魔王城
地下深くにある魔王領シャンガルダ、そこにある魔王の城の一室をある魔物が訪れていた。
「失礼します魔王様」
「ん」
短い返事が聞こえてきてその魔物は扉を開ける、うず高く積まれた紙の上に、その人は横になっていた。
「何の用だセラ、くだらない事だったら出てけよ」
「くだらないかどうかはあなたが判断してください、魔王様。私はただ上がってきた報告をお伝えしにきただけです」
体を起き上がらせ魔王と呼ばれた者は座り直す。
「聞こうか」
「魔王様が開発し、選び出された魔物に組み込まれた術式は安定して稼働しています。精神操作、知能の発達、暴力性の向上、特異性の獲得、どれも成果としては申し分ありません」
「くだらん、そんな事は当たり前の事だ。その報告を上げてきた馬鹿はどこのものだ?俺に媚びへつらうしか能がないのなら俺が直々に殺す。無能はいらん、ただでさえ無能ばかりだ」
「それはご自由に、ただ私もその馬鹿がどの馬鹿か存じ上げていませんので、探すのはご自分でどうぞ」
「お前に直々に来た報告じゃないのか?」
「残念ながら」
魔王はセラの言葉を聞いて頭を掻きむしった。
「媚びるなら媚びるでちゃんと存在を晒せよ、何がしたいのかさっぱり分からん」
「提言だけでもと思ったのでは?」
「無駄、無駄無駄無駄、そんなものは無駄なんだよ。はあ、もういい。次」
セラは次々と魔王に報告を上げていくが、そのどれも魔王は退屈そうに聞いていた。何も関心がないと言葉だけでなく態度にも現れていた。
「ハァ…、無能共を多少は使えるように弄ってみたが、ゴミはゴミか。幹部など名ばかりだ、いっそ綺麗にして作り替えてもいいが、どうせそれもゴミだろうな」
「そこは魔王様のお心のままになさってください」
「そうしたらお前も潰して作り替える事になるが?」
「私は魔王様に取り立てていただいた身、そのご恩をお返し出来るのであればそれも受け入れます」
魔王はつまらなそうな顔をしてふんと鼻を鳴らした。
「で?最後の報告は?」
「はい、変異スライムを管轄に置く魔物からの報告によると、どうやら討たれたようです」
「あれがか?」
「あれがです」
ようやく魔王は表情を変えて顎に手を置いた。
「あれはダンガウェだかいう街を滅ぼす為に俺が作った。あそこの戦力では太刀打ち出来ない相手だった筈だが何故だ?切り離しも上手く運んで孤立化させていた筈だ」
「…恐らくですが勇者の仕業かと」
「続けろ」
「私達魔族は、勇者がアステルを出てから何故かその足取りを掴めなくなりました。偵察用に作った魔物は、その姿を認識することすら出来ません。しかし手を加えていない魔物にはその傾向は見られません。私も報告を聞いてから現地に赴き近くのデーモンに偵察に向かわせました」
「そこで勇者の姿を確認したと」
「はい」
報告を聞いてから魔王は大きくため息をついた。近くに落ちていた紙を拾って適当に殴り書きをする。その作業を終えるとやっと立ち上がった。
「現地に確認に行った事は褒めてやる。裏取りは大切だからな。これからも上手くやれ」
「分かりました」
「変異スライムを倒したのは勇者で間違いないだろう。それかお付きの女か、そっちは勇者と比べて出来がいいからな。まあでも、どうせあれは一括りの存在だ。勇者が倒したという認識でいい」
「問題は戦技が勇者に渡った事ですね」
「それももういい。潰せるなら潰しておこうかと思ったが、それが叶わなかった以上考えても意味がない。それよりも、また研究と開発に力を注ぐ、報告は暫くいらない」
それを聞いてセラは怪訝な顔をした。
「放っておいてよろしいのですか?」
「ああ、取るに足らないカスかと思ったが、存外勇者もやるじゃないか。俺も少し面白くなってきたよ。計画通り魔物の変質と強化を続けろ、暴れ方は自由でいい、俺を喜ばせたら褒美をくれてやるとでも言っておけ」
「妨害や干渉は行わないと?」
「ああ。魔物も勇者も好きにさせる、結果どうなろうとどうでもいい。ここに俺がいる限り魔物は生産されつづけるし、世界は疲弊しつづける」
「しかしそれでは勇者の成長を促す事になるのでは?」
「そんな事はどうでもいい、重要な事じゃない。兎に角魔物も人も死に続けろ、いいな?」
「かしこまりました」
セラは納得のいっていない表情を浮かべていたが、魔王は満足そうに笑っていた。先程までの退屈そうな表情も態度も一切消えて、逆に楽しげに見えるようだった。
「では失礼します。魔王理人様」
理人と呼ばれた魔王は、振り返りも返事もせず机に向かってひたすら何かを書き記していた。いつものやつかとセラは肩を竦めて部屋を後にするのだった。
魔王城の会議室には、魔王理人から幹部と認められた魔物が集まっていた。
全部で6匹、と言ってもそのうち2匹は二つで一つの魔物なので合計は5匹となる。それぞれが席についているものの、思い思いの事をしていた。
筋骨隆々で雄牛の頭をしたミノタウロスは、腕組みをしたまま姿勢を正してジッとしていた。まったく動かないが、偶に筋肉がぴくっと動く。
妖艶な容姿で扇情的な格好をしている美しい女性はヴァンパイアだ。ほぼ裸同然の姿で艶めかしい足を机の上に投げ出している。
漆黒の毛に赤いたてがみ、ライカンスロープは肉を貪り食っていた。口から血を滴らせて、飛び散る肉片も気にせず粗暴に振る舞っている。
小さく可愛らしい姿ではあるが、ギガンテスの変異種で一族を束ねる頭目の少女は、苛立ちを隠せないのか指を小刻みに動かしている。
もう一人は本当に幼い少女、しかしその実はデーモンの女王。愛くるしい見た目とフリフリとしたドレス、とても邪悪には見えない。そばにぴったりとくっついているのは邪竜の王、少女はそれをジャバウォックと名付けペットとして扱っていた。
最後の席についたセラは、一つ咳払いをしてから話し始めた。
「魔王様からのお言葉を伝えます。皆様お聞きください」
「待てセラ、その前に聞きたい事がある」
今まで少しも動かなかったミノタウロスが口を開いた。
「魔王様はまた姿を見せないのか、こうして態々集まったというのに」
「すみませんガストン様、魔王様はまた新たな研究に興味を注がれていまして」
「またなの?あなたみたいな小娘の口からより、魔王様の可愛らしい口から声が聞きたかったわ」
ヴァンパイアはふんぞり返った姿のままセラを見下すような視線を送った。
「ディリラ様、魔王様は一度興味を他に注がれるとそこから離れません。私からの伝言ではご不満だとは思いますが我慢してください」
「ギャハハハハ!!魔王様はテメエの顔なぞ見たくないとよディリラ!!残念だったな!!」
「うるさいわよネーロ、その汚くて臭い口をこっちに向けないでくれる?」
「ああ!?」
ライカンスロープのネーロが机を叩くと、ただでさえ散らかされていた肉片がまた飛び散った。
「落ち着いてくださいネーロ様、魔王様は何も我々の前に姿を見せたくない訳ではありませんので」
「その割には最近まったく姿を見んがの、魔王様の功績は認めるが、こうも姿を見せないのは些か気になる」
「勿論クフェア様の言う事は分かります。ですがギガンテス一族の意志統一は魔王様なければなされなかった事、それを考慮してもらえませんか?」
ギガンテスのクフェアはセラの指摘に押し黙った。事実であるからそれ以上口出しも出来ないのだろう。
「アリスは他の子と違ってわがまま言わないよ、アリスとってもいい子だもん。ね、ジャバウォック」
デーモンの女王アリスは足元で大人しくしているジャバウォックに話しかけた。ジャバウォックはアリスの顔を見るとぶふっと鼻息を吹き出し、ちろちろと長い舌を伸ばしてアリスの頬を舐めた。
「それで?魔王様はなんて言ったのセラお姉ちゃん」
「はい、皆様は好きにしろとの事です」
「何だと?曖昧過ぎないか?」
ガストンの指摘にセラは頷いた。
「曖昧ではありますが皆様なら意味が分かるのでは?魔物の目的を照らし合わせれば自ずと答えは見えてくるかと」
「好きに暴れていいって事ね」
「いいじゃあねえか!!俺様はそういうシンプルなもんが好みなんだよ!!つまり人間を殺しまくりゃいいんだ!!」
「そういう事なら儂らは儂らで好きにさせてもらおう、やり方は自由で構わんのだろう?」
「アリスは言われるまでもなく好きにさせてもらうよ。魔王様じゃなくって、アリスが人間を滅ぼしちゃうかもね」
どの魔物も意志が明確になった途端に沸き立った。セラはその姿を見て魔王の苦悩を思うと思わず同情してしまう。
「では皆さん、万事抜かりなくお願いします。魔王城からの支援は私を通じて皆様にお届けしますので」
去っていった魔物の幹部達を見送り、セラは空になった会議室を見た。雑然と散らかされたその部屋を見て、ため息混じりに掃除道具を取りに行くのだった。




