魔王理人との戦い その3
話は少しだけ戻る。優真と理人が戦う黒い霧の前で、巫女の二人はどうする事も出来ず取り残されていた。
優真と分断されてしまったリヴィアとエレリは、戦いの音だけが響き渡る闇の前で右往左往する他なかった。触れても掴めず、斬っても切れず、魔法の類もすべて効果がなかった。
二人は取り乱しはしなかったものの、心の中は大きくかき乱されていた。互いに言葉もなく、ただ浮かんでくる「どうする?」の答えを探して自問自答を繰り返していた。
本当はすぐにでも優真を助けに行きたかった。しかし霧は濃く、闇は晴れそうにもない。為す術もないこの状況で、二人は思いつく限りの出来る事を探した。
しかし結局答えは出なかった。優真一人が戦う中、リヴィアとエレリは闇の前でただ無力であった。
どうしようもなく襲い来る閉塞感に、二人が自然と取った行動があった。同時に同じ事をした。
それは祈る事、巫女の二人はひたすらに祈りを捧げた。
「神獣様、どうか優真様をお守りください」
「神獣様、どうか優真の勇気をお守りください」
「神獣様、どうか優真様にお力をお貸しください」
「神獣様、どうか優真と共に戦わせてください」
二人は優真の為に祈った。祈って祈って、最後には語りかけた。
「神獣様、この世界には優真様が必要です。勇者だからじゃない。あの御方の優しき心が必要なのです」
「私達はどうなっても構いません。だけど優真は、優真だけは違います。本当の勇気を私達は彼から教わりました。この先の未来に優真がいないなんて考えられません」
「お願いします。一度だけでもいいのです。どうか…」
「どうか」
「「どうか奇跡を」」
二人の祈りは優真の左腕に宿る神獣の元へと届いた。そして神獣は、その祈りの力を使い最後の力を振り絞ると希望を探しに世界を巡った。
それは過去エタナラニアの為に戦ってくれた数多の勇者達の魂が眠る場所、神獣は一人一人の魂に訴えかけ、そして助けてほしいと願った。優真を助けたい、その想いが神獣を突き動かしていた。
勇者達は皆神獣の呼びかけに応えた。誰かの為に傷つき戦う勇者の姿に、皆心打たれていた。
そしてその声に応えたのは、エタナラニアの勇者だけではなかった。遠い他の世界で戦う勇者達、その人らも神獣に賛同し力を貸した。集まった幾万の勇者の魂が、優真の元へ駆けつける事になった。
これは巫女二人と神獣が起こした奇跡だった。リヴィアとエレリは、まさしく奇跡の巫女としての役目を果たしたのだった。
そして最後の戦いに戻る。理人は無数の触手を伸ばし、まずリヴィアとエレリの命を狙った。どちらか一人でも仕留める事が出来れば、もう連携は取れまいと考えたからだった。
しかしその触手は二人に届く事はなかった。優真が左手を払うと、すべての触手が一斉に焼き切れた。燃え上がる炎は消えずに触手を伝って理人に襲いかかる、全身を消せぬ炎で焼かれた理人は苦痛に悶えた。
火だるまになった理人に追撃する為にエレリは前に飛び出した。斧槍に聖なる光の力を込めると理人目掛けて攻撃を放つ。
「聖光刃ッ!!」
聖なる刃によって理人の首は斬り落とされた。しかしエレリは、そのあまりの手応えのなさに反応し、即座に飛び退き身を引いた。
理人は燃え続ける体を捨てて、貯蔵した魔力を用いて新たな体を生み出した。斬り落とされた場所からズルリと這い出た。
怒りに身を任せ理人は両手を打ち合わせようとする。優真達を巨大な手によってまとめて押しつぶそうとした。しかし攻撃を察知したリヴィアは抗魔法による壁を作り囲んだ。理人の手は打ち鳴らされる事はなく、壁によって阻まれて止まった。
その隙をついて優真が前に出た。勇気の剣はより一層光を増し、理人の両腕を斬り飛ばした。バランスを失った理人の足を蹴って払い、倒れた体を足で押さえつけると、優真は理人の心臓目掛けて剣を突き立てた。
「アギャッギャギャガギャッー!!!」
突き刺さった剣から放たれる強力な力の波動に、理人は人とは思えない叫び声を上げた。何度命を再生しようとも、すぐに剣によって命が焼き切られた。何度も何度も繰り返される死の痛みが理人を襲った。
このままでは死ぬ。その考えが理人の頭をよぎった時、優真は剣を引き抜いて飛び退いた。
助かった。これでまた体の再生が出来ると理人が安堵したのはつかの間の事だった。優真が飛び退いたのは、そのままでは巻き込まれるからだった。
“アルス・マグナ・アルクスッ!!”
リヴィアが放つ究極魔法、螺旋を描く魔力の奔流は理人を飲み込み、その体を何度も何度も消滅させた。塵から再生しまた塵に還るを繰り返し、やっと魔法が途切れたと思えば、今度は優真とエレリがすでに理人の目の前にいた。
一糸乱れぬ完璧な連携で理人の体は斬り裂かれていく、優真の剣の軌跡の先にはエレリがいて、エレリの斧槍の旋風の先にはまた優真の剣がある。息もつかせぬ攻撃の乱舞に理人は命をすり減らしていく。
理人が攻撃に転じようとも、後方のリヴィアが的確に抗魔法のバリアによってそれを防ぐ。そして防がれれば最後それは大きな隙となり、優真かエレリの攻撃がすぐさま差し込まれる。
三人の連携は完成されていた。理人は攻撃の波に飲まれてもがくも一向に出口が見えず、ただただ貯蔵した魔力を吐き出すだけになっていた。波はいつまで経っても引く気配はない、ここで仕留めるという確かな覚悟が優真達を突き動かしているからだった。
打つ手をすべて失った理人は、力を振り絞り思い切り地面を殴りつけた。発動した戦技は発破掌、児戯と馬鹿にした勇者の戦技だった。
爆破で優真達にダメージを与える事は出来なかった。しかし、張り付いていた状況をひっくり返す事は出来た。理人の狙いはそれだった。
「ハハハッ!!アハハハハハッ!!」
突然笑いだす理人に優真達は身構えた。
「やってくれるじゃねえかよ勇者様よお。幾万の勇者の魂だあ?俺の猿真似かよ、アァ?」
「…この期に及んでお前と語る口は持ち合わせていない」
優真は剣を構えたが理人は手を前に出して言った。
「待て待て、待てよ。テメエらが強いのは分かった。よかったな大逆転劇が出来てよ、さぞ気分がいいだろうなあ」
苛立ちを隠さない理人は頭を掻き毟り声を張り上げた。
「散々俺様の邪魔しやがって!!クソがッ!!何が勇者だ!!何が勇気だ!!馬鹿の戯言にはヘドが出るッ!!どいつもこいつも俺様の邪魔ばかりしやがって!!何もかも壊す最高の力が手に入る筈だったのにッッ!!」
「…見苦しい」
「アァ!?」
「見苦しいぞ。最後まで堂々としていろ。お前が喚けば喚く程、魔物の尊厳は汚される。黙っていろ」
理人は膝をパンと叩いた。
「魔物の尊厳だぁ!?笑わせんなよ勇者!!あんなゴミどもに尊厳がある訳ないだろうが!!」
理人は狂った笑い声を上げて楽しそうにしていたが、それを見ていた優真達は理人の事を哀れんでいた。
何処までも他者を見下す事しか出来ず、他人を認められず、自分しか信じる事の出来ない愚者。それが理人の本質だと理解できた。恵まれた才能と何もかもを実現出来る能力を持ち合わせながら、誰かの為にそれを使う事の出来なかった悲しい人間が理人だった。
「…はあ、もういいか。これくらいでいいや。負けたって認めるのって難しいんだな」
笑うのを止めた理人はピタッと大人しくなった。そして自分の敗北を認めると優真に向かって言った。
「まさかお前如きに負けるとは思わなかったよ。俺の方が何もかも上だったのに、何が俺とお前を分けたのか、考察したい所だがもう貯蔵している魔王の数も少なくなった。ここで俺は終わりだ」
自らの終わりを宣言した理人、懐から短剣を取り出した。しかしそれは優真達に歯向かう為の武器ではなく、逆手に持ってしっかりと握ると胸に突き立てられた。
理人の突然の自害、その行動に優真達は動揺した。口から血を吐き出し、苦しいうめき声を上げながら最期の時間を使って話す。
「お、俺は負けた。だ、だからお、奥の手をつ、使わせてもらう。取り込んだ魔王と、た、溜め込んだ魔王をつ、使えば、ゴブッ!ゴハッゲホッ!い、生贄として十分過ぎるだけは、あ、ある。しょ、召喚に使うには、こ、この上ないのさ…」
倒れた理人の体から短剣と心臓が抜けて浮かび上がった。不思議な事に体から離れた心臓は、その鼓動を早めていた。
そして突然空間に暗黒が生まれその中へ飲まれた。一瞬その闇は心臓を取り込み消えたが、魔王城を大きく揺らす轟音が響き渡り闇が大きく膨れ上がってきた。
魔王理人は優真達の前に倒れた。しかしただでは死なず闇をそこに残した。優真達は勝利を感じる間もなく、その闇と対峙することとなった。