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魔王理人との戦い その2

 理人が指を弾くと優真の足元の地面が弾け飛んだ。爆発の衝撃で優真の足は骨が折れてひん曲がった。優真は激痛に耐えながら柔和調で即座に回復させる。


 次に理人は両手を広げて前に突き出した。指先から赤黒いレーザーが飛び出し一斉に優真へと襲い来る。言い知れない怖気を感じ取った優真は、その行動の前に獣駆けでその場を離れた。


 元いた場所が融解して煙を上げているのを見て優真はゾッとした。しかしそんな事を考えている場合ではない、どんな攻撃が来るのか予想もつかないからだ。


 理人は目の前を飛ぶ虫でも払うかのように手を動かした。すると遠く離れた位置にいる筈であった優真は、突然左横から何かに叩きつけられたような衝撃で吹き飛ばされた。


 その衝撃もさることながら音も優真を襲った。左半身は重度の打撲を負い、耳からは血が流れた。あまりにも突然の出来事に受け身も十分に間に合わず、柔和調で回復するも痛みが体を萎縮させる。


 優真はまるで理人の手のひらの上で転がされる玩具のようであった。どんな場所にも即座に起こる爆発、強力無比なレーザー、目で捉える事の出来ない巨大な手のひら、優真は体中ボロボロになりながらもただ耐えて攻撃の機会を待った。


 しかしその機会は一向に訪れる事がない。突然地面から生えてくる無数の手によって足を掴まれて、動きを封じられたまま理人の背中から生えた触手が何度も何度も優真の顔を殴りつけた。


 何とかそれを脱し、フラフラになりながらも立っている優真。だが理人が手を止める理由はない、優真の頭上に大岩が出現すると勢いよくそれが降り注いだ。護硬で防御を固めて防ぐも、次々と降りかかる大岩によって優真は生き埋めにされる。


 発破掌によって生き埋めから脱するも、またしても巨大な手が頭上から迫ってくる。避ける事が出来ずそれを受け止めるが、一瞬でも気を抜けば優真は地面のシミとなって死ぬ事になる。


 潰される前に優真は地面に散らばった無数の岩の欠片を理人に向けて蹴り飛ばした。礫によって一瞬だけ怯んだ隙をついて圧殺から逃れる。


 あらゆる手段を用いてどうにか攻撃から逃れ続けてきた優真だったが、体も精神も限界に近かった。蓄積されたダメージと疲労が、優真の視界を霞ませた。


「その体でよく動くものだ。もうとっくに限界だろう」


 理人の声に答える余裕は優真にはなかった。ただ黙って剣を構え切っ先を理人に向けた。


「何故だ?何がお前をそこまで奮い立たせる?お前は別にこの世界の住人じゃない、所詮連れてこられただけの余所者だ。そこまでして守るものでもないだろう」


 優真は答えない。攻撃に移る為によろよろと理人に近づこうとする。剣を下ろす気は一切なかった。


 そんな執念に駆られた優真の姿を見て、理人は愚かしいと思う気持ちより、ほんの少しだけ恐ろしいという気持ちが勝った。それは理人にとって何より屈辱的な事だった。


 自分はこの虫けらよりも圧倒的に強い、この実力差に状況を見てもそれは明らかな事だった。理人もそれはよく理解していた。


 しかし優真は何度でも立ち上がってきた。立ち上がるだけならまだいい、ボロボロになりながらも剣を理人に向け続けていたのだ。それは優真の戦う意志が折れていない事の何よりの証左だった。


「もういい。死ね」


 理人は優真を前にする事に耐えられなくなった。元々勝利は揺るがないものだし、この戦い自体理人にとっては茶番に過ぎなかった。どうやっても優真の心を折る事が出来ない事が理人に恐怖心を芽生えさせた。


 指先から放たれたレーザーは優真の心臓を撃ち貫かんとしていた。しかし優真は朦朧とする意識の中でほんの少し体をずらした。自らやろうとして出た行動ではない、日々の特訓から自然と出た行動だった。


 しかし避けきるには足らず、優真は肩から右腕を消し飛ばされた。握っていた神獣の剣が落ちる、そして腕を失った優真はそのまま後ろに倒れた。


 殺すつもりで放った攻撃を避けられ理人は驚愕していた。しかし右腕を完全に失った今、立ち上がってきたとしてももう全力は出せない。そして立ち上がろうにも優真の体力が限界である事を理人は見抜いていた。


 このまま死ぬのを待つ。止めを刺すまでもない。理人は自分の心を落ち着けてそう考えた。勇者は死んだ、これで自分の計画を邪魔するものはもういない。




 優真は暗闇の中を漂っていた。まだ負けていない、また立ち上がらなきゃならない。優真の頭の中はその事で一杯であったが、指の先までもうぴくりとも動かなかった。


 悔しさが心を支配する。結局手も足も出なかった。皆に協力してもらったのに、こんな体たらくを晒してしまったと悔い続けた。


「俺は死んだのか?それともこれから死ぬのかな?」


 独り言は虚しく闇に溶けた。ここが何処なのか、どうして今こうしているのかまったく分からない優真は、ただ身を任せるしかなかった。


 叶うのならもう一度立ち上がりたい、こんな事している場合じゃないのに、皆の所へ帰らなくては、勝って皆の所へ帰りたい。


 その時、か細い光が天から降り注いだ。優真を照らし、言葉が響く。


「優真よ。我が勇者よ」

「神獣か…」


 その声が神獣だと気がつくと優真は言った。


「ごめんな、助けてやれなくて」


 謝罪。心からの謝罪だった。優真がまず神獣に伝えたかった言葉は、助けると言ったのに助けられなかったという罪悪感だった。優真は神獣を助けたかったという初心をずっと持ち続けていた。


「謝る事はない。それに、まだ諦めるには早いぞ」

「そんな事言ったって、もう少しも体が動かないんだ。それに、魔王は強すぎた。何も持っていない俺じゃ歯が立たないよ」

「そんな事はない、優真は他の誰にも負けない光り輝くものを持っている。そしてその力で、今まで多くの人々を助けてきた」


 自分が持っているもの、そう言われても優真にはそれが何か分からなかった。そんな優真に神獣は告げた。


「勇気だ。優真には誰にも負けない勇気がある。自らより遥か強大な敵にも、恐ろしくて足が竦むような敵にも立ち向かう勇気がある。それはどんなものよりも強く素晴らしいものだ」

「だけどもう、勇気なんて何の役にも…」

「いいや。優真の勇気を見てきたからこそ、我も勇気を持てた。その素晴らしさを知った。そして、優真と共に歩んできた者達のお陰で、今奇跡は成った」


 奇跡と言われ、優真は一体何の事を言っているのかと思った。すると空からもう一筋の光が差し込んできた。一つ、また一つと光は次々に差し込み、優真の体を温かく包み込んだ。


「これは、一体何が?」

「魔王理人。恐ろしきまでの知略縦横、そして自信に裏付けされた確かな実力。認めよう、確かに奴は優真よりも遥かに豊かな才能に恵まれた。しかし、他者を軽視し命をないがしろにする魔王ではこの奇跡は成し得なかった。優真だったからこの奇跡は成ったのだ」


 優真は自分を包み込む光が小さく語りかけてきているのを聞いた。集まった無数の光それぞれが、優真の耳元で囁いた。


「立ち上がれ選ばれた勇者。僕も同じ勇者として君の力になろう」

「お前の勇気、確かに見届けた。さあ魔王を倒すぞ」

「優しい君。私達は皆あなたの味方」

「能力の有無なんて関係ないさ、君の救いたいという熱い心に俺は痺れたぜ」


 語りかけてきているのが歴代の勇者達だと優真は直感した。幾千幾万にも集まってきている光のすべてが、今まで戦ってきた勇者達だった。


「まさかあなた達と会えるなんて…」

「ああ、僕らも驚いたよ。こんな奇跡が起きるとはね」


 ある一筋の光だけは、他の光と違い人の形となった。そして優真に話しかけてくる。


「あなたは?」

「僕は始まりの勇者、この世界に来た最初の一人だ」

「…すごいや。皆に自慢しなくっちゃ」

「あははっ、僕との出会いが自慢になるかは分からないけどね」


 始まりの勇者は紋章の刻まれた左手を優真に差し伸べてきた。優真もまた。残された紋章を持つ左手でそれを握り返す。


「さあ行こうか。向こうが数多の魔王でくるなら、こちらもすべての勇者の力で対抗しよう。君に僕らのすべてを委ねるよ」


 優真の左手をしっかりと握りしめた始まりの勇者は、ぐんぐんと高く高く闇の中を上り始めた。降り注いできた勇者の光もそれに続く、闇の中で集まった小さな光が、優真の元で一筋の大きな光へと変わっていた。




「一体何が起こっているんだ!?」


 優真の死を見届ける筈であった理人は、突然強く輝きを放ち、宙へと浮かび上がった優真の体の前に一歩も動けずにいた。


 慌てて息の根を止めようとも、どんな攻撃も届かず。ただその光の前で目を背けている事しか理人には出来なかった。


 戦いによって傷ついた優真の体は、光によって修復されていく。失った右腕も、無数の光が集まり元通りに回復させた。


 そして地面に落ちた神獣の剣が浮かび上がり、意思を持つかのように優真の手へと向かい、再び優真の手に握られた。それはもうかつての神獣の剣ではなく、刀身は常に光を放ち、どんな闇でさえ斬り裂く勇気の剣へと変貌していた。


 すべての勇者の力を受け取り、再び優真は降り立った。勇気の剣を構えると、スッと静かに優しく薙いだ。


 すると優真を閉じ込めていた黒い霧は晴れ、闇は光に飲まれて消え去った。霧の外にいたリヴィアとエレリが優真の元へ駆けつける。


「優真様っ!!」

「優真っ!!」

「二人共心配かけてごめん、そしてありがとう。さあ一緒に戦おう!」


 優真は勇気の剣を構えて戦闘態勢を取る、リヴィアとエレリもそれに続いた。いつもと変わらぬ、三人の姿だった。


「ありえん!こんなッ!!こんな事があッ!!!」


 理人は目の前の理不尽に吠えた。死の運命から逃れ、今一度立ち上がった勇者の姿を見て激しく動揺していた。


「行くぞ魔王!お前の相手は、幾万の勇者の魂!そして勇気の力だッ!!」


 勇者対魔王、最後の戦いの幕が上がった。

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