば身を隠されるか、街から離れてほとぼりが冷めれば戻ってくるだけでいい。
「いやいや優真君、悲観する事はない。僕たちは着実に敵の方へ近づいていっているよ。対処方法だって思いついた。後は容疑者を絞り込んでいくだけだ」
「へっ?そ、そうなの?」
「ああ、だが情報は多ければ多い方がいい。僕たちはもう少し探りを入れてみよう。僕としては本命は彼女達が掴むと思っているからね」
そう言ってイヴは遠い目で空を見つめた。彼女達というのは、リヴィアとエレリの事だろう、しかし本命とは一体何のことなのか。
俺に構わず歩き出したイヴの後を慌ててついていく、二人ならきっと上手くやるとは思うけれど、それでも心配せずにはいられなかった。
ラグランについて回っているリヴィアとエレリは、街の政務を手伝いながら機会を伺っていた。
近く開かれる町長とマルトア兵士団、そして街の富豪や権力者達の評議会との大々的な話し合いが行われる。これに参加して違和感を見つけ出さなければならない。
二人はラグランと話し合いを重ねて入念に準備はしていた。しかし相手はこと化かし合いにおいて、下手したら魔物よりも長けた辣腕家達だ、政治や交渉事で二人は自分たちが敵う筈がないと自覚していた。
ただここで引き下がるという選択肢もなかった。優真とイヴが動いている裏で、自分たちにしか出来ない事をやる。その覚悟と意志が二人にはあった。




