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終わりと始まり

 激闘の果てにようやく魔王理人を倒す事が出来た。倒したと言えるのか分からないが、確かに理人は死んだ。


「倒したけれど…」

「これは何でしょうか…?」


 目の前に広がる闇、どうするべきか戸惑っていると、俺の中から声が聞こえてきた。


「それは世界を飲み込む闇の穴。ただこの世界を破壊する為だけに喚び出された現象のようなものだ」

「現象?」


 神獣の声が聞こえてくる。俺の中だけで聞こえているのかと思ったら、二人にも聞こえていたらしい。リヴィアもエレリも声に反応していた。問い返すと神獣が答える。


「ああ、魔王理人が執念で召喚した破壊の概念のようなものだ。他世界の魔王の魂をも注ぎ込み、この世界一つを飲み込み消す。その為だけに召喚された」

「神獣様、一体この闇はどうすればよろしいのでしょうか?」

「斬ってみるか?今の俺なら沢山の勇者が味方してくれているから何とかなるかも」


 勇気の剣を構えたが、響く神獣の声は俺を止めた。


「確かに今の優真ならばこの闇でさえ斬る事もできよう。しかし、それも代償なしには叶わぬ事」

「代償とは何ですか?」

「どれだけ勇者の力を借りようとも、優真の命と引き換えになろう」

「そんな…」


 俺の命か、どうするべきか。と、そんな考えを起こす前に両腕を片方ずつ掴まれて止められた。


「駄目です優真様。それだけは絶対に駄目」

「そうよ!優真がこれ以上傷つく事なんてない!」

「リヴィア…、エレリ…」


 二人の必死な哀願に俺も覚悟がぐらつく。でもここで、誰かが何とかしないと魔王の思い通りになってしまう。その誰かは俺だと思うのだ。


「二人の言う通りだ優真。お主はここで終わっていい者ではない。この先の世界、必要なのは我のような存在ではない。共に汗を流し、共に笑い、共に泣く、そんな生き様を見せていけるもの達だ」

「神獣?」


 俺の体の中から、確かに何か大きなものが抜け落ちていくような感覚があった。左腕の紋章がすうっと消えていくと、そこから光の塊のような宙に現れた。


「元を正せば我はただの魔物だった。それが何の因果か巫女の力によって神に祭り上げられ、初代勇者を呼び寄せ、戦いの末世界と一体となる程の力を持った。しかし我ではこの世界を戦いの輪廻から断ち切る事叶わなかった。ただ力を求め、ただ力をぶつけ、戦いでしか世界の仕組みを形作る事しか出来なかった」


 光が喋る度ぱちぱちと点滅する、それがどうにも力なく見えてしまい、それがどうしようもなく心を締め付けた。


「お前、まさかっ」

「ははは、優真とはちと長く一緒に居すぎたか。心の内を悟らせるとは、これでは神とも言えぬだろう」

「…お前の存在と引き換えにするつもりか」


 神獣は答えなかった。それが答えだったからだ。


「リヴィア、己にも他者にも厳しくあり、常に己を律し使命に忠実であり続けた。幾度悩み迷い揺らいでも、優真の味方であり続けてくれた。ありがとう」

「神獣様…」

「エレリ、他者を思いやるが故人の目を気にしすぎるそなたであったが、その心の内に秘めた優しさと情熱は誰よりも大きく強く、勇猛果敢でありながら命に寄り添い続けた。姉と一緒に巫女としての役目を立派に果たしてくれたな、ありがとう」

「ッ…神獣様…」


 リヴィアもエレリも涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら悲しんだ。一声一声を噛みしめるように聞き、そして受け入れていた。もう自分たちが巫女の役目を解かれるという事実を。


「優真」

「ん?」

「過酷な運命を背負わせてしまった。しかし最初はか細く頼りないまだ未熟な正義感であったが、見事ここまでの旅を成し遂げてくれた。誰しもに宿る善性を見つめ続けた優真だったから出来た事だと我は思う」

「そんな大層な事はしてないって、ただ俺は、お前の助けてほしいって気持ちに応えただけだ。結局それがすべてだったんだ」


 始まりは不思議な出会い、しかし思い返せばほんの些細な出来事だった。怪我をしていた神獣を助けた。まだ何か普通の動物だと思っていた。


 考えなしに助けてしまった。そうせずにいられなかったからだ。つまるところ、徹頭徹尾俺の行動理由も信念もそこに帰結するのだろう。


 助けてほしいと願う誰かを、助けたいと思う心。そんな大層な事は出来なくたっていい、とても些細な事でもいい。誰かが困っている時一緒に困ってあげられたら、一緒に悩んであげられたら、きっとそれが一番いいと俺は思う。


「何か出来る事を出来る事をって探してやってきた。ここまでの事を出来るとは思っていなかったけれど、俺にしては出来すぎているくらいだ。俺の中にある小さな勇気を見出してくれてありがとう。お前がいたから、俺は勇者になれた」

「それはこちらこそだ優真。そうだ、この旅の終わりに願いを叶えると約束したな、何か願う事はあるか?」

「あー、そんな話もあったな。じゃあ…」


 俺は神獣に願いを告げた。もう光だけの存在となった神獣の表情は伺い知れないけれど、驚いているようにも安心したかのようにも思えた。


 光は闇の中へと吸い込まれた。見ていられない程の輝きが穴から溢れ出してくる、俺達は目を閉じ顔を背けてそれを遮り、輝きが収まった頃には闇の穴も光もすっかり消え去ってしまっていた。


 神獣はその命と引き換えにエタナラニアに残る最後の闇を晴らした。これでもう人間側も魔物側も召喚に関する技術が失われた事になる。


 魔物と人間との戦いは終わり、魔王の存在は必要がなくなった。神獣を失った事で、世界を渡る術がなくなった。もう勇者を見つけてくる事は出来ない。


 でもこれでいいんだ。きっとこれがいい。エタナラニアはこれから生まれ変わる、古きを捨てて新しきを受け入れるにはこれくらい必要だと俺はそう思う。


 神獣の消滅と同時に、俺に力を貸してくれていた勇者達の存在も次々消えていくのを感じた。きっと元の場所へと帰ったのだろう、いつかまた会えたら嬉しい、俺は心の中で再開を願った。


「よし、じゃあ帰ろうか。きっと皆待ってる」




 エラフ王国へと帰還した俺達は皆から盛大に歓迎された。アーロンは俺の肩に手を置いて誇らしげに笑った。ソテツはぐでんぐでんになって泣きながら抱きついてきた。ユオルはそんな酔っ払いの頭を引っ叩くとよくやったなと俺の事を褒めてくれた。


 リヴィアとエレリの元へはドウェイン様とシュリシャ様が涙を浮かべて駆け寄った。二人共両親と抱き合い帰還を喜びあった。ソルダさんはその様子を見てホッとした表情を浮かべていた。


「ゆーまっ!!」


 俺は胸に飛び込んできたエルを抱きとめると、勢い余ってそのまま後ろに倒れた。ギュッと強く抱きしめてくるエルの頭を撫でると言った。


「ただいまエル。帰ってきたよ」

「うんっ!!」


 エステルが倒れた俺に手を差し伸べてくれた。俺はエルを抱っこしたまま、その手を取って立ち上がる。隣にいたイヴが、背中や足についた土埃を払ってくれた。


 メグは人目をはばからず大泣きしていた。セラが困ったようにメグの事を慰めていた。きっとこれまで多大な重圧を感じてきただろう、それが一気に開放された事で感情が爆発したのだと思う。


 そんなメグのことを皆で慰めた。俺の荷物から飛び出してきたマグメは、メグに引っつかまれるとそのままギュッと抱きしめられていた。なんだかんだ言って二人の間にもちゃんと絆があるのだと改めて思った。


 俺達は魔王との戦いを皆に語り、そして神獣の最期を語った。最後までエタナラニアを立派に守り抜いた守護神の話を聞き、皆大いに悲しんだ。しかしいつまでも悲しんではいられない、俺はセラを呼び寄せた。


「セラ、ちょっといいか?」

「はい」

「これから魔物に大きな変化があると思う。具体的に言うと、その、理性っていうのかな?もっと感情的になっていくと思う。で、多分すごく戸惑うと思うしトラブルも一杯あると思うから、一緒に解決していこう」

「え?ど、どうしてそんな事が分かるんですか?」


 俺が神獣に願った事は、魔物が世界に適応出来るようにしてくれというものだった。元々同じ存在だったんだ、急激な魔力の流入によって歪められた精神も思考も、俺がこの世界に適応出来たように、神獣の加護の力によって元に戻せるんじゃないかと思った。


 もう神獣はいないし、今生きている魔物にしか効果は及ばないだろうが。世代を重ねて、ゆっくりと適応していく種が増えていくんじゃないかと思う。その時に、魔物をまとめて面倒を見てくれる存在が必要になる。


「セラ、君が魔物の王となって、人との架け橋となるんだ。俺達はその為の協力を惜しまない」

「優真さん…」


 ポロポロと大粒の涙を流すセラの手を取った。慰めや情けでこうするんじゃない、共に世界を生きる仲間となる為に、俺に出来る事をしただけだ。


 戦いは終わり魔王は消えた。だからといって世界の問題がすべて解決する訳じゃない、これから日常という戦いが俺達を待っている。だけど今度は、何かを守る為に誰かの命を取り合う戦いはしない。


 最後の勇者としても一仕事気張ってみようか、俺は気合いを入れ直してよしと覚悟を決めた。

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