世界を変える小さな勇気
エラフ王国と統合魔法都市アステルが協力して設立した世界最大の大学に私は通っている。ここでは本当に様々な事を学ぶ事が出来るが、私の専攻は魔物と人との共存を目指す社会学だ。
「おーい!エルさん!」
「ん?ああライさん、どうしたの?」
ライさんは同じ学部に所属する魔物スライムの一人だ、同期入学して知り合ってからずっと仲良くしている。
スライムも大分昔とは姿形を変えた。不定形だった体は人間に姿かたちを寄せている。元々姿を自由自在に操れる下地があったからどんな形にも変える事が出来るのだが、種族全体として人間の姿に憧れがあったらしい。
だからライさんも人間の、それも男性の姿をしている。スライムは種族としては無性ではあるのだが、とある切っ掛けがあってから性自認というものが進んで、大体どちらかの姿をするようになった。服も着るし化粧だってする。
「いやそれがさ酷いんだよ。教授がまた僕を使い走りに使うんだ」
「ライさん教授のお気に入りだもんね」
「あれがお気に入りにする態度か?」
「愛情の示し方は千差万別だよ」
私はそう言って笑うけれどライさんは苦笑いをしている。まあ教授もやり過ぎはしないし、ライさんもそこまで嫌がっている訳ではない。愛情の示し方は色々だ。
「で、私に愚痴りに来ただけじゃないんでしょ?」
「そうだった。実は教授がすぐに来てくれって言っててさ」
「伝え忘れなら端末があるのに」
「あの人自分で伝えないと我慢ならない人だから、時代遅れだけど優秀なのが困りものだよね」
「そうだった…。兎に角行ってくるね、ありがとライさん」
軽く手を振って私はライさんと別れる。帰ろうと思っていた足を教授の研究室へ向けて方向転換し、私はマグメを取り出した。
「まぐまぐ起きて」
「んん?何ですかエル様?」
「お父さんにちょっと遅くなるかもって連絡しておいてくれる?間に合うように急ぐとも言っておいて」
「あー、またですかあの教授。折角ワテクシの兄弟機が普及し始めたと言うのに、まったく困ったものですね」
マグメはぶつぶつと文句を言いながら画面の中に引っ込んだ。マグメの言う通り、今は小型化されたマグメを元にした兄弟機が全世界で普及している。今やアステルの代表となったメグさんが最初に力を入れて取り組んだ事業だった。
教授の用を終わらせて時計を見る。そんなに時間がかからなくてよかった。私は定期券を駅員に見せて改札を通ると、ポッドの中に入り魔法陣の上へ乗る。行き先を操作して選択すると魔法陣が発動してそこまで移動させてくれる。
エステルさんとユオルさんが共同で開発したこの魔法陣駅は、全国各所に置かれてどんどん利用者を増やしていた。人の移動に関するアイデアを出したのがユオルさん、それを実現可能な域まで研究したのがエステルさんだ。移動革命が起こり時の人となった二人は、クレリオン王国で自分たちの会社を立ち上げて国の発展に大きく貢献していた。
また二人にも会いたいなと私は思った。それぞれ結婚して可愛い子供がいる、ちっちゃくてよく笑って、本当に可愛らしい。一緒に遊ぶと、こちらが癒やされる。
移動を終えてポッドから出ると、ばったりイヴさんとアーロンさんに出くわした。
「おお!こんな所で会えるとはなエル君!」
「お久しぶりです。イヴさん、アーロンさん。また何か事件の捜査ですか?」
「そうだとも、名探偵に休みなし。なあ助手君」
「自分としては適度に休みがほしいですよ。探偵さん」
イヴさんは相変わらず名探偵として活躍し、移動が自由自在となった今は全国を渡り歩いて謎を解いて回っていた。ダンガウェでのんびりと牛飼いをしていたアーロンさんを無理やり連れ出し助手にすると、ついには結婚までしてしまった。その破天荒ぶりは相変わらずだった。
「イヴ、そもそもあなた身重なんですから、仕事量も自重してください」
「何を言うか助手君。お腹の中の子も一緒に推理しているに決まっているだろう!寧ろ今の内に沢山推理を経験させてあげて将来の名探偵としなければ」
「あ、あはは、程々にしてくださいねイヴさん」
大きなお腹を抱えていてもイヴさんはイヴさんだ。それに振り回されながらもアーロンさんはしっかりとサポートしている、何だかんだ相性がいい二人なんだと思う。
軽く挨拶を交わしてから二人と別れ、私は駅を出た。
「ただいまハルメンムル」
復興を遂げて大都市となったハルメンムルは、かつての私の故郷。今日はもう一人のお父さんの命日だった。
墓地の場所は変わっていないが、外観はとても立派に綺麗になっていた。そこにはすでにお父さんがいた。
「先に来てたんだねゆーまお父さん」
「おっエルか。久しぶりにそのあだ名聞いたな」
お父さんはもう一人のお父さんのお墓に手を合わせてずっと目を閉じていた。私が来た事に気が付かなかったから、いつものように相当集中していたのだろう。
「パパの前じゃややこしいからね」
「確かにそれもそうか。じゃあ始めようか」
私はお父さんと一緒にお墓の掃除を始めた。毎日忙しくしているお父さんだけど、カイルお父さんの命日だけは絶対に休みを取ってお墓へ訪れる。そして丹念に掃除してお墓をピカピカにする。
「カイルさん、今のエルを見たら驚いてひっくり返るんじゃないか?」
「ふふっ、私も大きくなったからね」
「昔はこんなにちっちゃかったのにな」
お父さんは親指と人差し指でつまめるくらいの大きさのジェスチャーをする。
「そんなに小さい訳ないでしょ!」
「はははっ、俺にとってはこれくらいだったんだよ」
「まったくもう」
文句は言ったけれどお父さんの言いたい事は分かっていた。それだけ小さくて壊れそうで不安だったのだろう、そして同時に大切と思ってくれていたのだと思う。私も同じくらいお父さんの事を大切に思っていたと言ったら、きっと涙脆いから泣いてしまうだろう。だからこれは私の胸に留めておく。
「…こうしてまたエルと一緒にカイルさんに挨拶に来れてよかった。エルの成長した姿を見せてあげられてよかったよ」
「ねえ、まだパパの事引きずってるの?」
「そんなんじゃないさ、いつも心の中にあるってだけ。未練とか後悔とか色々あるけれど、カイルさんからは沢山のものを貰ったから」
魔物との戦いで死んでしまったもう一人のお父さん。戦いは終わったけれど、ここに来た時だけは、私も優真お父さんもあの時に戻った時のような思いになる。そして私はもう一度自分のやるべき事を確認する、それは魔物との完全なる共生だ。
優真お父さんの尽力と、新しい魔王となったセラさんが魔物との共生の道を模索し精力的に活動している。しかしまだまだ世界に魔物が受け入れられたとは言い難い、差別も多くあるし、魔物の権利を認めていない国も多い。
私は確かにお父さんを魔物に殺された。だけど恨みやいがみ合うだけでは悲しみが癒える事はない。憎さを忘れる訳ではないが、前へ進む為に何が出来るのか私にはそれを考える必要があった。
「勇者はもういないからね」
「ん?何か言った?」
「ううん、何でもないよ。そんなことより、やっぱりお母さん達は留守番?」
「一緒に行くって聞かなかったけどな。まあでも、二人共時期が時期だし、今回は自重してもらったよ」
多分行くと言って聞かなかった方はエレリお母さんだろうなと私は思った。リヴィアお母さんも無理を言いそうだけど、最終的にはエレリお母さんをなだめたのだろう。
「妹と弟、どっちだと思う?」
「両方かもしれないぞ」
「いいね!すごく楽しみ!私に弟か妹が出来るなんて思ってもみなかったから。頑張ってよねゆーまお父さん!」
気恥ずかしそうに頬を掻く優真お父さんを見て私は笑った。魔王を倒して世界を救った勇者だと言うのに、私が小さい頃からずっと変わらない。その事を自慢も誇りもしない、ただ未来をより良くする為に一歩前を歩き続けていた。
「じゃあそろそろ帰ろうか」
「うん、そうだね」
私達が一通りの事を終えて帰り支度をしていると、優真お父さんの懐からブルブルと音が聞こえた。端末を取り出すと、ソテツさんの姿が浮かび上がった。
「これはこれはシンラ王様、どうなさいましたか?」
「まったく、一々そうからかってくるのやめてくれませんか。拙者だってすわりが悪いのでござる」
「ははっごめんごめん。何だかまだ実感わかなくてさ」
ソテツさんはまさかのシンラの新しい王様となった。アヤメ様はまだまだご壮健だけれど、世代交代が必要だと自ら王位を退きソテツさんに譲った。
シンラ復興の際精力的に活躍したソテツさんは、問題なくシンラの民に受け入れられ、立派に王様をやっている。からかわれても、満更ではなさそうに私は思う。
「それで、どうした?」
「実はエラフ国王様にちと直接ご相談がありましてな」
「意趣返しのつもりかもしれんが、俺はソテツと違って王様って呼ばれる事に抵抗ないからな?」
「ええーつまらんでござる」
これは話が長引きそうだなと思った私は、無理やり二人の会話に割り込んだ。
「お父さん、私先に帰ってるね。お母さん達の様子も心配だし」
「ん、ああごめんな」
「すみませんなエル殿。そう時間は取らせませんので」
「大丈夫ですよ。それより頑張ってくださいねシンラ王」
一本取られたと頭を叩くソテツさんに軽く挨拶してから、私は一人で帰路についた。魔法陣のお陰でエラフ王国に一飛だし、もう手を引かれて歩く程子供でもない。ちょっと寂しい気持ちもあるけれど、私も私の足で歩いていかなくては。
それに、これから迎える新しい家族に立派なお姉ちゃんという姿を見せたいと思った。この世界で育まれていく小さな命に、もっとよりよい世界を見せてあげたい、その為に私は私の出来る事をやっていくんだ。
進みたくても進めない人だっている。敢えてそうする人もいれば、それを拒絶する人だっている。世界には沢山の人々と思想が溢れていて、迷ったり喧嘩したり、歩調を合わせられない事が殆どだ。
だから私は、そんな人達よりも一歩前に出よう。例えそれが一人ぼっちだったとしても、いつか私が歩いた道を辿ってくれる人がいればいい。小さな一歩かもしれないけれど、かつての勇者のように踏み出そう。
これが私が見つけた小さな勇気だ。
了