因縁の敵 その1
やっとの思いで捕らえたコウモリの魔物を持ち帰ってこれた。正直戦闘や特訓よりも疲れた。穴を掘ったら死骸を運んで、運んで、また運んでの繰り返し、浄化魔法のありがたみが身にしみて分かった。
「いやあ大変でござったなあ」
「本当にね…」
「まあまあ、これもまた経験という事ですなあ」
「いやまあ確認してなかった俺も悪いけどさ、目的があったんなら言っておいてくれよな」
偵察だけで捕獲するとは思わなかった。戦闘もなるべく避けると思っていたし、てっきり魔物を観察するだけで帰ってくるかと思っていた。
「いえいえ、あれはその場の思いつきでござる。やれると思ったからやったでござる」
「はあ!?」
「最初は魔物の気配を感じた時点で身を隠そうかと思ったのですが、まあ、少し見ておきたい事もありましたし、大きな収穫もありましたから」
確かにこの魔物の捕獲は大きな収穫だ、しかし翼を斬り落としているのにまだ元気に暴れ回っている。すごい生命力だ。
「こいつ何なんだろうな?」
「ジャイアントバットという魔物がいますが、似ているようで似ていませんな。特に戦闘力が段違いです」
魔物狩りを専門とするハンターが言うのだから間違いないのだろう、よく見てみると目が真っ赤に充血している。
網に捕らわれているので身動き事態は取れないが、その凶暴性は欠片も衰えていない。不自然な程に好戦的だ。
「見ただけで何処まで分かる?」
「拙者じゃ無理ですな、アヤメ様に見せてみましょう」
それもそうか、そもそもリヴィアやエレリ、メグも交えて話をした方がいいに決まっている。俺たちは暴れる魔物を持って大樹へと戻った。
戻ってすぐに会ったのはリヴィアとアヤメ様だった。どちらも目を丸くして驚き俺たちの方を見ている。二人が急いで駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか優真様、泥だらけですけど」
「お前もじゃソテツ、お主が魔物にやられるとは思わんが…」
そう言えば今更気がついたけれど二人共泥だらけだった。後始末に夢中で気が付かなかった。
「魔物に遭遇したんだけどさ、浄化の手段を用意してなくって…。というよりソテツの思いつきでこうなったんだどな」
「でもそのお陰でこうして手土産が出来ました」
ソテツが掲げたそれを見てアヤメ様の顔つきが険しくなった。リヴィアはまだこれが何か分からないのか興味ありげに見ている。
「ソテツ、これが例の魔物か?」
「恐らくは」
「…ふむ」
アヤメ様とソテツが話し込み始めた。そんな二人のやり取りの間を縫ってリヴィアが隣に来た。
「優真様、一体何があったんですか?」
「この森で活動していたのがコウモリの魔物の群体だったんだ、その中の殆どはそこまで手強い相手じゃなかったんだけど、紛れるように強い個体がいた。多分意図的にそうしていたんだと思う」
「成る程、戦いに慣れていない方にとっては厄介ですね」
「実際俺も危なかった。ソテツがいてくれたから助かったけど、調査隊の人に多く被害が出たのも分かるよ」
空からあまり音も無く飛びかかってきた。戦いを重ねて、特にあのファットスライム戦からは俺も気配に敏感になってきたけれど、あの群体が羽音を立てずに襲いかかってきたらひとたまりもないと思う。
「この大きさで飛び回ってたら音が聞こえてきそうなものだけど、何で静かだったんだろう?」
「消音魔法でしょうか、しかし群体すべての個体にかけるのは非効率です。魔力だって膨大に使いますから」
「だよなぁ、何か仕掛けがあるんだろうけど…」
俺がリヴィアと相談しながら頭を悩ませていると、話を終えたのかアヤメ様から声をかけられた。
「優真、リヴィア、一度皆で集まって検討しよう。今エレリも呼んでこさせる、先に行って待っておれ」
「分かりました」
「ソテツお前も行け、居ても邪魔なだけだからの」
「酷い事をおっしゃる。ま、事実ですが」
そうして俺たちは一足先に最初に集まった部屋へと戻った。大樹の上まで登るのは蔦が押し上げてくれる、超自然派なエレベーターだ。
「そうだリヴィア、何かいいことでもあった?」
「え?どうしてです?」
「ほらちょっと元気なさそうって言ったじゃん、あの雰囲気がすっかり良くなってるからさ」
リヴィアは赤く染まった両頬を隠すように手を添えて、恥ずかしそうにして言った。
「私そんなに分かりやすいですか?」
「いや、普段はそんな事ないよ。ただ今回は何となく俺の勘でね」
「…ならその勘は当たりですね。悩み事がスッキリ解決したんです。ご心配おかけして申し訳ありませんでした」
「いいよそんな、元気になってくれたのならそれが一番だから」
俺は心から安堵していた。悩みの解決の力になれなかった事は申し訳ないけれど、いつもリヴィアの朗らかさや冷静さに救われている。だからこうして元気を取り戻してくれた事が何よりうれしい。
「確かに迷いの消えたいい目をしてるでござる」
ソテツが急に話に割り込んできた。俺はジトッとした目でソテツを睨んだ。
「どうしました?」
「いやいや、こう言っちゃなんだけどソテツにそういうの分かるの?」
「勿論ですとも、拙者感情の機微にはこれでもかと」
「胡散臭い、前歴もあるし」
蒸し返すつもりはなかったのだが、感情の機微うんぬん言い始めたので言わずにいられなかった。散々俺の事からかって遊んだくせによく言うよと思ったからだ。
「落ち着いてください優真様、それにあの一件はあの一発で清算したのでは?」
「ごめん。また無神経な事言ってくるかと思ったらつい」
「確かにソテツ様にはそういったどうしようもない一面もありますが、人間それだけで計れない面もありますよ」
あれっと俺は思った。リヴィアって時々厳しい事言うけれど、こんなに笑顔で毒づく人だったっけと違和感を覚えた。でも清々しくて吹っ切れた様子だ。
「うう、拙者こんなにも清く真面目に生きているでござるのに」
「そういう軽薄な態度を改めたら信じてあげます」
「こうしてキリッと表情を引き締めれば違いますかな?」
ソテツがキメ顔で歯を輝かせた。それを俺は呆れた目で見ていたが、リヴィアはくすりと笑って言った。
「おヒゲが汚らしくて不快です。せめて整えたらどうですか?」
バッサリ言った。ソテツの剣技よりも鋭い切れ味だ。
「後で散髪屋へ行ってくるでござる…」
「それがよろしいかと」
対話で終始圧倒されているソテツを見るのは初めてだった。アヤメ様でさえ扱いかねている様子だったのに、いつの間にリヴィアはこんなに強くなったんだろう。
「ま、それはそれとして、迷いがなくなった目になったのは本当でござる。今一度問いましょう、あなたはどうして優真殿と一緒にいるのですか?」
「私が一緒にいたいからです。そして三人で強くなります。優真様もエレリちゃんも、仲間ですから」
「…とてもいい答えでござる。なれば拙者も、本気には本気で返さねばなりませんなあ」
二人が何の話をしているのか分からなくてオロオロしていると、リヴィアが優しく微笑みかけて俺の手を握った。
「優真様、これからも力を合わせて頑張っていきましょう。私にも人を助けるお手伝いをさせてくださいね」
「そ、それは勿論。心強いよ」
何故リヴィアとソテツがこんな問答をしていたのかは分からないが、リヴィアの嬉しそうな笑顔と、今までより強い意志を帯びた目を見たらどうでもよくなってしまった。
それよりも、俺も頑張らなきゃという気持ちが湧いてきた。守ってもらってばかりじゃいられない、怖くて足がすくんだとしても一歩前に出る力が欲しい、そう思った。
「皆またせたな」
「アヤメ様」
アヤメ様が部屋へ入ってくる。続いてエレリもマグメを抱きかかえて一緒に来た。
「優真、マグメ貸してくれてありがと」
「どうだ何か分かったか?」
「一応ね…、ただいい話ばかりじゃないの」
これ以上話を聞く前にアヤメ様がパンッと手を叩いて鳴らした。否が応でも注目はそちらに向く。
「さあ情報も出揃ってきた。敵の姿も見えた。どうするべきか考えよう」
全員黙って頷いた。情報を共有すればきっと何か見えてくる筈だ、俺たちはそれぞれの成果を話し始めた。




