メグの試練 その2
俺は剣と防具の殆どを外して山の中に入った。そしてエレリから聞いた罠のある場所まで行くと、躊躇せずその罠を踏み抜いて作動させた。
がらがらとけたたましい音が鳴った。やっぱり敵の侵入を知らせる罠だったか、防備を固める用心深さから、こういった類の罠は絶対にあると思っていた。
何匹かギィギィと不快な鳴き声を上げてゴブリンがやってきた。突然鳴った音に猛っている、好都合だ、俺は更に何度も何度も音を鳴らしてゴブリンを引き付けた。
音を聞きつけた7匹のゴブリンに囲まれた。武器を持たない俺は両手を上げて交戦の意志なしと示してみる。それがゴブリン達の闘争心を刺激すると知っていながらだ。
勇み足の1匹から、棍棒によって殴りつけられた。防御するも重たい一撃に体が吹っ飛ぶ、地面に転がる俺を見てゴブリン達は下品な笑い声を上げた。
1匹、また1匹と、殴り放題の戦闘に次々と参加してきた。殴られては立ち上がり、ふらついて膝をつくと笑い声は更に大きく重なっていった。それを聞きつけたのか3匹追加され、合計10匹に囲まれて俺はサンドバッグ状態の見世物になった。
全員で囲んで殴る事から、何匹かで俺を殴り、その様子を周りで見て楽しむようになっていった。ふらふらと立ち上がるとゴブリン共は手を叩いて喜び、殴り飛ばされるとよだれを撒き散らして下卑た笑いを響かせた。
まだいい、まだ大丈夫だ、意識もしっかりしてる。立ち上がって拳を構えると、背後から殴られ前にふっ飛ばされる。ゴブリン達は俺の間抜けな姿を見ていて気が付かなかったが、俺は待っていた合図を見逃さなかった。今度はすぐに立ち上がらず絶好のタイミングを待った。
それまで何度殴っても立ち上がった俺が地に伏したままなので、2匹のゴブリンがついに死んだかと、笑みを浮かべながら近づいてきた。俺がこの瞬間を待っていたとも知らずにだ。
隠しもっていたナイフで1匹の腹を刺した。不快な感触と強烈な嫌悪感に身震いするが、絶対に目は逸らさない。反撃されるとは思っていなかったゴブリンは、困惑したまま腹に刺さったナイフに手をやった。
今まで優位に立っていたのに、それが一変すると動揺は一気に広がる。それが優位であればあるほど落差は大きい、俺は動揺の隙をついて立ち上がると、ナイフの刺さった腹に目掛けて思い切り蹴りを入れた。
刺したナイフが更に体の奥まで突き刺さる、もがき苦しむ仲間を見て動ける奴は1匹もいなかった。俺は近くにいたもう1匹の喉にナイフを突き立てて、地面に引きずり倒し何度も執拗に顔面を踏み抜いた。
短な悲鳴と飛び散る血、むせ返る死の匂い。油断と余裕は思考力を奪い、立場の逆転は混乱を生む、攻めけを失ったゴブリン達はもはや烏合の衆と化した。
あらかじめ茂みに隠しておいた神獣の剣を手に取る、剣を握りしめるとソルダさんの顔と言葉が頭に浮かんだ。
「死合う時絶対に躊躇ってはならない。後悔も反省も後で出来る」
1匹、また1匹と、ゴブリンを次々と仕留めていく。混乱と動揺に包まれたゴブリン達は戦う事も出来ずその命を散らしていった。
最後の1匹を仕留めると、俺は一気に猛烈な倦怠感に襲われて、その場で嘔吐し息を荒げた。目からは涙が、体中からは汗が止まらない。皆と合流する前に、何とか涙だけでも止めておきたいと、今は泣けるだけ泣いた。
作戦開始前、俺はエレリにある事を聞いた。
「見てきた罠の中で音を出す物ってあった?」
「ん?うーん、ああ、あったあった。雑だったけど」
「何でもいいよ、取り敢えず音は鳴りそう?」
「単純な作りだからそれは大丈夫だと思う」
それはそうだろうなと思う。寧ろ他の罠は雑な作りだというのに、作動している方が不思議だと思っていた。
「あのさ、俺の能力の強化って魔法で出来る?例えば攻撃をくらっても平気みたいな」
「出来る」
「ゴブリンの攻撃を何発も受けられる?」
「で、出来るけど…何で?」
エレリは心配そうに俺の顔を見た。顔に出やすいうえに優しいんだからな、俺はこれから話す作戦を絶対に反対されると思いながら、にっこりと笑った。
「俺は殆ど丸腰で山に入る、そんで罠の音を敢えて鳴らす。引き付けられるだけのゴブリンを俺に引き付けて派手に暴れるから、その間に大将はリヴィアかエレリが倒してくれ」
「はあ!?」
「優真様それはっ!」
「俺が強い方にあたるよりも、雑魚を引き付けて相手の戦力を削ぐ方がいい。それに忘れたらいけないけど、人質がいるかもしれないんだ、俺たちは戦えるかもしれないけど人質は戦えないんだぞ?二人共誰かを守りながら戦った事ある?」
リヴィアもエレリも俯いて黙った。俺は申し訳ない事を聞いてしまったなと思った。二人にそんな経験がないだろうなと分かった上で聞いたからだ、訓練を積んでいたとしても二人はお姫様だ。訓練だって恐らく自分の身を守る事と、巫女として勇者の事を守る事に重点を置いていた筈だ。
説得する為とはいえ、他の選択肢を潰してから聞いてしまった。実際俺が考えている事よりもいい方法はあるだろう、しかし、俺の考えなら恐らくメグは…。
「おいメグ、透明化の魔法使えるだろ?」
「ん?何故だ?」
「とぼけるなよ、魔法に疎い俺でも分かる。お前の神出鬼没ぶりは並外れている。オルド様も使っていた透明化の魔法、リヴィアはそれを見抜く事が出来たのに、メグの魔法は見抜けなかった。お前が使ってるのはそれより強力なんだろ?」
「ほう、根拠は何だ?」
「お前が言ったんだ、巫女がたるんでいるって。それは自分の姿を見抜けなかった事に対して言ったんじゃないか?」
全部俺の想像ではあるが言い切った。そして初めて、メグの表情が変わったのを俺は見た。
「こいつは中々、よく気がつくものだね」
「どれくらい当たってる?」
「全部ではないが、アタシが驚く程度には当たっている。褒めてやっていい、本気で今そう思っているぞ」
不遜なのは変わらずか、そりゃどうもと軽く言ってから肝心な事を聞いた。
「で?どれくらい透明化出来る?お前にしか使えないのか?他人に対して出来ないのか?リヴィアかエレリに教えたら使えないか?」
「待て待て、そうまくしたてるな。分かったよ、そうだな、あんたがリヴィアだな?」
そう聞かれリヴィアは頷いた。
「透明化の魔法を教えてやる。相性はこちらの方がよさそうだ。アタシが仕込めば十分使い物になるだろう。それを使えば安全に、攫われた村人を動かせる筈だ」
やっぱりあくまでも自分は介入しないつもりらしい。だけど、これで目的は達成した。優先するべきは俺たちではなく被害にあっている人だ、透明化の手、使えるのに使わないという考えはさらさらなかった。
リヴィアがメグに魔法を教えてもらっている最中に、俺は俺でエレリに強化魔法をかけてもらっていた。エレリはまだ心配そうに俺に聞いてきた。
「本当に大丈夫?ゴブリンと言えど一対多の戦闘なんて…」
「訓練では何度もやっただろ?」
「でも装備を外す必要はないでしょ?」
「いや駄目だ、相手に俺の事を弱い奴、勝てる奴だと油断させなきゃいけない。ガチガチに固めていたら、逃げたり大将を呼びにいくゴブリンが出るかもしれない。俺は油断が欲しいんだ」
敢えて話していない考えもある。それが上手くいけば、それなりの数を俺に引き付けておけると思っていた。
「でもせめて剣は持つべきじゃないの?優真が使える武器はそれだけなんだし」
「俺も全部置いていく訳じゃないよ。剣はそこらの茂みに隠して置いておく、それにほら」
俺は村の武器屋で買った二本のナイフをエレリに見せた。
「これを隠し持っておく、使い慣れてはいないけど、これで無防備って訳じゃないだろ?」
「それは…そうかもしれないけど…」
「大丈夫、エレリに強化魔法もかけてもらったから。俺は勝てなくても負けなければいい。エレリ達の方をさっと片付けて、助けにきてくれたらもっといい。だろ?」
納得はいっていないようだがエレリは頷いてくれた。俺の気持ちを汲んでくれたのか、作戦の成功を信じてくれたのか分からなかったが、どんな理由でも俺はそれが嬉しかった。
戻ってきたリヴィアに俺は要となる最後のお願いをした。
「救出が無事に済んで、大将を倒したら合図をくれないか?光弾を打ち上げるとか音を出すとか何でもいい、それまで俺が敵を引き付けるから」
「分かりました。優真様、くれぐれもお気をつけて」
「…うん、ありがとう」
俺が実行しようとしている事は絶対に話せないなとその時思った。そして、話さなくて正解だったと、全部が終わった時に確信した。




